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コーチ物語 クライアント26「閉ざされた道、開かれた道」その5

 翌日、私は工場に早めに出て、早速できることから始めてみた。
 まず取り組んだのは自分の作業工程周り。社長が腰を痛めた、重い荷物を持たなくてもよい工夫を考えてみた。それは実に単純なこと。最初から台車に箱を乗せておけばいいだけ。しかしそれでは台車が動いてしまうことがある。だから、台車を固定する工夫をしてみた。
 出た不良品は、今は鉄くず屋に売ることになっている。しかし、もともとムダなものである上に、そういったものを作ること事態に問題がある。そこでもう一つ、そもそも不良品を作らないという改善が必要になってくる。
 完全にゼロにするのは難しいが、減らすことは可能だ。だから今日は製造工程をしっかりと見て、どこに問題があるのかを突き止めることにした。これも昨日羽賀さんにコーチングしてもらった時に出たアイデアだ。
 歯車の製造は、まずは丸い金属材料を用意する。それを寸法に合わせて切り、これを歯車の形に切削していく。そのあと熱処理というのを行い、仕上げ加工を行う。最後に検査工程。ここでダメだったものを処理しているのが私の仕事である。
 そもそも、検査でどんなところを測定しているのかというと、当然のことながら寸法である。この寸法は機械で自動で加工しているので、そんなに人の手が入るとは思えない。しかし、検査では寸法NGとなるものもある。
 となると考えられるのは熱処理工程。金属というのは熱処理を行うと寸法が変化する。どうやらこのときの温度で、金属の収縮度が異なり、寸法NGとなってしまうようだ。
 その工程をしっかり見ていると、あることに気づいた。熱処理の炉の温度は基本的に一定である。しかし、ものを入れる前の温度、出した時の温度は外気温で異なる。ひょっとしたらこのときに寸法差がでてしまうのではないだろうか?
 私はとある仮説を立てて、外気温と不良品の発生数のグラフをつけることにした。これはしばらく検証してみないと結果は出ない。しかし、ここを突き止めて寸法NGが出ないようにすれば。利益率は間違いなくアップする。
 その他にも工場内の改善はいろいろと、少しずつ取り組んでみた。たとえば掃除道具入れ。今は乱雑に道具を放り込んでいる場所という感じだが。ここをきちんと整理、整頓してみた。道具もここには何を置く、という置き場を決めてラベルを貼ったりしてみた。これも朝早くやってきてこっそりと作業をすることにした。
 そのおかげで、なんか掃除がやりやすくなったねという言葉を耳にすることができた。また実際に掃除にかける時間も短縮できているようだ。
 とにかくできるところから一つずつ取り組んでいく。その気持を忘れずに、日々ノートを持っては気になったところを書き込み、どうすればよいかを考えて行動する。これを繰り返してみた。
 こんなことを始めてから二週間ほど経った時、若いパートの女性から声をかけられた。
「塩浜さんでしょ、あれやってくれたの」
 そう言って指さしたのは、ポスター等が貼ってある掲示板。今までは思いつくまま乱雑にいろいろなものが貼られてあった。社員への連絡事項は主にこの掲示板を活用しているのだが。以前、ある社員さんが掲示板に貼ってあると言われた項目を見逃して失敗をしたことがあった。だからこれも見やすく改善をやってみたのだ。
 まずはジャンル別に掲示する箇所を決めて。また掲示期間を過ぎたものはすぐに処分するようにして、常にスペースを空けておく。そうすることでかなり見やすくわかりやすいものになった。
「え、えぇ、まぁ」
「ある日、来てみたら掲示板がスッキリしてたでしょ。ああいうのやるのって、仕事が終わってからか始まる前しかないじゃない。で、私あの前の日って遅くまで残業してて最後だったから、あの日に最初に来た人がやったに違いないって思ったの。そしてタイムカード見たら塩浜さんが六時半には出社してたから。だからそうじゃないかって思ったの」
「はい、私が朝早く来てやりました」
「すごーい、あの掃除道具入れもそうよね? 他にも工程表を貼り直したりとか、いろいろやってくれたんでしょ?」
「まぁ、そうです。みんなには黙ってやってしまったけど……」
「とんでもない、みんなすごくありがたがってるよ。でもどうしてみんなに言わないの?」
「なんか気恥ずかしくて……」
「でも、いいことしているんだから。ねぇ、私にも手伝わせてくれない?」
 来たっ! これがあの羽賀さんから見せてもらったビデオの一人目の協力者だ。でも不安はある。
「私なんかと一緒にいると、変な目で見られちゃうんじゃないかな。すでに御存知の通り、私は事故を起こした身分だし。それに社長に仕事を変わってもらったせいで、社長はぎっくり腰になったんだし……」
「私はそんな目線では見てないわよ。変なこと言っている人もいるけど、みんなじゃないしね」
 そうだったんだ。私はてっきり工場のみんなが私のことをそう思っているのかと感じていた。私の味方もちゃんといるんだ。そう思うと気が楽になってきた。
「ねぇ、この先どんなことを考えているの? 私も一緒に朝早く来て作業を手伝うわよ」
「でも、朝早くって大丈夫ですか?」
「うん、どうせ私は一人身だし」
「えっ、てっきり結婚されているのかと思った」
「あはは、実はバツイチなんだけどね」
 なんとなく気が合いそうな人だ。今まで工場の人の名前をきちんと覚えていなかったし、この女性は私とは今まであまり接点がなかったから。あらためて名前を聞くと、新名みどりさんという方。年齢は三十七歳。別れた妻以来、女性とこうやってゆっくり話すのは初めてじゃないかな。
 この日、仕事が終わってから新名さんに今考えている改善計画をいろいろと話してみた。特に不良率を下げる案についてはとても興味深く聴いてくれたことがありがたい。
「なるほどぉ、ひょっとしたら外の温度と関係しているんじゃないかってことね。ここ、私の受け持ち担当のところだから私もいろいろと調べてみるよ」
「新名さん、ありがとう」
「それよりもさ、こっちはぜひ実現してほしいなぁ」
 そう言って新名さんが指差したのは、社員食堂計画について。今はみんな自宅からお弁当を持ってくるか、外で買った弁当を持ってきて休憩室で食べているかって感じ。お茶だけはあるけれど、朝お弁当を買ってきてそのまま食べる人がほとんど。せめて温かいお弁当を出せないか、それを考えている。
「この周りって食べに行くところもないし、コンビニも近くにないからね。温かいお弁当なんて食べられないと思ってたけど。安くて配達してくれるところってあるんだね」
「はい、調べたら結構こういうのやってくれるところがあって。お弁当屋さんも毎日ある程度の数が確保できれば、いろいろサービスしてくれるっていうから」
「そうしたら、みんな安くて美味しいの食べられるし。言うことなしじゃない。そしたら私も楽できるのになぁ」

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