拡張バトナ
彼氏がいる女の子を自分の彼女にするにはどうしたらいいか?という疑問に答えるハーバード大学の理論がある。
戦略的交渉術におけるバトナ=BATNA(Best Alternative to Negotiated Agreement)とは交渉の限界値を決める選択肢を表す言葉で、いかなる交渉でもバトナが交渉の着地点を決める。
例えば転職ではオファーレターを持ってない状態では低い給料を提示されても断る=転職失敗なんだけど、年収1,500万円のオファーレターAを持っていれば年収1,300万円のオファーレターBに対して例えばSO等の交渉ができる。この時のオファーレターAがバトナ。
別の例で恋愛ではいわゆるキープがバトナで、確実に交際ができる異性がいればワンランク上の異性を狙ってダメだったらキープと交際をするという選択ができる。キープされる側(モテない人)はバトナがないため逆に「友達でいいなら連絡してきて良い」という条件でも飲むしかない。つまり交渉力が弱い。
M&Aの文脈で言えば「あなたに買ってもらわなくてもすでにLOIを出してる企業がある」という状況であれば売り手が有利だし、「あなたを買わなくても同じような企業を買収できる」という状況であれば買い手が有利になる。
つまり「交渉が決裂しても別の選択肢があるからいいか」と思えると交渉に有利になり、どちらがより強い選択肢を持っているかで交渉の着地点が見える。戦略的交渉術では相手と自分のバトナを把握することが第一ステップとされる。
と、ここまでが戦略的交渉術で扱われるバトナの基本なんだけど実際に交渉をしてみるとバトナは負の側面が考慮されていないことがわかる。
負の側面とは、例えば次のケースで起きる。
この場合、ソクレジ社がソラタビ社に買収される(トビタツ社との交渉が決裂する)とモバイル予約の増加に対応できないだけでなく、競合であるソラタビ社がモバイル予約の増加に対応できるようなりさらに水をあけられる結果になる。ソクレジ社からすれば、ソラタビ社に買収されるというバトナがあるだけでなく、ソラタビ社がトビタツ社の競合であることで生じる「交渉が決裂した時のダメージ」を追加の交渉カードとして使うことができる。
転職でも内定を断ると新しい就職先で取引相手にしにくい、恋愛でも告白を断ると腹いせに悪口を言われるなど交渉決裂の後のダメージを考慮して交渉を進めることになる。基本的に脅迫はこのようなバトナのフレームワークの外側にある、交渉が決裂したときに(自分にメリットはないが)相手にダメージがある選択肢を作る。
さらに実際の交渉では次のようなケースもありうる
つまり交渉が決裂した場合のダメージと和解した場合のメリットが双方わからない。このようにバトナやバトナ以外のものは現実的には不確実性を含んでいて簡単に計算できない。
実際はお互いがバトナとダメージをどのように計算するかで大きく変化する。
藤崎=A、株式会社マリモ=BとするとA+は例えば交渉成立した時にマリモに提供できる技術、A-は決裂した時にマリモを告発することで与えられるダメージとする。B+は藤崎に対する支払いで、B-は藤崎にかかる訴訟コストとする。
A+とA-の合計値がAの交渉的戦闘力となる。これをBの合計値と比較して勝てていれば交渉に勝てる。要するに交渉成立した時により多く相手にメリットを与えられて交渉決裂した時により多く相手にダメージを与えられる方が交渉上有利になる。この状態ではAはBに勝てない。
しかし実際には下の図の面積を比較することになる。縦軸は相手に与えられるメリットとダメージで、横軸は相手が計算するそのメリットやダメージの強度確率(P+)。下の図で例えばB-はインパクトはあるが確実にAにダメージを与えられるか不安という状況を示す。
実際には水槽浄化システムは完成しておらず交渉成立しても株式会社マリモは対して得しないものの、交渉時ではA+の評価は期待する分だけ高くなる。また、不正の一部が刑事告訴されることで「まだ不正を保有しているのではないか」という推察によりA-の評価も高くなる。結果的にA(藤崎)は持っているカード以上の交渉力を得ることができる。
というわけで実際の交渉ではバトナのような単純に計算できる代替案は少なく、お互いダメージや強度を計算しながら交渉が進むため、いかに相手にこちらのバトナ(ダメージ)が大きいか印象付けるかが重要になる。
参考
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?