ペーパー・ムーン〜9才のテータム・オニールが父親と共演したロードムービーの名作
『ペーパー・ムーン』(Paper Moon/1973年)
『ラスト・ショー』(1971)や『おかしなおかしな大追跡』(1972)で成功を収めたピーター・ボグダノヴィッチ監督のもとには、ハリウッドからの仕事が殺到していた。
次作は、大スターのジョン・ウェイン主演の大掛かりな西部劇。そんな時、少女を主人公にしたジョー・デヴィッド・ブラウンの小説『アディ・プレイ』(Addie Pray)の映画化が持ち込まれる。多忙を極めるボグダノヴィッチは、断ることにした。
しかし、ウェイン映画が頓挫してしまい、話が再浮上。ブレーンからテータム・オニールという9才の女の子を勧められる。
そこでボグダノヴィッチは、前作で息の合ったライアン・オニールを少女の相手役に起用することにした。何と言ってもテータムの父親だからだ。ライアンは『ある愛の詩』(1970)でスターになっていて、知名度も抜群ときている。
それでも9才のテータムに、本当の演技力があるのか不安だったボグダノヴィッチは、映画監督としてライアンの家を訪ねることにした。「近くに海があるから泳いでくれば?」とライアンから言われたボグダノヴィッチに、テータムが微笑む。
ボグダノヴィッチはすっかり驚いてしまった。この子は、都会育ちの自分が海とは縁遠いことを瞬時に見抜いたのだ。
この考察力に感心して、テータムの出演を正式に決めることにした。ライアンは娘が自覚を持つまで俳優にするつもりはなかったそうだが、例外的にOKした。
映画の時代設定は1935年。当時のヒット曲を聴きまくったボグダノヴィッチは、1933年のポール・ホワイトマン楽団による「It's Only a Paper Moon」に心奪われる。『オズの魔法使』の主題歌「虹の彼方に」を書いた、ハロルド・アーレン(作曲)とE・Y・ハーバーグ(作詞)の曲だ。
そこでボグダノヴィッチは、映画のタイトルを「アディ・プレイ」から「ペーパー・ムーン」に変更しようとしたところ、映画会社の上層部から猛反対される。本が10万部も売れていたから当然のことだろう。
納得のいかないボグダノヴィッチは、尊敬するオーソン・ウェルズに助言を求めるため、電話でタイトルを告げた。
沈黙の後……「実にいい。題名だけでも売れる」
この一件と「紙製の月」のシーンを加えることで、タイトルは『ペーパー・ムーン』(Paper Moon/1973年)になった。映画が大ヒットすると、本も再販時には同じタイトルに変えられたという。
また、観客が映画の世界に入り込むための心理を熟知していたボグダノヴィッチは、シーンをカットなしに長回しでワンショットで撮ることに拘った。
そのためセリフのやりとりも長くなる。9才のテータムには大変なことだ。前半のドライブシーンでは36回も撮り直し。しかし、テータムは嫌がるどころか、現場を大いに楽しみながら乗り越えた。そして、アカデミー賞では史上最年少で助演女優賞を受賞してしまった。
ストーリーは、母親を亡くした9才のアディ(テータム・オニール)が、母親と親しかったという、聖書のインチキセールスマンのモーゼ(ライアン・オニール)に連れられて、伯母さんの家に向かう道中を描く。
面倒な役目から早く解放されたいモーゼは、金を作ってアディを汽車に乗せようとする。残りは車の修理代や道楽で使うつもりだ。
ところが、母親の死をネタに200ドルをせしめたモーゼに、しっかり者のアディは「私のお金を返して!」と叫ぶ。それにモーゼの顎のラインが何となく似ている。この人、私のパパかもしれない。
モーゼは仕方なく使い込んだ金を返済するまで、アディと親子を装いながら聖書を売り回ることに。新聞の死亡記事欄で未亡人を見つけては訪ね歩くという、詐欺まがいのセールスだが、アディの考察力のおかげでモーゼは稼ぎ始める。貧しく悲しみに暮れる人からはお金を取らず、金持ちで笑顔になっている人をターゲットにすればいい。
モーゼの女性関係や警察沙汰に巻き込まれながら、次第に本当の親子のような関係になっていく二人……。
伯母さんの家に着くラストシーンは、ちょっと胸が熱くなる。果てなき道を走っていく車。ロードムービーの結末として、これ以上のものはない。
ちなみにヴィム・ヴェンダースは、『ペーパー・ムーン』の試写を観て驚愕した。撮り始める前の『都会のアリス』にあまりにもそっくりだったからだ。
文/中野充浩
参考/『ペーパー・ムーン』DVD特典映像
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