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コーチ物語 クライアント26「閉ざされた道、開かれた道」その1

「判決、被告を禁固一年六ヶ月とする」
 この言葉を聞いた瞬間、私の将来へと続く道は閉ざされた。
 二年ほど前、私はとんでもないことをしてしまった。仕事で疲労に続く疲労。その上で運転をしていた時にうっかりとウトウトしてしまった。そしてそのまま交差点へ。
 あのとき、確かに信号は青だと思っていた。が、それはその先の交差点。私が飛び込んだのはすでに赤になっていたところで、私の車はスピードを緩めることなく、相手の車の横腹に突っ込んでいた。
 そして一人の若い女性の命を奪うことになった。
 この事故のお陰で、私は職を失った。さらに家族をも失った。特に子どもと別れなければならなかったのは辛い。
 周りからは何も離婚までしなくても、と言われていたのだが。妻というよりも妻の両親が、これ以上面倒なことに巻き込まれたくないということから、ほぼ一方的な形で離婚させられたに近い。私も抵抗する気力もなく、結果的に全てを失うことになった。
 自分で言うのも何なのだが、会社の中では将来を有望されていた人物だと思っている。事実、事故を起こした時はプロジェクトリーダーとして大きな仕事を任されていた。だが、その時に深夜まで続く会議と、早朝からの外回りの仕事がピークを迎えており、結果的にこのようなことになってしまった。
 こうなった原因を会社に訴えることもできた。だが、それはやってもムダであり、逆に今までお世話になった会社に対しての背任行為とも言えるもの。それに私の本意ではない。そのため、全てを自分の責任と受け止めて今の結果を受け入れざるを得なかった。
被害者の遺族から嘆願書を出してもらえば、実刑を受けることはなく、執行猶予がつくかもしれない。弁護士からはそうアドバイスされていた。最初の頃はそれを願って、ご遺族には誠心誠意の限りをみせたのだが。
 残念ながら、私に対しては人殺しの非難の言葉ばかりで、結果的には嘆願書を書いてもらうことはできなかった。
 これで私の全ての道は閉ざされた。あとはこれから一年六ヶ月、交通刑務所の中で暮らしていくだけ。
 でも、どうしてこうなってしまったのだろう。確かに私の気の緩みが原因ではあった。しかし、私が何をしたというのだ? 私のどこに責任があるというのだ? 間違った人生を送ってきたつもりはない。それなりにまっとうな人生を送ってきたつもりだったのに。
 問題は交通刑務所を出てからの人生だ。私は前科一犯。犯罪歴のある人間を雇ってくれるようなところがあるだろうか? 聞けば、まともな職にはつけない人が多いらしい。よほど理解のある経営者さんでなければ、やはり犯罪者の烙印を押された人物を雇おうとは思わないだろう。
 そんな思いで毎日刑務所の中で暮らしていた。幸いにして、私はもともと真面目な性格もあってか模範囚とみなされた。また、飲酒などの悪質な罪ではなかったのもあったのだろう。あと三ヶ月を残して仮釈放が決まった。
「お世話になりました」
 私はそう言って、刑務所からの道をとぼとぼと歩き始めた。
 今回、私の父親が身元引受人になってくれた。そして私は一度自分の実家へと向かうことになった。
 年老いた父にはとても感謝している。母を亡くして一人で暮らしているところに私のこの事故のことが耳に入り。不自由な身体を引きずりながらも、何度も刑務所に足を運んでくれた。
 再就職の件もいろいろとあたってくれて、とりあえず私も知っている町工場の社長さんに紹介をしてくれた。
「かんちゃん、大変だったね」
「錦織さん、本当に有難うございます。私のようなものを雇っていただいてもよろしいのでしょうか?」
「かんちゃんなら大丈夫だよ。おまえさんがこんなに小さい頃から知っているんだから。小学校の時はやんちゃだったけど、曲がったことが嫌いで、よくしょうちゃんとケンカしてたよなぁ」
 しょうちゃんというのは私の幼なじみ。ガキ大将でもあった。よくケンカをした、とはいっても本来は仲良し。だからこそ、しょうちゃんが万引きをしようとしたときには全力で止めに入ったことがあった。それで大げんかをしたが、今となってはいい思い出だ。
「じゃぁ、早速みんなに紹介しよう」
 そうして私は、お昼休み直後の昼礼の時間に工場の皆さんに紹介されることになった。
「今度、みんなの仲間になってくれる塩浜寛太くんだ。よろしく頼むよ」
 社長の錦織さんからはホントにごくごく簡単な紹介だけとなった。そのほうがありがたい。どうしてここにいるか、なんて詮索はされたくないから。
 私は軽く自己紹介をして、早速明日から工場に入ることになった。工場では自動車に使う歯車の部品を加工している。私はこういった加工の機械は扱ったことがない。なので、最初は品質検査の仕事を任されることとなった。
 それにしても、どこで歯車が狂ったのだろうか? 皮肉なことに、私の仕事はその狂った歯車をはねのける仕事。寸法規格にあわないものは不良品としてはねられ、処分されてしまう。まるで今の私のようだ。
 そうやって仕事を始めて一週間ほどたったある日。私に対しての悪いうわさを耳にするようになった。
「塩浜さんって、人を殺したんですって」
「えっ、殺人者なの?」
「それで刑務所に入ってて、奥さんと別れたらしいよ」
 まぁ、大筋間違っていはいない。だが、私は故意に人を殺したわけではない。けれどそういう噂は広がるのが早い。しかもたちが悪いことに、私に直接真相を聞けばいいものを、勝手な推測だけが広がっていき、根も葉もない事実がでっちあげられてしまう。
 けれど、この工場を辞める訳にはいかない。他に行くところがないというのもあるのだが、辞めてしまえば恩を仇で返すことになるから。今は私ができることでここに貢献しなければ。その想いがその一歩を踏みとどまらせていた。
 そんなある日、一人の人物が工場に現れた。
「こんにちはー、社長、いますかー?」
 明るい声に目を向けると、そこにはメガネを掛けた長身の、笑顔の男性が立っていた。
「おぉ、羽賀さん、きたきた。今日もよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
 社長の錦織さんから羽賀さんと呼ばれたその男性。一体何者なのだろうか? 爽やかな笑顔がとても印象的ではあるのだが。
「社長、羽賀さんが来るととてもごきげんになるよね」
「ま、あの人のお陰でこの工場も持ち直したんだから。ありがたいわ」
 どうやらあの羽賀さんが社長に何かアドバイスをしたのだろう。ということはコンサルタントなのかな? でもそれらしく見えなかったが。
 私から他の社員にそのことを聞きたかったのだが、みんなは私のことをちょっと疎ましく思っているところもある。なので聞こうと思っても聞くことができない。ここでもまさに道が閉ざされていた。
 そうしていると、社長が事務所からひょっこり顔を出してきた。
「かんちゃん、じゃなかった塩浜くん、ちょっと」
「あ、はい」
 一体なんだろう? 私はそそくさと社長のもとへと足を向けた。

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