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コーチ物語 クライアント28「せめて少しはカッコつけさせてくれ」その1

 ったく、なんでオレがこんなことしなきゃいけねぇんだよ。とはいっっても、オレ以外にこんなことできるやつはいねぇしな。文句言ってもしかたねぇか。
 そう自分に言い聞かせながら、今夜もまた遅くまでパソコンに向かって営業企画の提案書を書き始める。
 今やっているのは小さな木材加工会社の企画書。この前の講演会の懇親会でここの社長に出会って。そこで頼まれもしないのに勝手にオレに向かって愚痴を言い始める始末。まぁ、オレの名刺の肩書が営業コンサルタントって書いているから、思わず話し始めたんだろうけど。正直オレにとってはいい迷惑だった。オレがターゲットにしたかったのは安定した規模の会社。せめて社員が五十人以上で、売上も安定しているようなところ。そこの営業コンサルとしてさらに売上を伸ばす提案をしたり、社員教育をするのがこのオレ、唐沢三郎の仕事なのだから。
 ところがこの社長の会社ときたら。社員は社長を含め、わずか八人。最近、大手の木材加工会社が進出してきたため、売上は激減。独自の技術を持っているのに、大手に対抗しようと安く値段を設定し始めたのが間違いの元。おかげでコスト競争に巻き込まれて、結果的に安くてムリな納期の受注を受けてしまって、経営は火の車。さらに工場の社員もやる気がないときた。
 で、もっと利益率のいい仕事をとるためにはどうすればいいか、なんてことで泣きついてきたのが今の現状。まぁそういうのは日常茶飯事だから、つい懇親会の場で軽い提案をしてしまったのが運の尽き。この社長に泣きつかれて、結局仕事をするはめになった。
 オレだってもっと利益率のいい仕事をしたいんだけど。帳簿まで見せられて火の車という現実をつきつけられて、さすがに優良企業と同じ料金はとれねぇ。結果的には成功報酬という形で、それも思い切ったディスカウントをしてあげて仕事を受けることになった。まったく、ミイラ取りがミイラになっちまった感覚だぜ。
 あーあ、オレも昔は四星商事という一流企業のエリート営業マンだったんだけどなぁ。といっても、トップ営業マンの同僚の羽賀にくっついてそうなってただけなんだが。その羽賀も今ではコーチングなんて仕事をやって。ヤツの影響でオレもドライになりきれなくて、義理人情で仕事を受けるようになっちまったもんなぁ。おかげで利益率は減っちまったけど。
 さて、愚痴はこのくらいにしてさっさと提案書を仕上げてしまうか。明日の十時にはここの社長と会うんだった。それにしても、オレにも有能なアシスタントとかいればなぁ。この商売ってつい一人でなんでもやっちまうから。だからいつまで経っても楽にならねぇんだよなぁ。
「で、できたのがこの提案書か」
 その翌日の午後、なぜかオレは羽賀の事務所にいた。もともとここに来るつもりはなかったんだけど。
「あぁ、とにかくこの木材加工会社の利益率を上げるためには、今までにない市場を開拓する必要があると思ってな」
「ふぅん、なるほど。確かに唐沢の提案通り考えるのがセオリーだろうな」
 オレが考えた提案書。そこには売り込み先のターゲットの視点を変える項目が組み込まれていた。
 一つ目はエリアの幅を変えること。この会社はこの地元を始め、車で往復できる範囲でしか仕事をしていない。本来ならばそれは正解なのだが。残念なことに大手が入ってきた今、その商圏を見直す必要がある。ではどこに変えるのか? もっと遠くを攻めるのか?
 実はこれが逆。もっと範囲を小さくして、その代わりそのエリアで徹底した売り込みをかけるというものだ。実は調べてみると、この地域は木材を使ったビジネスが意外にも多いことがわかった。家などを立てる建築会社や工務店はもちろんのこと、工芸品などを取り扱う店も多い。聞けばこの会社の今の取引の中心は、ホームセンターや中規模以上の住宅メーカーだという。
 そういう意味で二つ目のターゲット変更戦略は売る相手を変えるというもの。もっと小規模の工務店などに目を向け、そこで材料を使ってもらえるような売り方をするとよいのでは、というのがオレの考えだ。
 だが、小規模だと取り扱うロットが少なくなる。そうするとどうしても単価が高くなり、大手には負けてしまう。だからこそ三つ目の視点の変化が必要となる。
 その三つ目とは、取り扱う商品やサービスを絞ること。顧客層を広げようとして、うちはなんでも取り扱っています、みたいなところが一番お客さんが寄りにくいんだよね。実は世の中の反応はその逆。ここはこれについての専門家だと思ったら、そのほうが遠くからでもお客さんが寄ってくる。で、中に入るとこんなのもあるんだと広げればいい。入り口は極力狭いほうがいい。
 この会社も、大手に負けまいといろんなことに手を出しすぎた。おかげで作るものの種類が増えてしまいてんてこ舞いしているという状況だ。だから取り扱うメイン商品を絞ろうと提案している。
「で、ボクは何をすればいいんだい」
「さすが、羽賀大明神! 実はちょいと困ったことがあってよ」
「おおかた、ここの社長がどれも絞れずに困っているってところだろう」
「ズバリ、正解! まぁオレも見よう見まねのコーチングができなくはないんだけどよ。どうしてかここの社長は自信がないみたいで。まずはそこからだなと思ってお前にお願いしようかと」
「ったく、唐沢はいつも面倒なことになるとボクに押し付けるんだから」
「まぁまぁ、そう言うなって。もちろん報酬は出すよ。といっても……」
「とても高い報酬が取れそうな会社じゃないけど」
「ま、まぁな。ここはお友達価格で……」
「いや、これはちょっとおもしろいことを思いついたよ」
「なんだよ、おもしろいことって」
「この地区の木材加工業者ってどのくらいあるんだ?」
「あ、それなら調べてある。ちょっと待てよ……」
 オレはパソコンを取り出し、羽賀の質問の答を探った。こいつが何かおもしろいことを思いついた時には、必ずあっと言わせるプランが出てくるからなぁ。やっぱりここに来て正解だったな。
「あったあった。えっと、規模はバラバラだけど、全部で二十三社だな。そのうち今回依頼されたような社員二十人以下の小さいところが十八社。どれも地元企業だな。三社は本社が別のとこにある大手。二社はここでは製造はやっていない商社みたいなところだな」
「ってことは、その地元十八社対大手三社という対立姿勢ができている。そうじゃないか?」
「いや、むしろ最近進出してきた一社対残りって感じだな。なにしろ規模が違いすぎる。あっちは社員百五十人だし。残りは最大手でも三十人だぜ」
「ならばなおさら、ボクのアイデアが活かせるかもしれないぞ」
 久々に羽賀とゾクゾクしそうな仕事ができそうだ。なんだか期待がもてるな。オレは羽賀の次の言葉を待った。
「この土地の木材加工品を地域のブランド化するんだよ。そのための組合か協議会のようなものをつくるんだ。その中で各社の強みを活かした商品開発を行い、各社が競争しなくてもいいような仕組みを作る。つまり、この街全体を一つの大きな木材工場に見立てるんだ。そして各会社がそれぞれの製造部門のような形をとるんだ」
 羽賀のあまりにも大きすぎるアイデアに、オレは思考が止まってしまった。

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