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【読書メモ】 『娘が母を殺すには?』 三宅 香帆

読んだ。『娘が母を殺すには?』

・一般的に母は娘にとってもっとも近しい「規範」を与える人物である。自分が母の規範を守って生きていることに気づかないほど、母の与えた価値観を娘が内面化している場合も多い。

・娘の欲望が母の与えた規範から逸脱するとき、娘が自らの欲望を満たそうと行動を起こすとき、母の許しが必要になる。しかし、母は往々にして娘の規範からの逸脱を許さない。

・母の規範の範囲内でしか欲望し、行動できない状況を脱することができるように、すべての娘たちは「母殺し」をする必要がある。しかし、母と娘が仲良くすることが社会的によしとされ、現代日本の娘の成熟モデルとして私たちに刷り込まれている。そんな現代社会において「母殺し」はますます難しくなっている。

・母が死んだ後に娘が母の規範を手放すのではなく、逆にいっそう母の規範を受け入れようとすることが多い。母を許さなければ、娘は自分を嫌いになってしまうのだ。母を許せない自分にはどこか欠陥がある、そんな価値規範に娘自身がとらわれてしまう。

・母にとって娘は威勢の息子よりも自分のケアをしてくれそうな存在であり、娘にとっても同世代の異性より母の方が家事や住居について頼れそうな存在である。そして娘が母に頼られた時には、自身を育てるために犠牲なったことへの申し訳なさから、母のケアを引き受けてしまう。

・父の支配と違って、母は弱さをもって娘を支配する。しかし、自己愚生を伴う母の愛情とは日本の母性信仰が強化した幻想であり、実際の母は容易に娘を裏切る。母の代わりとなるパートナーを見つけることで母殺しを達成しようとしたのが萩尾望都だった。

・一方で、母の代わりを見つけても母殺しは達成できないのではないか? という問いを堤示したのが、山岸涼子だ。母のような愛情を他社に求めることは、自他の境界を見出すことを困難にさせる。その先にあるのは、共依存的な支配関係だ。また、山岸は母の女性性(媚びる性・誘惑する性)を強く嫌悪し、成熟のない、性が存在しない世界を指向する。

・90年代に入ると、男女雇用機会均等法施行により母親=専業主婦という「戦後家族モデル」が砕かれ、また「アダルトチルドレン」ブームによって、親から受けた心の傷が物語のテーマとして多く取り上げられるようになった。そして、母殺しをする必要がない「自由な母」が登場する少女漫画が増えた。

・「自由な母」とは、自分を見守り理解してくれる「母」であると同時に、自己実現のロールモデルとなる「父」でもある。しかし実際の母は完ぺきではない。日本の母性信仰は「母は正しい」「母は自分を愛している」と娘たちを洗脳する。現実の娘にとって重要なのは、母を師匠にすることではなく、母から離れようとすることだ。

・2000年代に入ると、「母が重い」というキーワードで母と娘の関係には困難がつきものであることが広く共有されるようになった。母の愛情を気持ち悪いと拒否しながら、一方では母への愛着を示す。この相反する感情が、母娘関係の葛藤そのものであった。

・2010年代に入ると毒母や毒親という言葉が流行し、「母娘関係はどうやら難しいらしい」という空気が広がり、母娘の問題が発見された。母は自己実現に関する規範を娘に託すが、自分の人生がうまく行こうが行くまいが同様に、娘に規範を与えるのだ。そうして母の規範は世代を超えて再生産され、気範囲気づかないまま大人になる娘は多い。

・娘は出産を経て「自分の母は間違っていたんだ」と理解することもあるが、それでも母に対して「なぜ自分を愛さなかったのか」と思うことをやめられない。母殺しを行うためには「母がどうでもよくなること」が必要になるが、母性への愛着や母への執着は逆に母の規範を強化してしまう。

・母娘関係の根幹は、父の家庭への関与によって大きな影響を受ける。戦後日本社会では男性の長時間労働により夫婦間のディスコミュニケーションが起こり、また夫が労働・妻が育児家事を担うというジェンダーギャップがある。これに起因して、母娘密着が受け継がれていく。しかも、娘には「夫婦関係の橋渡役」が求められることさえある。

・母の規範(≒社会の規範)を絶対視しなくなることで、娘は母の規範に反する欲望を叶えられるようになる。「母に許されない」ことも選択できるようになる。母の規範を相対化し、自分の欲望を優先することこそが、母殺しの達成条件なのである。

・母娘関係に縛られる娘は、どうしても世界を母の規範で固定してしまう。しかし世界は広く、母娘関係だけで成り立っているわけではない。重要なのは世界を広げることなのだ。そして、その契機は娘の欲望にある。

・そして、母娘問題の寛解のためには、母もまた娘以外の他者と出会うことが必要なのだ。もし母が強いきずなを持つ相手が娘以外に存在していたら、それはひとつの母娘密着の解決策となる。これによって母と娘との自他境界線ができ、母娘の密室を互いに脱出できるのである。

・母殺しのプロセス
 ① 母の規範の存在に気づき、言語化する
 ② 母の規範よりも自分の欲望を優先したという成功体験を作る
 ③ ①②を繰り返す
 ④ 母の規範がどうでもよくなる = 母の規範を手放す
『娘が母を殺すには?』

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