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タヌキの親子見聞録 ~熊野古道編①~
第1章 親の心 子の心
「私はみんなと旅をしない。また怒って旅を台無しにしたくないから」
今年の4月に高野山を旅して、最後に怒りに狂って、楽しいはずの旅を台無しにしてしまったことを後悔している母ダヌキは、夏休みの旅について、自ら積極的に話題にあげることをしなかった。だからといって、夏休みに何もしないわけにはいかない。
「あんたたちはどこか行きたいところない?」
以前から行こうと計画していた熊野古道のことは口にせず、子ダヌキたちの行きたいところを聞き出そうとした。
「う~ん」
「どこかな?」
子ダヌキたちは、突然聞かれても何と答えていいものかわからず、眉根を寄せて、お互いの顔を見合わせて悩んだ。なかなか答えないので、
「テーマパークとか行きたいんじゃないの?ディズニーランドとUSJならどっちに行きたい?」
と、母ダヌキは、具体的な場所を出して聞いてみた。
「だったらUSJ‼」
ゲームが好きな子ダヌキたちは、ミッキーよりもマリオが好きになっていたため、迷わず揃ってそう答えた。USJであれば、ポケモンのパレードも以前あったはずだ。
「ほう・・・」
母ダヌキも父ダヌキも、その答えを聞くと、
「たまには子ども達が行きたいところへ連れて行ってあげようか」
と、その日から、USJへの旅のスケジュールをたて始めた。スケジュールや予算算出は父ダヌキが担当して調べ、母ダヌキは、USJは希望エリアに入って、乗り物に必ず乗るには、早く行って並ぶか、お金で確約チケットを買うしかないため、すごくお金がかかることを情報番組などで知っていたので、旅費を捻出すべく、日々の家計を節約し始めた。
「おっかあ!大変だ‼」
数日後、父ダヌキは、パソコンを開いて何かしているかと思ったら、大きな声で叫んだ。
「熊野古道を旅する2泊3日と、USJの1泊2日が同じくらいの値段だ!確約チケットとか追加で購入すると、USJの方が高くなる!」
驚いてパソコンの画面をのぞきに行くと、それぞれのプランの必要経費が計算されていた。
「これは夏休み前の金額で計算しているから、夏休みになったらもう少し上がるだろうし、テーマパークは屋外で並んで待つということをしなければならない」
暑さに強い母ダヌキでさえも、近年の夏の異常な暑さの中で1時間も2時間も並んで待つのは骨が折れる。暑さが苦手な子ダヌキたちならなおさらだ。熱中症になりかねない。
「オレ、別にUSJに行かなくてもいいよ。マリオやポケモンは、ゲームとかグッズが買えたらいいだけだから。ポケモンセンターとかニンテンドーに行けたら行きたいだけだから」
「そうそう。オレも、ゲームとか買い物ができたらいいよ。パレードが見たいわけじゃない」
親ダヌキたちが何とかして子ダヌキたちの希望と思われるテーマパークへ連れて行くために、一番いい方法を考えていると、兄ダヌキも弟ダヌキもさらりとそう答えた。
「えっ⁉じゃあ、別にUSJに行かなくてもいいの?夏休みの旅行、他に行きたいところが無いのなら、また出羽三山みたいなところを歩いて神社を巡る旅になっちゃうかもよ・・・」
「いいよ、連れて行ってくれるんなら、行くよ」
そういった具合で、今年の夏休みは、以前から母親が希望していた熊野古道を巡る旅に出かけることに決まった。いずれにしても、物価は上がり続けているので、いつかUSJにお金を気にせず連れて行くために、頑張って節約生活は続けて行こうと、母ダヌキはひとりで決意し、夏の旅へ備え始めた。
第2章 旅はやっぱり晴れた日がいい
2024年7月24日の水曜日は、春の時と違って、朝から天気が良かった。もっと違うのは、朝から気温が高かった。今年の日本列島は、前年と比べても異常に気温が高く、盆地である山口は、35度を超える日がすでに何度もあり、本日も朝から26度を超していた。
「喉渇いたら、麦茶があるから言ってね」
母ダヌキは、リュックサックを叩いて、子ダヌキたちに言った。暑い最中移動するし、電車と車で乗り継いで、最初に到着する目的地である滝尻王子では、高低差が300m以上の山道を歩かなくてはならない。タヌキ一家は、麦茶とスポーツドリンクをそれぞれのリュックサックに分散して持参した。
「熱中症にならないように、塩分補給のタブレットも持って来てるからね」
朝一番の新幹線に乗るために、午前4時から起き出し、5時過ぎには家を出たのだが、この新幹線は春の高野山と同じ新幹線だった。
「始まりはいつも午前6時36分の新幹線だね」
父ダヌキは、ホームに上がると電光掲示板を見て言った。新幹線は自由席なので、早めにホームに並んで待たないと、家族一緒の場所に座れないかもしれないと思い、東から照り付ける太陽の中、じんわりと汗をかきながら、2号車両後ろ側の乗り込み口先頭でのぞみを待った。
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朝食に持ってきたおにぎりを食べながら待っていると、徐々に人が増えてきたので、急いで持っていた残りのおにぎりを口に放り込んだ。そろそろ午前6時36分ののぞみ2号がやってくる。平日なので人はまばらだが、春の高野山の時より人が多い気がした。新幹線が到着すると、父ダヌキが先頭に立って、4人が固まって座れる席を探した。
「ここにしよう」
タヌキ一家は2号車の真ん中あたりに一緒に座れる席を見つけると、リュックサックを降ろした。夏休みで朝一番の新幹線なので、自由席は多いだろうと思っていたが、思ったより空いていた。
「多分、広島とか岡山とかでいっぱい乗ってくるよ」
父ダヌキはそう言うと、座席の背を倒した。窓の外に見える景色が、太陽に照らされて朝から暑そうだった。高野山の時は、窓に雨の横線が付いて、どんよりした曇り空だったので、今回は、暑さよりも何よりも、天気がよくてタヌキたちはワクワクした気持ちで窓の外を眺めた。
午前8時28分に新大阪駅に着くと、人の多さと暑さと汗の臭いでタヌキたちは駅構内を歩くのに参ってしまった。
「なんでこんなに人が多いの?」
怒ったような困ったような顔をして、母ダヌキはタヌキ一家の列の一番後ろで唸った。
熊野古道へは、JR特急くろしお号に乗らないとならないが、乗車まで30分あるので、トイレを済まして、間で食べられる軽食や昼食を探すため店を物色し始めた。
「おにぎりとから揚げならあるからね」
念のため、昼食用の食事を簡単に作ってきた母ダヌキがそう言うと、サンドイッチやおにぎりを売っているコンビニのようなところから離れて、お弁当やおかずを売っているところへ行ってみた。ローストビーフやサラダや手軽に食べられる丼ものなど、新大阪駅では美味しそうなものがたくさん売ってあった。
「どれも美味しそうだけれど、こう暑いと食欲がわかないね」
そう言いながらいろんな店の前を通り抜けた。
「あっ!あんたたちこのポテト美味しそうよ」
母ダヌキは、串に突き刺してあるらせん状のフライドポテトを指さすと、
「ポテト⁉ポテトなら食べる‼」
と、兄ダヌキが身を乗り出した。
「オレも食べる‼」
弟ダヌキも、兄だけ買ってもらうのは許せないというふうに、張り合って前に出てきた。結局、タヌキ一家はらせん状のフライドポテト2個を購入して、くろしお号の乗り場へ向かった。
第3章 くろしお号はパンダ推し
例のごとく、どこで乗り換えてどの列車に乗るかは、父ダヌキ任せであったので、新大阪駅の人ごみの中を、父ダヌキの背を見失わないように必死で歩いた。電光掲示板にくろしお号の標示があるところで乗り場番号を確認し、さらにエスカレーターで下に降りて行くと、くろしお号の乗り場ホームでは、たくさんの人が列車が来るのを待っていた。
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「この人達、同じ列車に乗る人達なの?」
くろしお号は全席指定席なので、並んで席を取る必要はないのだが、これだけの人が一つの列車に乗ると思うと、新大阪駅構内と同じで息が詰まりそうだった。
「いや、一つ前の列車に乗る人もいるみたいよ」
父ダヌキがそう言うと、隣のホームに入ってきた列車に何人か乗り、ホームに余裕ができたので、タヌキたちが待つ列車の列を作ることができた。同じ列で待っている人は、比較的小さな子どもを持つ家族連れが多く、この人達も平日の水曜日に、子どもの夏休みのための旅行をするのだなと分かった。それにしても、ホームは冷房も効かず暑かった。早く列車が来ないかなと線路を見ていると、ようやくタヌキたちの乗る列車がやってきた。
「わっ!何かすごい!あれ見て!パンダがいっぱい‼」
入ってきたくろしお号は、座席の頭部のカバーが全てパンダの顔になっていた。
「かわいい!けど・・・なんで?」
母ダヌキが不思議に思って首をかしげると、
「白浜まで行って、アドベンチャーワールドでパンダを見る人が多いんだね。だから子供連れが多いのか」
と、父ダヌキが納得した表情で言った。
「パンダが見られるの?」
あんまり行き先を把握していない弟ダヌキが無邪気に聞くので、
「いいや、私たちは、パンダのいる駅より前の紀伊田辺駅で降りて、レンタカーで熊野古道を目指すよ」
「多分、この列車に乗る人の中で、紀伊田辺で降りて熊野古道を目指すのはうちぐらいじゃない」
と、親ダヌキたちは、何が面白いのかわからないが、半笑いで子ダヌキたちに言った。パンダを見たことないタヌキたちであったが、アドベンチャーワールドに行きたいとは誰も思わなかった。でも、このパンダだらけの列車に乗れたのは、ちょっとだけラッキーな気分がして、他の家族同様、パンダに会いに行けるワクワク感を感じながら列車に乗り込んだ。
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チケットで指定された席に着くと、タヌキ一家は席を向き合わせにして、早速、先ほど購入したポテトを取り出した。後ろの席でも、小さな女の子が、お母さんにお弁当を取り出してもらって食べ始めている。午前9時頃なので、遅めの朝食だろう。子ダヌキたちは、食べたことない形のフライドポテトを手に持つと、頭からかじりついた。
「うまっ‼」
「おいしいねっ!」
兄ダヌキと弟ダヌキのしばしの平和な時間だった。そうして、くろしお号は、大阪の街から脱出して、みかんの木と海の見える和歌山に向かって走り出した。
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第4章 海から山へ
新大阪駅から離れていくと、あんなにビルが多かった風景が一変して、田んぼや山が多く見え始めた。目的の駅である紀伊田辺駅までは2時間半ほどあり、長い時間を昼近くまで列車に乗って過ごさなければならなかったが、窓からの景色を見ていると時間を忘れた。
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しばらく乗っていると遠くに海が見えるようになってきた。窓から射す太陽の光は強烈で、窓際に座っていると、窓ガラスから外の熱が伝わってきた。
「ご案内いたします。切目駅を通過いたしました。まもなく進行方向右側に雄大な太平洋が見えてまいります」
車内アナウンスが流れると、太陽に照らされた海が、くろしお号の車窓に青く広く広がっていた。タヌキたちは、持参したカンロ飴を舐めながら、どこかにクジラでも出てこないかと、ところどころ光る海を、眩しそうに目を細めて見つめた。
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2度3度と海が近くに見えたかと思ったら、もう終点の紀伊田辺駅であった。荷棚からリュックサックを降ろして下車すると、昼前の紀伊田辺駅は予想通り暑かった。駅を出て右手に観光案内所とトイレがあった。その前にバス停があって、バスが来るのを待つ外国人が何人か待っていた。
「ここから熊野古道へ向かうバスがあるから、多分、この人達も熊野古道へ行くんだね」
と、母ダヌキは、暑い中タンクトップ姿で肌を太陽にさらしている外国の人を見て、日焼け対策は大丈夫なのかと心配しながら言った。
「よし、レンタカーは、この駅前を少し行ったところにあるから急ごう」
父ダヌキは、大きなリュックを背負って、駅前の道を横切りながら言った。駅の前には「祝 世界遺産登録20周年」と横断幕が飾ってあった。
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レンタカーの手続きをすると、時刻は12時になろうとしていた。
「急ごう。時間によっては、今日は熊野本宮大社にお参りできないかもしれない」
熊野本宮大社の参拝できる時間は午後5時までだった。母ダヌキは、ストリートビューを見ながらルートを確認し、滝尻王子や野中の清水を見て歩くと、どれくらいで本宮へ着けるか予想していたが、結構ぎりぎりの時間だった。
「もし今日入れなかったら、次の日の朝行けばいいから」
前回の旅で、予定をいっぱいに詰めると、大変なことが起こると身に沁みたタヌキ一家は、出来るだけスケジュール通りに動こうと思いながらも、臨機応変にスケジュールを変更することが、観光を楽しむのに重要だと学習していたので、急ぎながらも、焦らないように心がけることにした。
「とにかく、今日は、午後5時半ごろに、宿泊先のよしのや旅館に着けば大丈夫。夕飯もついてるから、前みたいに食いっぱぐれることは無いよ」
今回の旅は、タヌキ一家にしては珍しく、2泊とも宿泊と食事が付いたプランを選択していた。心なしか、母ダヌキの顔に余裕が見える。食事の心配がないだけで、狸相(人相)はこんなに違うのだ。
父ダヌキが、レンタカーのナビに「滝尻王子」と入力すると、
「よし!安全運転で行くよ!」
と、独自に調べてきたルート案内のポイントを記入したメモを膝の上に置いて、母ダヌキが助手席でみんなに気合を入れた。冷房が効く前のレンタカーはサウナのようで、タヌキ一家は汗が体中から噴き出たが、車が動き出すと、そんなことは気にしていられず、目指す場所がある山がどこにあるのか、真剣にフロントガラスに映る風景を睨んだ。