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回避性の私が 診療を受けるようになるまで④(最終回)カタストロフィはありません

続きです。

ようやく受診する決意ができたのは40代を目の前にして、比較的居心地のよかった書店の仕事をやめた頃です。

当時は、もう歳だし次の仕事はずっと続けなくてはいけない、と脅迫的に思っていました。
しかし、それまで職場に馴染めなかったりひとつの仕事に向き合ってこなかった私は、自分にできる仕事なんてないのではないかとパニクり、ついに家から一番近い心療内科を受診します。


受け付けでも待合室でも、心臓バクバクでした。

医師による診察の前に、おそらく心理士さんだと思われる若い女性の方が話を聞いてくれました。
子供の頃からのつらかったことを全部伝えようとして、まとまらない話を長々としてしまいました。
今思うと申し訳ない。

その後番号が呼ばれ、診察室に入ると、医師は特に質問することもなく「あなたは回避性パーソナリティ障害」ですと言いました。

私はいろんな本を読んでいたので、社交不安障害ではなく、回避性パーソナリティ障害もあてはまるな、とは思っていました。

でも、ろくに話も聞いてくれなかったこと、「回避性パーソナリティ障害」とはどんな障害なのか説明すらしてくれなかったこと、医師の目が「お前はただの逃げ癖だ」と言っているような気がしたことなど、初診のことはあまりいい思い出ではありません。

抗うつ薬をを処方され、2週間くらいで効き目を感じ始めましたが、心が軽くなるというより、頭がボーッとして自分自身がなくなるような感覚だったので、そのことを医師に訴えると、「しょうがないですよ。それが嫌なら薬やめてください」と、またもや冷たい対応でした。

精神科の医師は、淡々としていて、人によっては冷たいと感じることも多いらしい、ということは最近わかったことですが、長年悩んで勇気を振り絞って受診した結果がこれだったので、当時はとても傷つ来ました。

そうこうするうちにパートがみつかり、そうなると、嫌な気持ちになるために受診するのが無駄なような気がして、半年もせずに通うのを自分の判断でやめてしまいます。


時は流れ、またもやパート先でもいづらくなり、6年頑張りましたが、退職します。

この頃はかなりボロボロで、カウンセリングなども受けてみました。

ある日、不安発作みたいな感じで胸のザワザワが止まらなくなり、一晩中眠れず部屋の中をウロウロ歩き回るという状態になり、なんでもいいから楽にしてくれ、という気持ちで、翌日、もう一度かつてと同じ心療内科を受診することになりました。4〜5年ぶりだったかな?

信頼できないクリニックだったのに、またそこに行くのは、未知のものを異常に怖がる回避性の特徴だと思います。


結局、前と同じ抗うつ薬(ただし量は半分)、それに抗不安薬を処方され、気がつけば、もう5〜6年通っています。5分診療です。

パーソナリティ障害は、薬物療法だけでは不十分で、精神療法(いわゆるカウンセリング)も必要と言われていますが、費用の問題から受けていません。

医師は「カウンセリングなんて話を聞くだけてすよ」と言う始末。正直、医師に対して信頼感は持てていません。

ただ、薬を飲み続けているせいか、年を取って図太くなったのか、人と話すことはわりと大丈夫になってきました。

それでも、1日人と会っていると神経を使うので、家に帰るとグッタリです。
あと、物事をネガティブに、被害妄想的に受け止めてしまう傾向も変わっていません。

今は、なんとかカウンセリングの費用を捻出し、薬だけじゃなく自分の力で人生を変えていきたい、失ったものも多いけど、今あることに感謝して、できることをやっていきたいと思っています。

思っているだけでなかなかむずかしいですが。


ひとまずこのテーマは終わりです。読んでくださった方、ありがとうございました🙇

これからは、やってきた仕事のことなど書いてみてもいいかな。


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