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命のスープ~30章~

納骨も済み、一旦自宅に帰ることとした。
私には二人の騎士(ナイト)が付き添った。
義弟と、彼の夜勤専属ヘルパーだ。
離陸し、飛行機から澄んだ海を眺める。
自然と涙がこぼれた。

夕飯を食べ帰宅し、家の明かりを点け、ベランダに出る。
一服すると見せかけ、車から外に出て見守っている二人の騎士に柵から身をのりだし、手を振ってみせる。
1階に住む私の家のベランダからは飛び降りもできない。

時は残酷なほど早く過ぎていく。

私は、テレビを観ることができなくなった。
時を知らせ、時には彼との思い出をよみがえらせる。
今はスマホをいじっているだけで、勝手にSNSで悲しいニュースが流れ込む。
膝を抱え込み、じっと夜が明けるのを待ち、仕事に向かう。
休みの日には彼の遺作展のチラシを配ってまわった。

四十九日、百日の法要を終えたところで、家族と離縁。

彼と過ごした7年は無意味だったのか。
自分の存在価値がわからなくなった。
希死念慮に駆られた。

深い深い闇に包まれた。
ただただ膝を抱え込み、震えていた。
差し伸べてくれる手はない。
私から助けを求める声をあげることもない。

音のない世界でいることも辛く、彼と関係のない音を探した。

足は遠く離れた北海道に向いた。

彼が作詞をした故郷の歌がある。
女性ボーカルで録りたい。
そう生前に話していた。

歌ってくれる人を探し、ライブ巡りをしたこともある。

私が歌おう。
元々学生時代、ボーカルをやっていたこともあり、私をボーカルとして選んでくれなかったことも悔やまれた。

そう決めて、ボイストレーニングを始めた。
沖縄ー北海道間にも関わらず、トレーニングを引き受けてくれる先生にも出会い、自分の声と向き合うことになった。

自分の声と向き合うことは自分と向き合うことだった。
私の声を好いてくれる人はいたが、私自身は実は私の声が嫌いだ。
簡単に理想に近づけるわけもなく、涙しながら唸りながら、ビデオ通話を前にして、または北海道のホテルで、唸り続けた。

レコーディングはあっけなく終わった。
彼の詩を曲にしてくれた方は、日本各地北から南へ歌を唄ってまわっているので、フットワークが凄まじく軽い。
「明日から九州行くよー。」と連絡をくれ、仕事終わりにスタジオに行くと、マイクをセットし、3テイクで終わった。

理想の声かはわからないが、自分が出せる最大限を出した。

そこから、コロナウィルスが益々流行し、激務になった。
疲れきった私は、ソフトクリームか、フラッペかしか喉を通らず、毎日胃痛に苦しんでいた。

話は変わるが、第六感というのか…私には人には見えないものが見えてしまう。
こういう話をすると、頭の弱い子だと思われるため、あまり公表することはない。
会いたい人に会えるほど、この能力は簡単にはできていない。
私はラジオの周波数を合わせるように、ぐっと目をこらさないと見えない。
自分自身でもにわかに信じられなかったが、大学生時代に同じ能力を持つ後輩と、飲みの席で見ろと言われ、二人同じ3方向を指差した時に確信した。
それが女性なのか、男性なのか、いくつくらいなのか、特徴も合致した。
この力の嫌なところは見えるとわかると頼ろうとする者がいることだ。
その飲み会の後、先輩に付きまとっていた黒いものが憑いてまわり、3日間金縛りに苦しんだ。

仕事が多忙を極め、ソフトクリームか何か食べれるものを…と車を運転をしている時に、
急に彼の顔面が目の前に現れた。
沖縄のお盆だったらしい。
心臓に悪いからやめてほしい。
本当にいたずらが好きな人だ。
レコーディングが終わったタイミングと変に合致した。
彼なりの感謝の意ととっておこう。



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