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新しい光を見つけに

ありがとう。
美しい言葉。

朝目が覚めるたびに自然に浮かんでくる。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

木漏れ日のように、雨粒のように。
こぼれ落ち降り注いでくる言葉。
キラキラと輝きながら。





森の入り口に立っていた。
さわさわと揺れる細くて丈の長い柔らかな緑の草に囲まれて。

しっとりとした空気をまとったそよ風には甘く爽やかな草の香りが含まれている。

私は少女の姿でその風の中に立っていた。
まだ細く頼りない手足をして肩にかかるまっすぐで茶色い柔らかな髪を結いもせず、そのままにして。

ここは夢の中。
なぜだかはっきり自覚があった。
理由はわからないけれど。森に向かう細い道を夢の中の私は何の躊躇もなくまっすぐに歩いていた。
静かな明るい晴れた日だった。
風に揺れる草のはずれの音以外何も聞こえては来ない。

爽やかな空気の中を私は1人でゆっくりと森に向かって歩いていく。

ふかふかとした地面に吸い込まれて足音は消えていた。
物語が始まる。





朝が来た。
澄んだ空気の中に遠くでさえずる小鳥たちの声が柔らかく混じり込んでいる。

4人の青年たちが仕事道具を携えて自分たちの仕事場に向かって歩いている。

石造りの回廊は窓から差し込む明るい光と回廊の柱や壁が作り出す真っ黒な恋影がはっきりとしたコントラストを持った景色を作り出していてこれから仕事場に向かっていくよ人の気持ちにメリハリをつけていた。

回廊の奥にある光に満ちた広い場所、そこが4人の仕事場だった。
そこには無数の鳥かごが置かれていてその中に1羽ずつ美しい声と姿を持った小鳥たちが暮らしていた。

4人の仕事はその鳥かごの中を清潔に保ち小鳥たちに新鮮な水や餌を与え、小鳥の命や健康を守ることだった。

4人の他にも同じ仕事を同じ場所でしている人は無数にいた。
とにかく数え切れないほどたくさんの鳥かごがその場所には存在していた。

そこで働く人たちはみんな小鳥のために丁寧に綿密な仕事をすることを信条としていた。

小鳥たちはささやかで儚い命を生きている。
その儚さを守ること、それが彼らの仕事だった。

その仕事は細心の注意を必要とする大変な作業を必要としていたけれど誰も辞めたいと言う人はいなかった。
なぜならそこには他の事では得られないとても大きな喜びがあったから。

燦々と降り注ぐ明るい日の光の中で生き生きと歌い羽ばたきはかない命を輝かせている小鳥たちと一緒に過ごしていると自然と心が幸せな気持ちに満たされて自分を好きになれるのだった。

小鳥たちは皆自分たちを信じきり心も命も全て預けてくれている。

その自覚は彼らにより丁寧で綿密な仕事をさせて、小鳥たちの命と健康を大切に守らせていた。

つよい力も鋭い爪も牙も持たない小鳥たちを守ってくれていたのはその世話をしてくれている人たちの愛情と良心だった。

爽やかな木々の香りを含んだ風が吹いてきて小鳥の世話をする青年たちを優しくそっと包み込んだ。

その風の中には小さな小さな光の粒が無数に混じり込んでいて、炭酸水の気泡のように4人の体を包み込み音も立てずに小さく弾け活気に満ちた雰囲気を作り出してくれていた。







あぁ、今日も朝が来てしまった。
毎朝目が覚めるたびに思う、いつまでこれが続くのだろう?と。

呪われたこの身体。
どうして自分がこんな風に生まれてしまったのかわからない。
どんな意味があってどんな理由があって私がこうして生きているのか答えてくれる人はいない。

それでも命のある限りこのまま生きていくほかはない。

昨日また森の中に少女が1人やってきた。
鏡の中にそれを見つけた時、とても悲しい気持ちになった。
「この子もまた小鳥になってしまうのか」
知らぬ間に人ごとのようにつぶやいていた。

自分の心を殺してしまう他にこの状況を受け入れる方法はなかった。

苦しんで悩み抜きどうすることもできなくて、いつしか私はそういうふうに自分の気持ちをごまかして自分を守るようになってしまっていた。

強い風が吹き始めた。
吹き荒れるという言葉でしか言い表すことのできない力のつよい風がびゅんびゅんと大きな音を立てながら吹き荒れて森の木々を揺らしている。

私が心を大きく揺らし苦しい思いをする度にこの風を吹かせてしまうことさえも、もうどうでもいいような気持ちになってしまっている。

こんなふうになってからもうどのくらい時が過ぎたことだろう。

森の木々が大きく揺れて大きな音を立てている。

もっと強い風が吹いてすべての木々が吹き飛ばされて無理が消えてしまったらこんなに苦しい思いを繰り返さなくても済むようになるのだろうか?

あまりにも苦しくて有江もしないそんなことを何回か考えた。

けれども森はそのままあって、自分もおんなじそのままでここに移行しているしかなかった。

公開も悩みも苦しみも朽ち果てて、よく乾いた葉脈だけの落ち葉のようにすぐに砕けて見えない場所に吹き飛んで消えてしまったように思えた。

今の自分は抜け殻だ。
ただ生きて命をつないでいるだけの形だけの存在だ。

本当はもっと違う生き方がしたいのだけれど、どうしたらそうできるのかわからない。

この森にやってくる少女だったり大人だったり少年だったり子供だったり、様々な人たちを自分の生きる糧にして小鳥に変えてしまうことで抜け殻のような自分の命を長らへさせているのだった。

小鳥たちは永遠に鳥かごを出る事は無い。
鳥かごを出て離れたら小鳥はすぐに消えてしまう。

小鳥たちがそのままでのびのびと生きていくのには世の中は厳しすぎ、冷たすぎた。

小鳥の姿を失った時彼らは世間に飲み込まれ冷たい風に変えられてしまう。

どのみち自由がないのなら小鳥でいたいと彼らは思う。

愛らしい声と姿で人の心を温めるそういうものでありたいと心から願うから。

時折優しい風に乗って聞こえてくる小鳥たちの声は私の声を慰めもし疼かせもさせた。

そうやって私の心を動かしながら小鳥たちは歌っている。

小鳥の世話をしている人たちも同じ気持ちでいるのだろうか?
わからないのだけれど。

彼らも冷たい風になったり平和な日々に波風を立て人の心をざわめかせるより、
鳥たちを見守ることを自ら選んだ者たちなのだ。

ここは時間を超えた場所。
地図に乗らない聖域なのだ。

小鳥の声が優しく響く。
燦々と陽の当たる回廊の奥の場所。
楽園のような場所。

そこには無邪気な小鳥たちとそれを献身的に見守る良心的な人たちしかいない。

今の私を包んでいるこのぐらい影なんてそこには決して存在しない。

明るい光と暖かい日差しと優しい風があるだけの穏やかで平和な世界なのだ。

薄暗くて仄明るい光がほんのりと差し込んでいるだけのこの場所で私は今日も鏡を覗く。

少女が鏡に映り込んでいる。

いきなり吹きはじめた強い風にもみくちゃにされて少し怯えながら、それでも前進することを決してやめない意志の強そうな少女が。







穏やかだった景色が急に強い風に掻き乱されてもみくちゃにされていく。

吹き飛ばされてしまわないように大きな太い木の幹にしがみついた。

太い太い木の幹につかまってその陰に隠れると強い風生少しだけ避けることができて乱れた呼吸を整えられた。

すると、風の間に間に途切れ途切れに囁くような小さな声が聞こえてきた。

空洞に飛び込め
空洞に飛び込むんだ
空洞に飛び込め
あんたになら見える
あんたならできる
空洞に飛び込め
空洞に飛び込むんだ

耳をすまして息を殺して注意を向けてだと聞き取れるほどの細やかな声が。

空洞?

その言葉はつよい印象を残して私の心に刻み込まれた。

ざわざわと大きな音を立てて森の木々は揺れている。
風はまだ止まない。

空洞
空洞の中に飛び込め
あんたになら見える
あんたならできる

一体どういう意味なのだろう?
夢の中の少女の私は考えた。
けれども答えは出なかった。
私は考え続けた。
とても大切なことだと感じたからだった。

そしてこれから向かっていく世界に大きく心が開いていくのを感じた。

恐れより希望の方が強かった。

風に紛れて聞こえてくるささやきは少しずつ強さを増して少女の私に教えてくれた。

気をつけて危険もあるよ
気をつけて嘘も混じるよ
気をつけて風が吹くよ
気をつけて飲み込まれるよ

  え?

でも大丈夫あなたならやれる
大丈夫あなたにならできる 
あなたにはあの人の空洞が見える
あなたなら飛び込むことができる
だからこそここに呼んだんだから
だからこそ受け入れられたんだから
だからこそこうして大切なことを伝えているの


  それってどういう意味なの。

大丈夫あなたにならやれる
大丈夫みんなで守ってあげるから
大丈夫きっとうまくいくよ
だから安心してまっすぐ前に進んで

  励ましてくれている。
  そして、
大丈夫きっとうまくやれるから。そのまままっすぐに進めばいい

それまでとは少し違う声が聞こえた。
暖かく力強い声だった。

私はその声につよい力を与えられて前に進んでいく勇気を持つことができた。

風はいきなりピタリとやんだ。
森は静けさを取り戻した。
何事もなかったかのように木々は太陽の光を浴びて緑色の羽を輝かせている。

森は空気を洗ってくれる。

木々は皆からも葉からも生き物たちが汚したものを吸い込んできれいなものに作り直して吐き出して生き物たちを生かしてくれている。

先に進んでいくことが怖くなくなったわけではないけれど信じてみようと私は思った。
森の木々たちが囁いて教えてくれたいろんなことを。

前に進む事から逃げてはいけないと思った。





少女にささやきかけていたのはこの森の木々に宿っている精霊たちだった。

彼らはこの森の主(あるじ)のことを案じていた。

今のままこの森に迷い込んできた人々の魂を飲み込み続けて小鳥に変え続けていたら主の心は死んでしまうだろう。そんなふうにみんなが思っていたからだった。

眠りの中にいる人の魂が自分の夢の中からこの森に迷い込んできて主の部屋に掛かっている鏡に映り込んでしまうと、主はその魂を飲み込んで小鳥に変えてしまうのだ。

それは主本人の望んでいることというより、彼の持つ心の痛みのためだった。
心の痛みが小鳥を作り、小鳥をつくると心が痛む。

その繰り返しの中で主の心は傷ついて行き自分をくらい部屋の中に閉じ込めていってしまうのだった。

小鳥たちも、小鳥の世話をする人たちも今の暮らしを楽しんでいる。

一見した限りでは平和で秩序のある生活に見える。

けれども実際は危うい微妙なバランスで成り立っている不自然な世界なのだ。

小鳥に変えられてしまった魂の持ち主がどんなふうにしているのかを知るものはここにはいない。

早く返してあげないと大変なことになってしまうのではないか?
そんなふうに案じる精霊もいるのだけれど、どうすることもできないのだった。

なぜならそれを決められるのは主本人だけなのだった。

精霊たちが何よりも案じていたのは主が心を枯らしてしまい、本当に真っ暗な闇の世界に逃げ込んでしまうことだった。

本当は沢山の人の魂と触れ合うことで主が心を育てていって、心の扉を開くため、今閉じこもっている仄暗い部屋の中から彼を外に連れ出すためにこの森は生まれたのだった。

そのために森の木の一本に一人ずつ知恵のある精霊が宿されて、深い眠りに落ちている人たちの魂の中から明るいもの、美しいもの、柔らかいもの、清らかなもの、つよいもの、真っ直ぐなものなどを招き入れ、主と出会わせるようにしていた。

いくつもの魂と出会わせることで主の心が磨かれて健やかになって開かれていくことを望んでのことだった。

けれども主は頑なに心を閉ざし続けて自分が飲みこんでしまった魂を小鳥に変えて鳥籠にいれ回廊の奥にある日の当たる場所に置かれた鳥かご一つに一羽ずつ住まわせているのだった。

小鳥たちはその鳥かごの中で思い思いの歌を歌いながら、美しい羽を広げて見せて今を楽しんで生きているように見えた。

そこに心の痛みはないように思えた。

それでもやはり眠る体を抜け出してここにいるのはいけないことのように思えた。

何よりも森の主の心が閉じていくことを精霊たちは案じていた。

このままどんどん閉じていったらもう二度と開かなくなってしまうかも知れない。

主の心が閉ざされてそのままになってしまったら森は終わってしまうのだ。

誰に教えられたわけでもないのだけれどそのことを精霊たちは知っていた。

森が終わってしまったら小鳥たちも生きていることはで着なくなるだろう。

この森があるからこそ空気も水も清浄に保たれて、小鳥たちの命も守られているのだ。

そんなふうになってしまう前に小鳥たちを魂の姿に戻してもとの身体に返してあげなくてはならない。

魂を失って受けがらのように生きる人たちをこれ以上増やさないために主の心の扉を開いて明るい光と新鮮な空気で満たし、小鳥たちを解放できる大きな心の持ち主に変えてあげないといけないのだ。

そのためにあの少女を呼んだ。

あの少女だったら主の心を開けるだろう。

その確信があったので精霊たちは力を合わせて少女を迎え入れたのだ。

あの子なら、あの少女ならきっと、あの人の心に空いた空洞を突き抜けて向こう側の世界に飛び込んで行ける。

小鳥に代わることなく、自分自身を生きてくれるはずだ。

そうしたら何かが変わる。

それがどんな形になるのかまでは精霊たちにもわからなかった。

けれども確実になにかが変わり、森の主の心は開かれるだろう。

そしてすべての鳥かごを解放して、小鳥たちを元の魂の姿に戻して、眠っている魂のっ持ち主のところに返してくれるだろう。

そうしたら私たちのこれまでの努力がやっと報われて、主は先に進んでいくことができる。

開いた心で明るい気持ちで暮らせるようになるはずなのだ。

そのためにこの森はある。

そのために精霊たちはこの森に集められ、森と共に生きているのだ。

主の心を開くこと。
小鳥たちを解放してあげること。
それは精霊たちにとって必ずやり遂げなくてはならない大切な仕事だった。

主の心を開くために呼びよせた魂たちを死なせてしまう訳にはいかない。

例え小鳥の姿になって嬉しそうにしていたとしてもそれはあくまでかりそめの姿で本当のその人ではありえない。

彼らはきっと自分の身体に戻った後も夢の中でここに来て小鳥になって歌うだろう。

そういう彼らの歌声は美しい波動になって見えない何かを癒すのだろう。

その美しい波動を消してしまわないために一日も早く小鳥たちを魂の姿に戻して本当の持ち主の元に戻してあげなくては。

少女を守らなければ。

たくさんの命と大切な美しいものを守って生きながらえさせるために。

















森の中を映す魔法の鏡の中に映り込んでいる。
彼女は何も持ってはおらず肩まで伸ばしたまっすぐな髪を結うこともなく、そのままおろして。
飾り気のない服を着てフラットで歩きやすそうな靴を履いて。

彼女の頬は上気して赤く染まり、瞳はキラキラと輝いていた。

彼女の様子は生き生きとしていて何の限りもなく、見ているだけで心が晴れて爽やかな気持ちになれた。

今までずいぶんたくさんの人々にここで出会い続けてきたけれど彼女のような存在を見るのは初めてのことだった。

みんなどこかしら怯えていたり、肩を怒らせていたり、はにかんだり、斜に構えていたりするのだけれど、彼女にはそれがない。

殊更に奇をてらうこともなく、ただまっすぐにこちらのほうに向かってくる。

そんな人は初めてだった。

その事は森の主を爽やかで小気味の良い気持ちにさせた。

それ以外の感情は不思議なほどに湧いてこなかった。

こちらに向かってまっすぐに歩いてくる彼女の息遣いや行動や足音まではっきりと感じられるような気がして、目を離すことができなくなった。

そして魅了された。

恋ではなかった。
愛でもなかった。

ただ見ていたい、そう思った。

触れたいのでは決してなかった。
生き生きとしている少女の放つ輝きに魅了されただけなのだった。

鏡に映り込んでいる少女は命のきらめきそのものだった。

こうして鏡に映り込む誰かの夢の中の姿が実態とは全く違うものであることを無理のある事は知っていた。

けれどもそれはかりそめの姿などではなく、その人の本質なのだ。

現実を生きている自分の奥にしまわれた本当の姿。

それをそのままむき出しにして生きるのは難しい。

深く眠り込んでたどり着いた無意識の領域の中でだけそのままの自分で生きることができる。

森の主自身もそのことを知るたびに恐れや悲しみや痛みを感じてきたのだけれど彼女を見ているとそういう感情はまったく湧かなかった。

ただ見ていたい。

彼女が何をするのか、どんなことを話すのか。
見ていたい、聞いてみたい、知りたいと思うだけなのだった。

彼女は別段他の人よりも飛び抜けて際立ったところがあるようには見えないのだけれど、その瞳の輝きとまっすぐに行動する様子には強く胸を打たれた。

従順でない事はすぐにわかったけれどもとびきりの素直ではあった。

そのままでまっすぐ。
そんな人が実際に存在することに強く胸を打たれた。

感動できた。

心が自然に動き出す。

なぜだかわからないのだけれど彼女が歩いている姿を見ていると明るい気持ちが湧いてくるのだ。

そして彼女が転ぶとハラハラしたし、彼女が笑うとほっとした。

けれども恋ではないことはすぐにわかった。
言語化するのは難しいのだけれど。

とにかく彼女を見ていると心が明るく晴れるのだった。








風がやんだ。
その後森は元通りの静けさを取り戻し、穏やかな空気に包まれた。

少女の私は大きな木の幹から離れてもう一度歩き始めた。

森の地面はふかふかしていて空気はとても清浄だった。

大きく息を吸い込むと体の奥まで爽やかな森の空気が流れ込んできて新鮮な気持ちになれた。

樹木の根っこが張り出していてつまずいて転んでもふかふかの森の地面がそっと優しく受け止めてくれる。

ちらちらと揺れながら降り注ぐ木漏れ日は不安に傾いていきそうな心を静かに励ましてくれている。

見あげると、沢山の木の枝が無数の木の葉を茂らせて強すぎる日差しをそっと遮って地面が乾いてしまうのを防いでくれていた。

土の中にはしっかりと木の根が張り巡らされていて幹を支え水分を吸収して無数の葉から発散して地面の奥の水分を調節する仕事をしていた。

森の木は葉や根から生き物が汚してしまったものを吸い込み、きれいなものに作り替えて生き物に与えてくれる。

すこしだけ混じり込んでいる生き物によくないものは植物が自分自身を守るためのエッセンス。

必要悪のようなものなのだった。

幹も葉も木の根も地面も生き物たちもこの森の空間も空気も水もすべてのものがつながっている。

どれか一つが欠けてしまえばバランスは崩れてしまう。

つながっているんだ。

いろんなものが力を合わせ助け合うことでこの森は生きている。

木洩れ日はキラキラと雨粒のようにこぼれ落ちてくる。

優しい光。
優しい力。

もう一度大きく息を吸い込んでみる。

木々の緑と森の土は馥郁とした香りを立てて森の空気に混じり込んでいた。

その香りの中に何か別の香りが混ざっているのを感じた。

え?

ふり返ってみると、そこにはとても大きな体と哀しそうな澄んだ瞳を持っている見たことのない人がいた。

「誰?」
思わずそう呟いてしまう。

返事は返ってこなかった。

無言でそこにいる人の瞳はとても澄んでいた。
その澄んだ瞳の奥を私はじっと見つめた。

透明な濁りの全く混じっていないその人の瞳の中には仄暗い部屋の中にうずくまって泣いている誰か尾姿がはっきり見えた。

そうしたら少女の私の両目から涙が溢れだしてきて止まらなくなった。

そして涙が止まった時、その人の大きな体のちょうど胸の辺りに空いている大きな空洞が見えた。

空洞…。

大きな風に

吹かれていた時聞こえてきたささやき声。

「空洞に飛び込め」
「あなたにならできる」

確かに声はそう言った。
でも…。

するとその大きな人の姿はふっと、消えてしまった。

幻だったのだろうか?

その人が見えた辺りに行ってみたけど、なんの痕跡もなかった。






小鳥たちの歌声の中にいつもとは違う何かが混ざり込んでいることに青年たちが気づいたのはちょうどその頃のことだった。

帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない
帰りたくない……


そんな言葉が浮かんできた。
けれども小鳥たちの住処はここで、他に行く場所などどこにもないのだった。

そうして耳をすましていると一つだけ、
……帰りたい。という言葉が聴こえた。

帰りたい?
でもどこへ?

4人は顔を見合わせた。

その答えを思いついた人は一人もいなかった。



不覚だった。
鏡をのぞいているうちに知らぬ間に少女の近くに行っていた。

ものすごく驚いていた。
そして涙をこぼしていた。

涙がこぼれだす度に少女は森にどうかしてゆき、なじんでいくのが見て取れた。

従順ではないけれど素直。
その言葉がまた浮かぶ。

森は彼女を受け入れて、彼女も森を受け入れている。
何か新しいことが始まりそうな予感がした。


そして…

小鳥たちの声が聴こえる。
「帰りたくない…」と鳴いている。

そうだろう。
鳥かごの中は楽園だ。
好きな時に好きなように鳴くことができる。

小鳥の姿でいる限り苦しいことは多分ない。 

自分が続けてきたことが良いことだとは思っていない。
けれどよくないことだとも特別考えたこともない。

小鳥を集めたかったわけでも、ここに置いて置きたかったわけでもどちらでもなかった。

ただ自分なりの最善を尽くした結果こうなってしまっただけなのだ。

小鳥は、帰りたくないのだ。
そのことについて何の感慨も浮かんでこないことに驚くことももうなくて静かに受け入れただけだった。

ひとつだけ、「帰りたい…」という言葉が混ざていたことに森の主は気づかなかった。




少女は森を歩き続けていた。
なんだかとても疲れていた。

どうしてあんなにたくさんの涙がこぼれて止まらなくなってしまったのか、自分でもわからなかったことにも驚いて少しショックを受けていた。

しょんぼりとうつむいた時、甘い香りに気がついた。
その香りがする方に歩いて行くと大きな果実を沢山つけて陽の光りに輝いている一本の木があった。

大きな果実は甘い香りを発散させてその木の枝をしならせていた。

「…どうぞ、どうぞ、召し上がれ。
 思い切り食べて。
 元気になって。
 あなたのために準備してたの。」


そんな言葉が聴こえたような気がした。

「いいのかな?」

恐る恐る手を伸ばして一つだけ食べてみた。

「美味しい」

すっきりとした甘みのある食べやすい果物だった。
しっかりと味はあるのにいくつ食べてもくどくない。

優しい香り。
豊潤な果汁は喉の渇きを潤してくれた。

…また歩き出さなくちゃ!
そんなふうな言葉を知らない間につぶやいていたようで、さっき聞えたのと同じ声が言った。
「少し休憩してみたら?」

柔らかな乾いた芝生に寝転んで少しだけ休むことにした。
日向の上に広がる空は青くて高くてスキッとしていていくつかの真っ白な雲を浮かべていた。

雲が風に運ばれていくのを見ているうちに少しだけ眠り込んでしまった。
夢も見ず、ぐっすりと。



精霊たちは安堵していた。
森は少女を受け入れてくれた。
少女も森を受け入れた。

そして少女が果実を食べてぐっすりと眠ってくれたことにも。

少女がさっき流した涙の中には、少女自身のいろんな思い、後悔や心の痛み不安や迷い、希望や夢や、悲しみや怒りや歓び、いろんな思いがいくつもいくつも複雑に混ざり込んでいた。


…帰りたい。
小さなつぶやきが聞こえた。
風に乗り空耳のように。

小鳥の声に混ざっていた、一つだけの「帰りたい」という言葉は森の中まで届いた。

森の主だけがその声を聞き逃していたことを誰も知らなかった。




眠りから覚めても辺りは明るいままだった。

時間がどのくらい過ぎたのか全く分からないまま少女は目覚めてぼんやりとあたりを見回した。

自分がどうしてここにいるのか咄嗟にはわからない程ぐっすりと眠り込んでいたようだった。

ここは特別な場所なんだな。
時間の流れ方が他とは全然違う。

雲が流れていく。
何事もなかったように。

こうして力が抜けてしまうと自分がどうしてここにいるのか、一体何をしようとしているのか、全くわからなくなってしまう。

心細さが心の中にじんわりと広がって動けなくなってしまう。

流れていく雲を見送る。

雲はどこまで飛んでいくのだろう?
私は大丈夫なんだろうか?

不安が胸を覆い尽す。

「さっきの元気はどうしたの?」
そんな声も聞こえたけれど、返事ができなくなっていた。

と、その時。
…帰りたい。
小さなつぶやきが聴こえた。

空耳?

風はそよそよ優しく吹いて何にも答えてはくれない。
だけど確かに聴こえた。

…帰りたい。

ささやかだけど、さっきより、はっきりと強く聴こえた。
私、頑張らないと。
前に進んでいかないと。

そう、頑張らないと。
少女の私は立ち上がり、また前に進み始めた。

爽やかな一陣の風が吹き抜けていった。
シュルン!と冷たさが通り抜けて背筋がすっと伸びた。








…帰りたくない。
…帰りたくない。
…帰りたくない。
…帰りたくない。
…帰りたくない。

小鳥たちの小さな呟きは森の主の心を大きく揺らしていた。
それはあの少女を見た時とは全く違う揺れ方だった。

ここにいたいのなら、そうしていたらいい。

投げやりな気持ちで受け止めてその辺に転がしていたらそのうち忘れてしまうような気がしていた。

どうしようもない。

この一言で片づけることしか自分にはできないと思ったのだけれど、気になって忘れることができなかった。






…帰りたい。
少女はその声の切実さを忘れることはできなかった。
あんな声を出すなんて余程のことに違いない。

その声が一羽だけの言葉なのだということを少女は知らなかった。




少女は森の奥に向かって歩き続けていた。
少しずつ日は傾いて風が冷たくなっていく。

もう少し暖かい服装をして来ればよかった。
そんなふうに後悔した時、空からふわっときれいな色のショールが舞い降りてきた。

  え?

ショールは少女を包み込み夕方前の冷たい風からそっと守ってくれた。

一体、どこから?

思わず空を見上げたらそこにはあの大きな人の姿があった。

!!!

その人の瞳は澄んでいてきれいだった。

「ありがとう、あったかいです」
少女がそう言うと、大きな人はニコッと笑った。
瞳はとても澄んでいてとても優しい色をしていた。

「…あの、さっき泣いちゃってごめんなさい」
そう言って謝るとまたにっこりと笑って、首をそっと横に振った。
「…いいよ、大丈夫」と言っているようだった。

優しい人だ。

この人ならもしかしたらあの声の持ち主を助けてあげてくれるかも知れない。

そう考えて思い切って話してみることにした。

「あの、さっき小鳥の声が聴こえてきて…」
その人は首を少し傾げてじっとこちらを見つめながら私の話を聴いてくれた。
「…帰りたい。って言ってました」

その人の表情が変わった。
意外そうな顔をしていた。

…それはちょっとおかしいぞ、って言いたそうな顔。

それでもその人は黙って私の話を聴き続けてくれた。

「さっき森の中で聴こえたの。…帰りたい、って言う小さな声が」

森の主は、どうしたものかと思案した。
自分のところには数限りない、…帰りたい、の声しか聴こえて来なかった。

一体どうしたものだろう?

少女はまっすぐ自分を見つめ真剣に話している。
とても嘘をついているようには見えない。

けれども小鳥たちの声は、「…帰りたくない」と言っていた。
それも、ものすごい数のささやきがさざめくように聴こえてきたのだ。

そしてまた、小鳥たちがここにいたいと思っているという方が森の主には納得ができた。

けれどもこの子は真逆のことを言っている。

一体どうしたことだろう…?


少女は森の主が考え込んでいるのをじっと見つめていた。
…何を考えているんだろう?

少女は森の主を静かにじっと見つめた。

少女に見つめられながら森の主は考えた。

自分の聴いた声は、「帰りたくない」と言っていた。
そしてこの子の聴いた声は「帰りたい」。
これはどうしたことだろう?

森の主が考えていると、
「一羽の小鳥の小さな声でした。小さな声で帰りたいって言っていました」
少女はかすかに聞こえるぐらいの小さな声でそう話した。

…一羽だけ。

自分の聴いた沢山の声ではなくて、一羽だけ、そう言っていた小鳥がいると…。

無数の…帰りたくない、と、一羽の…帰りたい。
どちらも切実な小鳥の本当の気持ちなのかも知れない。

どうしたらいいんだろう?
一羽だけの小鳥を見つけてどこかに返すのか?


少女は更に考え込みだした森の主の顔をまたそっと見つめた。

優しい人の顔をしている。

そんな森の主の肩に、一羽の小鳥がとまっているのが見えた。
その小鳥はすこし透けているようにも感じられたが色も形もはっきり見えた。
その印象的な羽根の色とくちばしの色を少女ははっきりと記憶した。

「肩にいる小鳥…」

少女が指さしてそう言うと、森の主は自分の肩をそっと見た。
そこに見えていた小鳥は森の主がそれを見た途端、ふっと消えてしまった。

 幻?

二人は顔を見合わせて同時に小首を傾げた。

その時、森の主はあの回廊の奥の広間に行って、今見た小鳥を見つけてみては?と思い付いた。
今見た小鳥を見つけたら何かわかるかも知れない。
そんなふうに考ええたのだった。

森の主は少女をあの広間に連れて行こうと考えた。

まだ暗くはなっていない。
大丈夫、うまく行く。

森の主は少女の手をそっと取り、回廊の入り口に向かって歩き出した。




森の主が早足で歩いたので、少女は走らなければならなかった。
そのくらいからだの大きさが違っている。

森の主は急いでいた。
暗くなってしまう前にあの広間にたどり着きたい。
そう考えていたからだった。

夕暮れはまだ始まっていなかった。
けれどもとにかく広間までの道のりはとても長かったので、どうしても急ぐ必要があったのだ。

回廊がこんなに長いとは考えていなかった少女は、途中で何度も転びそうになりながら少し後悔していた。

「苦しい」、そう思った。
けれども早くあの小鳥を見つけてあげたくて走り続けた。

「きっと、あの小鳥が、…」

…帰りたいと言っていたのは、森の主の肩に浮かんだ小鳥なのではないかと思えてならないのだった。

今見つけてあげないと、二人とも記憶が薄れてどの子なのかがわからなくなる。
そうなってしまったら助け出してあげられない。

そんな思いに急かされて少女は必死に回廊を走り続けた。

陽は呉れてはいなかったけれど確実に風は冷たさを増していて夕暮れの時間が迫ってきていることを急ぐ二人に教えてくれた。

とにかく二人はできる限り急いで広間にたどり着いた。

小鳥たちは思い思いのことをして今を楽しそうに過ごしていた。

こんなにたくさんの鳥かごの中から、さっき見た小鳥を見つけることなんて本当にできるのだろうか?

広間に着くなり二人はそう考えて落ち込んでしまった。
それでなくても早足と駆け足で長い回廊を走り続けてきたことで二人はとても疲れていた。

鳥かごのある大きな広間の真ん中あたりでついに二人は力尽きて座り込んでしまった。

大きな人・・森の主の胸の辺りが立ち上がった時の少女の目線同じくらいの高さにあった。

見るともなしに少女がその胸の辺りをまっすぐ見たが、あの時見えた空洞は全く見えなかった。

 ?、なぜ?。

少女は不思議に感じたけれど、声に出すことはなかった。
そんなことよりも、もっと大切なことがある。
早くあの小鳥を見つけてあげないと。

呼吸が落ち着くと二人は早速さっき見たのと同じ小鳥を探し始めた。

どの小鳥も美しく愛らしい姿をしていて見ているだけで心が晴れていく。
早く、記憶が消えてしまう前に見つけだしてあげないと…。

二人は手分けして探したけれどなかなか見つけ出すことはできなかった。


「…あっ!この子!」
少女がやっと見つけた時はもう、薄暗くなりかけていた。

「そう、この子。確かにこの子」

森の主の肩にとまって見えていたあの小鳥がいた。
森の主から注意されていたので少女は小鳥を鳥かごから出さなかった。

注意深く運び出して、広間の真ん中あたりの床の上にそっと置いた。

静かだった。
小鳥たちはしんと黙って二人と一つの鳥かごをそっと見ていた。

小鳥に話しかけたのは、森の主だった。

『…ここから帰っていきたいの?』
聞いたことのない言葉だったのだけれど、少女はその意味が自然に理解できた。
小鳥は最初黙ったいたのだけれど少ししてから小さな声でそうっと言った。

「はい、」って。

やはりこの小鳥だった。
なにかが教えてくれたのだ。

「私の帰りを待っている大切な人がいるのです。だから…」
小鳥は言った、もうじき天国に行ってしまいそうなお父さんに会いたいのだと。

「そっか、そうだよね」

小鳥は自分の夢の中にあらわれたお父さんのところに帰りたいのだと小さな声で伝えてくれた。

森の主と少女はそっと顔をっ見合わせた。

でも一つ問題があった。小鳥は鳥かごから出たら消えてしまうと大きな人・・森の主は言ったのだ。

どうしてあげたらこの子が元の自分の身体に戻ることができるのか二人にはわからないのだった。

だんだん日暮れが近づいて広間は暗くなりかけている。

いくつもの灯りが広間の中に燈されて優しい光が広がったけれど、どうしたらいいのかを教えてくれるものはなかった。


少女は再び広間の床に座り込み、森の主もそれに倣った。

二人は顔を見合わせた。

そうしたら、なぜだかわからないのだけれど少女の目にはまた、あの空洞が大きく開いているのが見えた。

本当に大きな向こう側の見えない空洞。

その中から声が聴こえた。

「…今だ、早く」

 「え?」

空洞の中から伸びてきた手が少女をつかみ、グイッと引いた。

 「えーーーーっ?」

少女は自ら飛び込むまでもなく守男主の空洞の中に引き込まれていった。

真っ暗な空洞の中に鳥かごを抱いたまま、少女は入っていったのだ。

鳥かごの中にいた小鳥の姿が見る見るうちにきれいな光に包まれて明るい色のふくふくとしたハートの形に変わっていった。

すると、鳥かごはいつの間にか消えてしまってハート形の光は空洞の向こう側に消えて行ってしまった。

そして少女は気がつくと広間の床の上にいた。
森の主はそのままそこでぼんやりと座ったまま少女の顔を見ていた。

それが一瞬だったのか案外時間がかかったのか、二人にはわからなかった。

『必然』という言葉が浮かんだ。

あの小鳥は魂になって元の場所に戻れたのだろうか?
確かめることはできないけれど、きっとそうなったはずだと思う。

多分、だけれど。

何かの夢を見ていたような不思議な時間だった。

その様子を鳥かごの中の小鳥たちは灯りの下でそっと見ていた。




二人は疲れすぎていたのでそのままそこに座っていた。
オレンジ色の灯りが燈り辺りを優しく照らしている。

小さな呟きのような声が二人に聴こえた。

「私も一度帰りたい」

その声をたどっていくと一羽の小鳥にたどり着いた。
「お母さんに会いたいの」

森の主と少女はまた顔を見合わせた。
主の胸には空洞が。
そしてその子も返してあげた。


そんなふうに、一羽、また一羽と小鳥たちはおんなじ手順を繰り返してもらいながら元の場所、本当の持ち主の元に帰っていった。

どれほどそれを繰り返しただろう?
いつの間にか広間に合った鳥かごの大半は主の胸の空洞を通して元の場所に戻っていた。

ひとつ、二つ、三つ、四つ、‥‥‥‥‥‥。
そんなふうに数えることができるくらい少ない数しか残っていない。
広間はがらんとして、静まり返っていた。

さすがに二人は疲れ果ててしまい立ち上がることもできなかった。


もう今夜はここで休もう。
森の主は広間の中に仕舞われている毛布を二枚少女に与え、少女はそれにくるまれて眠った。

そして森の主ももい片方の広間の隅に何枚ものも毛布を使って寝床を作りそれにくるまれて眠った。





疲れ果てていた二人は朝が来るまでぐっすりと眠り、目覚めた時はすっかり明るくなっていた。

広間には何人もの小鳥の世話をしている人たちが呆然として立っていた。

そうだろう。
殆どの鳥かごが無くなってしまっていたのだから。

そうしてその中の誰かが、広間を掃除し始めたのをきっかけに、何人もの人たちが同じように掃除を始めた。

大きなガラス窓からは明るい光が差し込んで広間はまるで温室のように温かくなっていた。

のこったいくつかの鳥かごはもうすでにきれいにそうじされていて新鮮な水と餌をきちんと与えられていた。

広間の端と端にそれぞれの寝床を作って眠っていた少女と森の主は、みんなの作業の邪魔をしないように自分が使った毛布をそっとかたずけて広間を離れた。

回廊を歩いている人は一人もおらず、とても静かだった。

二人は途中で合流し、そのまま外に出た。

朝の森の空気はとてもきれいで気持ちよかった。
そして朝の光りは透明で眩しくてまっすぐに二人のことを照らしてくれた。

見上げると森の木々の中に光るきれいな人たちが見えた。
その人たちが微笑んでいるのを二人は確かに見た。

風が吹き抜けていく。

帰っていった小鳥たちは一体どんな風に今、この時を過ごしているのだろうか?

ここにまだ残っている子たちはこれからどうしたいのだろう?

それはまだわからない。

けれどもきっとよくなっていく。
きっと全部がいい方に行く。

自然にそう思うことができた。

そのことが嬉しくて、少女も森の精霊たちも森の主も微笑んだ。

キラキラと木洩れ日が降り、森は静かに深呼吸した。




「おはようございます、今朝もいいお天気ですね」
明るい朝の光。
カーテンを開けて、この部屋を明るい光で満たしてくれる。
みんなのことが大好きよ。


ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

美しい言葉。
朝目が覚める度に浮かぶ。

ありがとう。

私はここにいる。
ここにいて感じたり、考えたり、思ったりしている。

美しい光に包まれながら生きている。


長い長い夢を見ていた。
今もまだその夢の記憶は残っている。

美しい言葉ありがとう。


細い手足と長い髪。
私は少女だった。

夢と現をいききしている。
この今を受け入れて、このままで生きていく。

そのままで。
そのままに。


眠りの中を生きること。
それでいい。
それだけで。






じりりりりりりり、
じりりりりりりり、
じりりりりりりり、


「お母さん、起こしてくれるって言ってたじゃない!」
「起こしたよ。起きなかったけど」
「起きるまでお起こし続けるもんじゃないの?」
「何回起こしても起きないんだもん」
「そっか‥‥‥‥」
「早くしなさい。遅刻するよ」

…もう、ほんとに、でも、今朝も普通に始まってくれた。
ずっと眠り続けていたあの子が、あんな風に元気に学校に行ける日が来るなんて考えてもいなかった。
本当にありがとう!!!!



間に合った。
よかった。
お父さん、生きていてくれてありがとう。
もう後少しの我慢だよ。
こんな痛みに耐えながら私がここに戻るのを待っててくれてありがとう。
生きててくれてありがとう。



今生きていること。
今があること。
そのすべて、全部のことにありがとう!





















































































































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竹原なつ美
ありがとうございます。 嬉しいです。 みなさまにもいいことがたくさんたくさんありますように。