ミラー、ミラー、ミラー、
ぐつぐつと大きな音をたてて煮えている。
この大きな鍋。
顔に、体に、汗が噴き出してきて止まらない。
暑いけど、苦しいのだけれど、ここから離れるわけにはいかない。
どうしても離れることはできないのだ。
ここには私のすべてがある。
ここには守らなければならない全部がある。
だから絶対に離れるわけにはいかないの。
霧雨の中で私はあの人に出会った。
あの人は傘も持たずに信号が青色に変わるのを待っていた。
どうしてなのかわからないけど私は傘をさしかけてしまった。
コノママデヌレテイタラカゼヲヒイテシマウ・・・
後にも先にもそんなことは一回もなかったからその時にどうしてそんなことをしてしまったのか私にはわからない。
そう、人生なんて後から考えてみてもわからないことしか存在しないのかもしれない。
そして時は流れて、あの人とはすれ違ってしまったまま時間は過ぎてゆく。
暑い、暑い、暑いのにここから離れることができない。
苦しいのに、つらいのに。
大きな鍋の前で鍋の底が焦げ付いてしまわないように大きなへらでかき回し続けている。体中から滴り落ちる汗も気になるけれどどうしてもここから離れるわけにはいかない。なぜならば私の全部がかかっているから。あいつを自分のものにしてしまわなければ、思い通りにしなければ、私は生きていけないのだから。あの娘、いいえもう娘とは言えないような年頃だけれどそれでも私にとっては娘のような存在、そうあいつを自分の思い通りにしない限り私の思い通りの明日は来ないのだもの。どんなふうに取り繕って、どんな風に自分のものにしてやろう?そのことだけを考えて長い時間をかけているのにどうしてあいつは、どうして思い通りにならないのか?
許せない、許せない、許せない、許せない、・・・・・・・・。
ぐつぐつ、ぐつぐつ、ぐつぐつ、ぐつ、、、、、、
くらくらと煮え続けている鍋を大きなへらでかき回しながら時々のぞく魔法の鏡。
私はどんなふうに見えているの?
私はあいつよりも美しく人から見られているのかしら?
ねえ、鏡
鏡よ、鏡よ、鏡さん、
あの人に会いたくてたまらなくなっても逃げ出せなくて困ってる。
私にはその前に片づけなければなrないものが本当にたくさんあるような気がしていて、だけど無理ってわかってしまった。
片づけることなどできるわけがない。
彼女は私を絶対に放してなんてくれなくて。
どうしたらいいんだろう?
わからない
わからない
わからない
わからない・・・・・・・・・・・・・・
苦しいよ。
風が吹いている。
風は強くなった。
髪も服も何もかも強い風にもみくちゃにされてしまって止まらない。
君のことを不意に思い出して止まらなくなってしまった。
君は今どんなふうに暮らしているの?
君は今何を思って生きているの?
僕のことを覚えてる?
僕は君を忘れてないよ。
そう、君を覚えているよ。
君のことを忘れることができなくてずっとずっと苦しんできた。
あと少し、というところでいつも君は僕の手をすり抜けて手の届かないところにいつも行ってしまうんだ。
でも僕は君のことを諦めることができなくて。
探している。
そして見守っているんだよ。
忘れないで、お願いだから。
風が吹いている。
この風は一体どこから来るのだろうか?
この風が私にまとわりついてくるもやもやとしたこの恐ろしい何か説明のつかないものを取り払ってくれるならどんなに強く吹いてもいいよ。
どんなに強く、どんなに長く。
暑い暑い、早くあいつを我が物にしなければ。
風が、風が止まってしまった。
君は今どうしているの?
君は今元気でいるの?
僕のこと覚えているの?
あの人に会いに行きたい。
あの人についていきたい。
そう、だけど、どうしたらいいの?
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、・・・・・・・・・
息がつまるのよ
何も動かない
その息のつまる中でぐつぐつと煮える鍋をかき回し続けてる。
鏡は湯気で曇ってしまってなにももう映していない。
それでも鍋は煮え続けていて止まらない。止められなくて、苦しくて。
え?
私はいつか鍋と一緒に鏡の中に閉じ込めれられてしまっていた。
どうして?
鏡は私の道具だったはずよ。
私をいつも助けてくれる。
私をいつも守ってくれる。
どうして?
ここから出たいのに。
出して、出して、出して、・・・・・・・・・・
ザーーーーーーーーーーっと、強い風が吹いた。
何もかも取り去ってくれるように。
どうしてなのかわからないけど心も体も軽くなった。
そのわけはわからない。
ねえ、風よ私の心を届けてください。
どうか、どうか、あの人の元へ。
なにかが変わった予感がした。
なぜだろう?
わからないのだけれど。
強い風に運ばれてもう一度出会うことができたなら二人の明日はどうなるんだろう?
その答えを知っているのはたぶん風だけ。いい風が吹くように。
そう祈ることしか今はできないのだけれど。
サトウ・レンさんのこちらの企画に参加させていただきました。
憧れている素敵なクリエイターさんが沢山作品を公開されていてどうしても書いてみたくて挑戦しました。
まだまだだとは思うのですが今の全力を振り絞って書きました。
もしもよろしければ感想をコメントしていただけると嬉しいです。
読んで下さってありがとうございました。