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タヌキの親子見聞録 ~熊野古道編⑥~
第1章 鮮やかな熊野速玉大社
熊野三山の中で熊野速玉大社だけは、急な階段を上ることなくお参りできる。
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小さな朱塗りの橋を渡ると、石畳の道をまっすぐ行けば拝殿があるのだろうが、その前に、左に大きな木が、石でできた柵に囲まれて立っていた。これが国指定の天然記念物にもなっている梛(なぎ)の御神木だ。樹齢およそ1000年といわれるその御神木の前でタヌキ一家は止まると、みんなで一礼をした。その御神木が、この御社のドンのような気がしたからだ。その木の側には、「世界平和を祈る梛の御神木」という石碑が建てられていた。
「なんかすごいね」
漂う雰囲気がそう言わせた。それしか言葉が出なかった。
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タヌキたちは、午前11時になろうとしている灼熱の朱塗りの熊野速玉大社を参拝すると、牛王宝印(ごおうほういん)という厄除け、盗難除け、病気平癒の護符として昔から祀られていた熊野三山独特の神札と、先ほどごあいさつした梛の御神木の実で作られた熊野速玉大社独自の縁結びの御守なぎまもりを買って駐車場へ向かった。
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熊野速玉大社は熊野本宮大社と比べるととても新しく、朱塗りの御社の色も鮮やかで、こんな暑い日には長いこと逗留するには苦しい場所だった。
「早く飲み物を買って神倉神社に行こう」
炎天下の中、タヌキたちがヨタヨタと御社を出ると、すぐ前で熊野もうで餅を売っていた。熊野本宮大社の瑞鳳殿内の珍重庵では買わなかったが、ここでも暑さで食べる気がしなかった。
「どうぞ、お味見して行ってください」
灼熱の熊野速玉大社前で、冷房も何もない露店で売っている売り子さんが、タオルで汗を拭きながらタヌキたちに試食箱を差し出した。
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こんな暑いのに食べられるだろうか、と思いながらタヌキたちは恐る恐る爪楊枝を手に取ると、四分の一ほどの大きさに切ってあるもうで餅を口に入れた。
「うまいっ」
「暑くても食べられそう」
もうで餅の周りにまぶしてある玄米の粉の香ばしさが良かったのか、あんこの甘さが疲れた体に染みたのか、試食をさせてもらって、少し暑さで弱っていたタヌキたちの目に生気が蘇ってきた。
「一箱買って食べてから神倉神社に登ろう」
一箱5個入りの熊野もうで餅680円を購入すると、駐車場へ戻っていった。
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戻る途中、さっき気になっていた小さなお土産物屋さんを覗いてみることにした。
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「やっぱ、和歌山といったらみかんでしょ」
母ダヌキは、さっきからそればかりが頭にあったのか、
「本場のみかんが食べたい!」
と騒ぎ出した。
お店には種類が違うのか、みかんがコンテナや箱に入れて売られていた。
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みかんのジュースもあったが、やはり、みかんそのものが食べたかったのだろう。そのままの形で売ってあるみかんのところで、何を買うのか吟味し始めた。いろいろと見ているうちに、何か閃いた母ダヌキは、お店の人に質問した。
「みかんって、こんな暑い時じゃなくて、冬にできますよね」
こんな暑い7月末に売っているみかんは、冷凍でないとあり得ないと思ったようだ。
「ええ、冬とれるんですが、今売っているのはハウスで作ったみかんなんです」
どおりで高いと思ったのか、母ダヌキは、一袋に小さなみかんが5個入って500円の袋とにらめっこしていた。
「やっぱ、和歌山といったらみかんでしょ!一回は本場で食べときたい‼」」
ちょっと値段が高い「ハウスみかん」5個500円を、思い切って母ダヌキは買うことにした。
車に戻ると、まず、もうで餅を食べようとしたが、箱を開けると粉が落ちそうなので、車の外へ出て、タヌキたちはひとつずつ大事に食べた。優しいあんこの甘味と玄米粉の香ばしさが口の中で広がると、お茶が欲しくなったが、今残っているのは昨日取って冷蔵庫に入れておいた「野中の清水」が少しあるだけだった。それを飲んで、まだ喉が渇いていたので、「ハウスみかん」をタヌキたちは分け合って食べた。
「甘いね」
「喉の渇きがとれる」
もうで餅を食べた後なのに、しっかり甘みの感じられる「ハウスみかん」は、やはり高いだけあってジューシーで美味しかった。
「うん、いい買い物した」
母ダヌキは、タヌキたちの喜ぶ顔を満足げに見て言った。
第2章 お得の罠
神倉神社は、神倉山の中腹にある熊野速玉大社の飛び地境内の摂社で、熊野三山に祀られる熊野権現が初めて地上に降臨した伝承をもつ古社である。天ノ磐盾(あまのいわたて)という険しい崖の上にあり、熊野古道の一部である538段の急峻な石段を登ったところにご神体のゴトビキ岩が鎮座しているらしい。
「熊野の神様が最初に降臨した場所だから、ものすごいパワースポットらしい」
そうなると、登らずにいられないのがタヌキ一家なのだった。
「まずは、とっても急な階段を登るようだから、登山と同じように、スポーツドリンクを用意して行こう」
熊野速玉大社から再び国道42号線に出て、神倉神社に行く途中にあるファミリーマートへ寄った。500mlのドリンクばかり見ていたが、下の方を見ると900mlのドリンクが並んでおり、
「こっちの方がお得だし、暑いから絶対飲むよね」
と、900mlの大きなペットボトルを迷わず4本買った。
ファミリーマートから出て、道路を渡って神倉神社駐車場へ車を停めると、神倉神社と案内の看板があり、朱塗りの橋がここにもあった。その橋を渡ると、小さな御社があり、左手に折れて進むと、そこにも朱塗りのお賽銭箱と鳥居があった。
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「えぇっ!これ登るの?」
「これまで登った石段のどれよりもハードじゃん」
朱塗りの鳥居の向こうには、直角90度とは言わないまでも60度はあるのではないか(タヌキの感想です)と思われる石階段が、山の奥の方に延びていた。登る前にある看板には、雨の時や、ハイヒールとかで登ると死んじゃうよというような注意書きがあった。
「雨でなくて良かった」
7月25日木曜日正午、天気は快晴である。
「とにかく、あまりにも急な石段だから、今回は杖を借りよう」
鳥居前には、親切にも、参拝者に貸出用の木の杖が何本も用意してあった。いつもは杖などには見向きもしないタヌキ一家だが、今回ばかりはその御親切に甘えることにした。538段のこの石階段は、鎌倉時代に源頼朝が寄進したと伝えられている。
「鎌倉時代の人も、もうちょっと緩やかな階段が欲しかったんじゃないの」
と、ぼやきながら、杖をついて石段を登り始めた。しかし、ぼやくのは最初だけで、その後は声も出ないほど大変急な石階段を、落ちないように必死に登っていった。
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そんなに時間は経ってないのに、ずいぶん高いところまで登ったと思うと、途中に、階段で言えば踊り場のような休憩地があった。杖に寄り掛かってゼーゼー言っているタヌキ一家に、先に来て座っていたおじさんが、
「もうこの先は、そんなにきつくないから大丈夫」
と言ってくれた。タヌキたちは、スポーツドリンクを飲んで一休みすると、おじさんに挨拶をして、杖を突きつつ石階段再び登り始めた。900mlのペットボトルを2本ずつ分散して持っている親ダヌキたちは、お得だからと買った自分たちの選択を、間違いだったなと思ったが、もう手遅れだった。カバンやリュックの紐が、いつもの何倍もの力で肩に食い込んでくるのがわかった。
第3章 夢か現か
おじさんが教えてくれた通り、階段の傾斜は緩やかになったが、大きな岩はすぐには見えてこない。階段が曲がっていたり、生えている木に邪魔されて見えないのだろう。なんとなく、昨年言った山形の山寺を思い出した。あの時も、暑くて死にそうな中を、こんな石階段を登った記憶が蘇ったのだ。高度はそんなに高い訳ではないはずなのに、息だけはゼーゼーと上がってきた。
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「この先に本当に岩なんてあるのか?」
人は疲れると後ろ向きになることがあるが、タヌキたちも同じだ。何にもない山の石階段の先に、神様が降り立つような岩があるようには思えなかった。
それでも、途中でスポーツドリンクを飲みながら登っていくと、再び朱塗りの小さめの鳥居が現れた。その奥へ歩を進めると、さらに石階段があって、小さな朱塗りの御社の後ろに、大きなガマガエルというよりはカボチャのような岩があった。
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「あったねぇ」
「とにかく拝もう」
タヌキたちは、最後の石階段を登ると、みんなで参拝した。拝んで御社から振り返ると、新宮市が一望でき、遠く太平洋までも見える絶景で、タヌキたちは少しの間風に吹かれてその眺望を堪能した。
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それから、大きなゴトビキ岩にちょっと触らせてもらった。その岩は、大きさだけでも人を圧倒するものがあったが、こんな崖の上に鎮座している様子は、神がかり的なものを感じられずにはいられなかった。
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「パワー貰っとこう」
タヌキたちが大きな岩からの力を受け取っていると、次の参拝者の老夫婦が、石階段の下で待っているので、交代するためにそそくさと降りた。登ってくるだけでも、なんだか特別な力を貰えるような気がしたが、その大きな岩に触れて、さらに何かを頂けた気がした。
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スポーツドリンクを飲んで、息を整えて、神倉神社を下り始めたのは、入口に立ってから20分後であった。さっきの老夫婦もそうだったが、ちゃんと杖を持って登山できる格好で来るのが正しいお参りの仕方だなと、タヌキたちは思いながら、傾斜の急な石階段を杖を突きながら、落ちないように気をつけて降りた。そうして、どうにか途中の休憩地に着いた。その時、神倉神社の入口からの超急峻な階段を、何かが走って登ってきた。
「犬か?」
と思って、タヌキ一家が驚いて見ていると、石段から飛ぶようにして現れて走り去ったのは、タンクトップにホットパンツの若い男性だった。
「マジか⁉」
「この階段駆け登れるって、何者⁉」
「ラグビーとかやってる人かな?」
とにかく、謎のその男性は、驚異的な運動神経で、みんなが這うようにして登る石段を、駆け登って来たのだ。すれ違った中年夫婦は、杖を借りなかったため、その急な石階段に手を突きながら這うように登っていたから、両手に杖を持っている母ダヌキは、1つ貸してあげようかと思ったほどの場所だった。
「夢だったのか、今のは・・・」
どうやら俗にいう白昼夢というやつだったのかもしれないと、暑さと急峻な石階段の恐怖にやられた頭で、ぼんやりと母ダヌキは思ったのだった。
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第4章 名物が食べたい!
神倉神社から降りると、時刻は午後1時になろうとしていた。予定では、ここから車で3分ぐらいのところにある、南紀名物「めはりずし」を食べさせてくれる店、総本家めはりや新宮本店でランチをとることになっている。
「暑いから、この近くにある氷屋さんに行くっていうのもいいかもよ」
とんでもなく汗をかいたタヌキたちは、駐車場に停めてあった煮えるような車に乗り込んで、かき氷の誘惑に心奪われそうになった。
「いやいや、せっかく南紀に来たんじゃけぇ、めはりずしを食べようやぁ」
ぶれない父ダヌキが、火傷しそうなハンドルを握ると、予定通り総本家めはりや新宮本店へと車を出した。
お店についたのは午後1時少し過ぎだった。駐車場がほとんど埋まっていて、かろうじて空いていた隅っこのスペースに頑張って駐車しようとしていると、サラリーマンが二人出てきて、駐車しやすい場所に停めてあった車を出してくれた。父ダヌキは、すぐにその場所に駐車して店に向かったが、店の中は混んでいて、あと30分以上は待たないと席が空かないという。
「ここで30分のロスは痛い」
タヌキたちは、これから熊野那智大社の大門坂を歩いて、午後3時過ぎには、本日の宿泊先である、ホテル浦島に向かいたいのだ。ホテル浦島は、勝浦の岬にそびえる巨大温泉旅館で、10の源泉があり、摂氏50度の硫黄分を含む極めて濃度の高い温泉で、常に豊富な湯量が湧き出ていて、源泉かけ流しのいろんなお湯が楽しめるところである。港から送迎のバスが出ているので、それに乗って港まで行き、船に乗ってホテルに向かい、源泉かけ流しの温泉にいくつか入って汗を流してから、本日のもう一つのメインイベント、食べ放題飲み放題のビュッフェ形式の夕食が待っているのであった。
「しかたない、30分待たずに那智に行こう。途中の道の駅とかでめはりずし買ったらいいでしょ」
源泉かけ流しの温泉と、食べ放題飲み放題をベストな状態で手に入れるには、午後3時ごろにホテル浦島へ向かうのが重要であった。
「大門坂は出来れば今日歩いておきたいしね」
今日、大門坂を歩けないとなると、最終日にとんでもなく歩くことになり、くたくたのよれよれでタヌキたちは山口へ帰らないとならなくなるだろう。
「仕方ないね」
暑すぎて食欲が無かったせいもあるが、午後1時10分には総本家めはりや新宮本店を離れて、熊野那智大社の大門坂へと向かった。
国道42号線を道なりに10キロ以上行くと、那智勝浦IC出口を那智勝浦方面へ少し行き、那智勝浦インター入口交差点を左折して46号へ入り5キロぐらい行くと大門坂近くの大駐車場があるはずなのだが、那智勝浦インター入口交差点付近で、道の駅の看板を母ダヌキが発見した。
「お父さん、大門坂行く前に、少し寄り道して道の駅なちに行こう。めはりずしがあるかもしれん」
母ダヌキの一声で、急遽インター入口を右折して、道の駅なちへ向かうこととなった。
道の駅は、和歌山に来てここで2軒目だが、山口県のと比べると、物産を売る場所が小さく、全体的に小規模に思えた。県外に出て気付くのだが、道の駅第1号の道の駅阿武がある山口県は、道の駅先進県であるなとタヌキ一家は感じた。
地元の物が売ってある建物に入ると、3人ぐらいの販売員の人と、品物を見ている二人のお客がいた。タヌキたちは、食べ物がどこにあるのか店内を見渡すと、入口から入って突き当りのところに、パックに入って何か売ってあるのが見えた。
「あぁっ、これさんま寿司だ。あと、マグロのカツもある」
タヌキたちは和歌山の名物と思われるものをいくつか買い、車の中で食べた。さんま寿司もマグロのカツも美味しかったが、一番のお目当てのめはりずしは、昼時を過ぎていたせいもあってか、全く売っていなかった。
とにもかくにも、南紀の名物で少しお腹を満たして、タヌキ一家は大門坂へ向かった。