見出し画像

青葉城で『坂道』を走る ” 旅先で『日常』を走る ~episode32~ 宮城編 ”

前回のあらすじ


熊野で『古道』を走る

" 初詣というおそらく2000年くらい続いた風習も、そのあり方を見直さなければならない機会なのだろうか?ただ、情勢がどう変わっても、山伏がトレイルランナーに変貌する様に、それに合わせた楽しみや生き甲斐を人間は見つけていくのだと思う。"


青葉城で『坂道』を走る

2020年12月30日、23:40。バスタ新宿3Fにある出発ロビーに私は立っていた。巷では新型コロナウィルス感染者が増加の一途をたどっており、経済振興策として導入された『GoToトラベル』も二日前から停止になっていた。そんな状況の中でも、翌日からの年末年始休暇をフルに使って、私はこれからひとり旅に出発することにした。

帰省をはじめとして人の移動が激しくなる時期に、感染リスクを減少させる目的で不要不急の移動を奨励する策を止めることは理解できるし、大いに賛成する。しかし、一方で『不要不急』を糧に生命を繋いでいる人たちも多数存在する。私が従事する飲食業もそうではあるが、最も大きい産業は観光業である。

たしかに、帰省のように普段別々の地に暮らしている人たちが一定期間同じ空間で生活をすることは、今のような感染拡大期にはやめておいた方がよいと思う。それでも、『おひとり様GoTo』と称される、移動はするものの人との交流は最小限である行為に関しては、通常の感染対策(マスク着用・手洗いと消毒・三密を避ける)をしながら実行しても問題はないのではないか?
いや、むしろ家にいても家族間感染のリスクはあるし、帰省を諦めた人たちで人口密度が上がった都会で暮らしているだけでも感染リスクは上がる。それならば、徹底的に休暇中は一人で過ごそうというのが、この旅の趣旨である。

夜行バスと青春18きっぷを活用して、北方へと向かうことにした。人口密度が低そうだというのが、その選定理由である。天気予報では年越しのタイミングで大雪の恐れありと告げているが、気にせずに進むことにした。大雪で足止めを食っても、その時はその時で違うルートに変更すればよい。宿だけは予約しているが、特に目的地を決めているわけではない旅は、こんな感じでスタートした。

夜行バスに乗り込むと、車内は閑散としていた。40席以上ある車内は10席ほどしか埋まっていなかった。例年なら帰省客で満席なのだろうが… 到着予定時刻は翌朝5:40だ。ひと眠りしておこう。目を閉じて、仙台の思い出を記憶の奥底から引きづり出す。


--

母の実家が福島県伊達郡にあり、仙台とはけっこう距離が近いのだが、学生時代は仙台に行ったことはなかった。東北地方最大の都市ではあるが、わざわざ足を運ぶ理由がなかったのだ。

初めて仙台に足を踏み入れたのは、社会人になって5〜6年後だった。新規店舗の視察という名目で、後輩と二人で深夜にドライブして仙台に向かった。運転はすべて後輩にまかせて、あろうことか私は助手席でひと眠りを決め込んだ。目覚めると仙台に到着していた。後輩はあからさまに不機嫌だった。

二度目の来訪はけっこう最近だ。2016年3月、当時私が推していたアイドルグループNMB48チームMが仙台PITで開催するライブを観に来たのだ。前日閉店まで自分の店で仕事をしてから夜行バスに飛び乗り、車内でひと眠りしているうちに仙台に到着した。サウナで汗を流してから、駅ビルの『青葉亭』で牛タンを堪能した。

すっかり腹を満たした後、昼の部のライブを鑑賞した。なんと最前列だった!
ナニワのやんちゃな娘たちが全開の笑顔で縦横無尽にステージを駆け巡る。飛び散る汗が私の頬にかかるくらいの距離感と臨場感。今までに観たライブの中でも圧倒的に一番楽しかった。来てよかった。その日は夜番で仕事だったので、終幕後にダッシュで仙台駅に向かい、新幹線に飛び乗った。

そのライブは、後日大手サイトが選ぶ2016年のアイドルライブで1位を獲得した。

--

このように、仙台には楽しい思い出しかないが、この街に関する記憶や印象はあまり残っていない。誰かと連れだったり、ライブなど別の目的があって訪れることを何度繰り返しても、その土地についての思い出は蓄積されないのだろう。
それならば、仙台という土地に一度ちゃんと向き合おうと思い、昨年(2019年)9月に仙台の街を走ることにした。

この時は、前泊した八戸から新幹線で向かい、ちょうどお昼頃に仙台駅に到着した。目的地は青葉城。仙台といえばさとう宗幸の『青葉城恋歌』くらいしか印象がなかったのだ。我ながら雑なイメージだが。トイレでランニングウェアに着替え、荷物をコインロッカーに預けようとしたが、どこも一杯だった。駅の周囲を駆けずりまわって、1階の隅っこにようやく空きスペースを見つけ、荷物を預けることができた。

それではさっそく走り始めよう。なにしろ今日は、日が暮れるまでに山形に移動して走るというミッションも自らに課しているのだ。手短かに準備体操を済ませ、スタートした。

まずは駅前のロータリーを抜けて、目抜き通りを駆け抜ける。道幅が広い。車道と歩道を明確に区別するように生い茂る街路樹がひときわ存在感を際立たせている。定規で引かれたがごとくまっすぐに伸びる道を1.5kmほど進むと、広瀬川に差し掛かった。

想像していたよりも河岸に手入れが行き届いていない様子。景観は良いが、地域住民が気軽に降りて親しめるようには整備されていない。一種独特の野性味が感じられる。

川を越えると、今までとは一転して勾配が急になるる。しばらく進むうちに、明らかにスタミナが奪われていく。お城を目指して来たはずなのだが、実際には『山』だった。

仙台城は仙台市南西部の青葉山丘陵地帯に築造された山城で直下にはわん曲して流れる広瀬川もあり、まさに天然の要塞ともいえる様相を呈している山城です。

これは、紛れもなく、登山だ。
たしかに、なかなかの、、急勾配、、、だ、、、、な、、、、、
ちょっと、休憩を、しても、よろしいでしょう、か?
標高差を事前に確認せずに走行ルートを組むという私の計画の雑さが露呈されてしまった。思いがけずスタミナを消耗したので、この先は主に徒歩にて参ることにした。

しかし、こんなに勾配が急な山道にもランナーの姿がちらほら見受けられる。地域の人たちには愛されているコースのようだ。仙台のランナーは日々こうやって脚力を鍛えていると、トレイルランの地力はかなり付くだろうな。
などと考えながら進んでいるうちに、かつて天守があった山頂に到着した。

山頂では、伊達政宗像がお迎えしてくれた。
ここにお城が建っていた形跡はなく、ごく一般的な山頂の公園だ。仙台市内を一望できる。

一休みして、来た道を戻る。今度はしばらく下り坂を進む。上りとは打って変わって、軽快に進む。下りきったところで橋を渡り、広瀬川を越える。

橋を渡りきった先、左手が緑地公園になっている。ここもランナーが多い。緑の中を走り抜ける。格別の爽快感を感じる。全身がフラボノイドに包まれたようだ。風がLOTTEグリーンガムのような匂いを連れてくる。懐かしい匂い。このまま進み続けると、いつか我が身が光合成をはじめてしまいそうな錯覚に陥った。仙台が杜の都と称させる所以が体感できた。

公園の端まで来たところで、右に曲がる。この通りも大きな街路樹が歩道に沿って並んでいる。目抜き通りと比べると人通りが少ない。しばらく進んだところで、再度右に曲がる。
ここが、仙台市街で一番の繁華街である国分町だ。

ここで、記憶の扉が開く。

はじめて仙台に来た時のこと。運転してくれたお礼に、後輩に一杯奢ろうと明け方の国分町をブラついていた。すると、おあつらえ向きの客引きの兄ちゃんが声をてきた。「あと1時間で閉店だから飲み放題付きで一人1,000円でいいよ!」。
そのお店はキャバクラだった。特にお姉ちゃんたちとワイワイやりたい気分でもなかったが、その価格破壊ぶりに心を奪われて、行ってみることにした。1時間で二人とも3杯づつ飲んだ。

といったように、典型的な夜の街である国分町は、昼下がりのこの時間は閑散としている。開いている店もまだほとんど見当たらない。続いて、一本隣のアーケード街に入る。

こちらはアパレルの路面店やファストフード店などが立ち並び、多くの通行人で賑わっていた。人並みを慎重にかき分けながらしばらく進むと、先ほどの目抜き通りと交差した。ここを左に曲がって仙台駅に戻ろう。

走った後は、駅ビルの『喜助』に入り、遅めのランチを摂った。食べたのは、もちろん牛タンだ。


--

などと回想している間に、時は6時間過ぎ、バスは仙台駅前に到着した。夜行バスを降りると、そこは雪国だった。寒い(語彙力)。雪が積もっているだけではなく、降り続けている。

おぼつかない足元に注意を払いながら、駅前の『M』の看板の店に入った。さすがは東北地方最大の都市だ。マクドナルドが24時間営業している。暖をとりつつ腹ごしらえをして、今日の計画を練り直す。

今日は大晦日だが、これから年越しに掛けて東北地方では大雪の恐れがある。特に日本海側は電車が止まる危険性がある。私が今晩泊まる予定の地は、秋田県角館だ。
仙台から山形方面に進み、途中で新庄方面に分岐し、大曲経由のルートを取るのが最短距離だ。しかし大雪になるとどこかで足止めを食らう恐れが大きい。早めに仙台を出たほうがいい。できれば移動中に、どこかで途中下車して(できれば銀山温泉で)昼ランも果たしたいところだ。

こうしてはいられない。夜明けを待たずに仙台ランを消化しよう。「旅先で『日常』を走る」ことが、この連載のミッションであるのだ。
着替えと、荷物を預けるために駅舎に移動する。ペデストリアンデッキから見下ろす駅前の路面は、かなりのアイスバーン状態だ。普通に走ると、足元の不安定さと見通しの悪さが相まって、転倒の危険性が高い。なにしろ私には転倒して手首を骨折した前科がある。

じつは、こんなこともあろうかと、この旅には頼もしい相棒を連れてきたのだ。
ご紹介します。ノルディックポールです!

いわゆる、ノルディックスキーのウォーキング版である。この2本のポールを使って四足歩行をすれば、転倒知らずなのだ。おまけに、ポールの助けを借りてトレイルランニング的に坂を上れば、青葉城の急勾配もへっちゃらさ、という算段だ。
さっそく準備に入るとしよう。駅のトイレで着替え、コインロッカーに荷物を押し込む。さすがに早朝のこの時間はほとんどのロッカーが空いていた。
準備体操を済ませたところで、新兵器ノルディックポールをセットする。普段は三節棍のような形状で畳まれているので、これをシャキッと一本に伸ばすのだ。

これで準備万端だ。いざ出陣!
ルートは前回と同様にセットした。季節も時間帯も違う。しかも走破する手段まで変えている。同じルートでも、まったく違った風景がみえるのではないだろうか?

まずは駅前の目抜き通りを進む。立派な街路樹たちはその葉を散らし、冬眠中のようだ。代わりに足元は一面雪化粧を施されている。ここは一気に進もう。
スキーのジャンパーのように前傾姿勢を取る。前のめりにつんのめりそうになるところを2本のポールを身体の前方、肩の位置より少し前に突く。突いた勢いで、骨盤が前方に平行移動する。勢いが付いたところで、ポールの操作を左右交互に切り替える。

走る時と同じか、やや早いペースで両足を前に動かしていく。ペースに乗ってくると、自分の身体が蒸気機関にでもなったかのような感覚になる。何も意図しなくても勝手に体が動き、前に進み続ける。これは独特の快感である。ゾーンに入るというか。
同時に触覚と聴覚が鋭敏になる。走っている時よりも、日差しだったり風の温度感だったり、生活音や鳥のさえずりだったり、こういった定量化が難しい感覚が解像度高く全身に迫ってくる。

もはや「ここは誰?私は何処?」状態だが、せっかくの旅先だ。もっと視覚も使って、風景を記憶に焼き付けないともったいない。前方に意識を向けた時、ちょうど勾配が下がる地点にたどり着いていた。

ここからはちょっとしたスキーヤー気分になり、テレマークの姿勢など取ったりしながら下っていく。

下りきったあたりで広瀬川を越え、城郭に入る。ここからは急な上りだ。心してかかろう。

以前も通った道だが、雪に覆われているとあまり勾配を感じない。ポール効果も相まって、左右に寄り道などしながらじっくりと登っていった。誰も踏み入れていない雪道に足跡を残すことが、単純に楽しかったのだ。

頂上に向かうにつれて積雪は深くなり、降りしきる雪も激しくなってきた。寒い(語彙力)。さすがにランナーの姿は見えない。それどころか、城郭に入ってからここに至るまですれ違ったのは、カメラを構えてあちこちをパシャパシャ撮りまくっていた男性一名のみだ。大晦日の朝っぱらから、雪の青葉城を登頂しようなんて物好きは私くらいなのだった。

さあ、もう一息で頂上だ。がんばれ、俺。

登頂成功!
伊達政宗像が出迎えてくれた。雪をかぶって上体が白っぽいが、かえってベースの黒色を引き立てている。登頂した充実感も相まって、しばし見入ってしまった。
そうこうしている間に、雪がかなり強くなってきた。視界も悪い。長居は禁物だが、少し休憩しよう。自販機でお汁粉を買って飲んだ。

休憩を挟んだら、今度は来た道をひたすら下る。下りは快適だ。ポールがあれば転倒の恐れもない。快調に下っていく。するとこの坂を上ってくるランナー数名とすれ違った。仙台市民強いな… これが彼らの日常なのか。
などと感嘆しているうちに、坂道を下りきった。広瀬川を越える手前で日の出に遭遇した。いつの間にか、雪は止んでいたのだ。

橋を越えて、左手の緑地公園を進む。木々の緑は前回の2%くらいだ。この一帯も、一面雪景色が広がっている。フラボノイドの匂いは皆無だ。代わりに冬特有の「スンッ」とした独特の匂いが鼻をついた。

公園の端まで来たところで、右に曲がる。しばらく進んだところで、右に曲がった。国分町だ。

さすがに朝7時台の国分町は閑散としている。それはそうなのだが、若干の違和感も感じる。この時間帯は、お店の営業終了からゴミ収集の間の時間帯だ。通常なら、店の前には大量のゴミが出されているはずだ。全国各地でこのような繁華街をこの時間帯に走った経験からすると、出されているゴミの量が明らかに少ないのだ。

やはりコロナ禍で客足が寂しいのだろうか?心配になる。昔入ったあのキャバクラなら、今なら閉店前の1時間は飲み放題付きで500円くらいになっているかも知れない。

続いて、三越のある通りや、アーケード街にも足を踏み入れる。

まだ街全体が寝静まっている感がある。大晦日だが、飾り付けはすっかり新年バージョンに切り替わっている。
しばらく進むと、先ほどの目抜き通りと交差した。ここを左に曲がって仙台駅に戻ろう。

--

同じ場所に季節を変えて再訪し、違う手段で同じルートを辿る。いわゆる定点観測的なランを今回試みた。実際に定点観測を行って、仙台という土地に対しての親密感が増した感がある。同じ土地でも季節や時間帯、また接続する私自身の侵入角度によって、切り取られる風景や感じる皮膚感覚はまったく違うものになる。

同じ対象が持つ多面性に気付くこと、これが土地と自分の関係性を豊かにする重要なキーワードになるのではないだろうか?
次回仙台を走るのは初春にしようか、それとも夏真っ盛りの時期に挑もうか?今から脳内で計画をあれこれ組み立てるのも、至福の楽しみだ。もっとも、走る場所だけは、青葉城に決まっているのだが 笑。

追記

走り終えて仙台駅に戻ったところで私を待ち受けていた、驚くべき事態が!(次回に続く)


次回予告

〜 山形で『日の入』を走る 〜






いいなと思ったら応援しよう!

蒲公英
いただいたサポートは旅先で散財する資金にします👟 私の血になり肉になり記事にも反映されることでしょう😃