2022年、東京・砧公園に初等部開校。元教員の2人がつくる、「教科と探究どちらも諦めない」学びのスタイル。
一人の教育起業家との出会いが、二人のプロフェッショナルの心に火を灯し、理想の教育を目指して、新しい学校創りに舵をきった。
その二人とは、2022年春、東京都世田谷区に開校するヒロック・マイクロスクール初等部のスクールディレクター(校長)蓑手章吾さんと、カリキュラムディレクター五木田洋平さん。
公立・私立の小学校教師という安定した職を投げうってまで実現したい理想の教育とは、どういうものなのでしょうか。設立のきっかけから、彼らが目指す教育の姿、そして今後の抱負を聞きました(取材・執筆:中曽根陽子)。
「この3人なら、理想の教育を実現できるのではないか」想いが一致し、その場でスクール立ち上げを決意
「理想の学校を創る!」 そんなすごい計画の始まりは、Facebookでした。
二人とも、ヒロックのファウンダーでありキッズアイランド・ソダチバプロジェクト代表の堺谷武志さんとは、以前からFacebook上ではつながっていました。
当時公立小学校の教員だった蓑手さんは、学びを霊長類まで遡って捉えている堺谷さんの教育観に興味を持ち、現ヒロック副代表理事・STEMON代表の中村一彰さんにつないでもらって実際に会ったそうです。その時、堺谷さんの「理想の学校をつくりたい!」という想いに共感したのが始まり。それが2018年の初めのことでした。
今の学校教育について、「こうあるべきという目的に向かって子どもたちをコントロールしようという教育になっている。将来から逆算した学びになっていることに違和感を持っていた」という蓑手さん。
教員になってから、公教育の現場で子どもたちが自ら学ぶ場を作る努力をしてきたけれど、現実には、学年が変われば対象となる子どもも親も変わるし、異動もある。その度に0から作りあげていなかくてはならず再現性が難しい。しかも、どれだけ自分が実践をしても、それが周りに広がっていかない。
本来、自分の足で一歩ずつ歩んでいくのが学びのはず。今の学校でも、ICT技術や最新の知見を活用すればそれは実現できるのに、なかなか変わらないという現実がありました。
「この延長線上で、この先20年勤めても、公教育が変わることは難しいし、自分の理想とする教育は実現できないと思いました。」(蓑手さん)
そんなジレンマを抱えていた時に、二人は出会ったのです。
一方、私立小学校の教員として、新しい学校の立ち上げメンバーにも加わり、国際バカロレアという探究型の教育を実現していた五木田洋平さんはどうだったのでしょう。
五木田さんと蓑手さん・堺谷さんとの出会いも、やはり中村さんの紹介。そして3人は、引き寄せられるようにつながっていったのです。
「自分は、今やれることをなぜすぐにできないのかと疑問をもってしまうタイプ」という五木田さん。”公立とは違って、議論をするテーブルを作れるという意味では恵まれていた”けれども、意思決定をしていく難しさはどこにでもあると感じた時もあるそうです。
「これは、公立か私立かではなく、恐らく組織の大きさやステイクホルダーの問題です。例えこれまでの経験を買われて別の組織に引き抜かれたとしても、同じことになる。それならば自分で学校を創るしかないと思うようになりました」(五木田さん)
五木田さんが教員になった理由は、子どもが成長する瞬間が尊いと思ったから、子ども達にワクワクしてほしいという思いがあったから。なので、子どもが成長するために可能な技術であれば、自分たちでどんどん使える状態にしたいと考えたそうです。
今回のチャレンジは、「教員を続けるか辞めるか」ということではなく、「組織にいるか仕組みを作るか」の違いなのだという五木田さん。自分たちで前例や仕組みを作ることのほうが、より社会から求められていて、創造的なことができるのではないか。この3人の組み合わせなら、シンプルに物事を進められ、自分たちの理想とするものが作れるのではないかと思ったそうです。
当初はアンチ学校教育の立場で、教員と一緒に理想のスクールを作ろうとは思っていなかった堺谷さんも、二人と出逢って話をするうちに、「こんな先生もいるんだ!」と意気投合。理想の教育を実現したいというかねてからの夢が現実のものとして動き出していきました。
経済的安定より、やりたいことをやった方がより幸せでいられる
二人とも教員として脂が乗った年頃、安定した職を投げ打ってのチャレンジに不安はなかったのでしょうか。
「前提として、お金に興味がないというところがあります。安定を求めるなら公教育にいたほうがいいでしょうが、僕は一日一日を自分のやりたいことに使いたいという思いの方が強いです。そのためには採算度外視ではなく、サスティナブルであることが大事なので、事業を軌道に乗せて、やりたいことをしてちゃんと生活できるようにはしていきたいと思っています。それが、教育を良くしていくことにもつながっていくので」と蓑手さん。
五木田さんは、「自分もお金が無いなら無いでなんとかしますし、大きなお金を持つことに美しさを感じないほうですが、価値がないとされていることに価値を設けることには興味があります。教員の給与は36歳位で一旦ピークが来て打ち止めになります。次のピークはずっと先で、教頭とか校長になるしかない。自分が積み重ねてきたことがお金にはならない世界なのです。もちろんそれは何もわからない若造の時からある程度収入が保障されていて、お金をいただきなら学べるというメリットもあります。でも元々、教員というのは、ものすごく稼げる業種ではないですし、タイミング的に、やりたいことにチャレンジするなら今しかない、機会損失のほうがリスクが大きいと思って決断しました」と話してくれました。
コロナによる学校休校時の経験から、探究型の学びの力を確信
立ち上げの経緯について、よく「コロナがあって、学校を辞める決断をしたのか」と聞かれるけれど、そうではないと蓑手さん。
2019年の6月に、堺谷さんから話があって自分の中では決断していて、半年後の2020年の年明けには、周囲にも話をして、小学校の教員を辞める準備をしていたそうです。そこで、緊急事態宣言による学校休校という事態になったのです。
「逆にコロナの影響で、新しいスクールの立ち上げなんてできるのかという不安もありました」(蓑手さん)
そんな中、休校中もICTを活用し、新しい技術を皆で体感する日々。ICTを活かして、子どもの主体性を尊重した学びを実現した蓑手さんの取り組みはメディアでも取り上げられて話題になり、その実践は『自由進度学習のはじめかた』という本にまとめられました。
「最後の1年間はすごく楽しかった」という蓑手さんですが、その決断を後悔しているわけではなく、「実際に体験したことで、これからスクールで生かせることが増えてワクワクしている」と目を輝かせていました。
思いがけず既存の現場で経験した、自由な学びによる子どもたちの目の輝きから、「教科の出来不出来は、学びの領域の一部分でしかない」「教科書に載っていないけれど、学ぶべきことや、学んで楽しいことはたくさんある」ということを確信した二人。
「公立私立は関係なく、興味深いと思うことが目の前にあれば子どもたちはやってみたいと思う。探究型の学びで、子どもは進んでいける。学びは楽しい。知的なことはおもしろいという価値観がもっと広がったら良いと強く思いました」(五木田さん)。
ヒロックは、公立・私立の教育現場で10年以上経験を積んだ2人と教育起業家がタッグを組み、それまでの経験と、理想の教育に対する情熱を全身全霊で注いで始める学校なのです。
実現したい教育のキーワードはワイルド&アカデミック、東京がキャンパス
では、二人がヒロック初等部で実現したい理想の教育とはどういうものなのでしょう。
「僕らは、突拍子もないことをやろうとはしていません。オーソドックスな学びとを大事にしています」と蓑手さん。
ヒロックが掲げる特徴は次の3つです。
初等部の校舎がある場所は、東京世田谷区の砧公園のすぐそば。砧公園は、都内でも有数の自然を生かした広大な公園です。「毎日外で体を動かし、自然の中で心も体も逞しく育って欲しい」ということで、場所にはこだわりました。
一方で、学びを手放すつもりはなく、子どもたちが成長を喜びと捉えられる学びを提供します。そこがフリースクールとは違うところです。
また東京がキャンパスというのは、東京という資源を活用するということです。東京は土地の値段が高く、オルタナティブスクールが進出しにくいのですが、東京にはよい教育的資源が山程あるのも事実。
ヒロックでは、マイクロスクールの良さを活用して、自ら社会に出て行き、自然も含めて生のものに触れさせ、見識を深めていきます。ITも積極的に使いながら、社会の中で子どもたちを育てていこうとしているのです。
ワイルド&アカデミックな環境で、子どもが主役となって「育ち」や「学び」を主体的に勝ちとる“自由な学校”それがヒロック。英語のHILLOCKは「小さな丘」という意味で、草原や丘を自由に駆けめぐる子ども(大人も!)をイメージして名付けました。
学びのスタイルは探究&教科学習 子どもが学びの楽しさを実感できるようにしたい
都内では、マイクロスクール、インターナショナルスクール等、他にもオルタナティブな選択肢がある中で自分たちの強みや特徴はどんなところにあると捉えているのでしょうか。
ヒロックの学びのスタイルは、自由進度学習を含めた教科学習と探究学習が同じくらいの比率でスパイラル的に回っていくというもの。「探究&教科」を通して、確かな教養・基礎学力と伸びやかな探究心が育っていくことを目指しています。
「探究は大切だと思っているけれど、それはあくまでも、その子の興味と発達段階にそぐっていることが大切」というのが、二人に共通の考え方です。
だから、カリキュラムについても、学習指導要領の系統だった学びは、ガイドとして活用するけれど、それがその子にそぐわないのであれば、今必ずそれをする必要はない。一人ひとりの子どもにオーダーメイドの学びを実現していく。それがヒロックの学びの特徴です。
カリキュラムディレクターの五木田さんは、「特に算数は、日本の教科書はかなり系統だってできているので、それを参考にしながら進めていくことになると思う。学びのオーナーシップを学習者が持ちながら、さまざまな単元の繋がりを把握しつつ有機的な学習を一人ひとりに合わせて行えるのは、少人数のHILLOCKの良さだと思います。他の教科の進み方についても学習指導要領を参考にしていくけれど、義務教育で定められている学習は、6年間で網羅するくらいの捉え方をしている」と言います。
さらに、もう一つ大事にしているのが、協働的学習の時間です。
「一人の時間も保証するけれど、小さい時には協働する時間も大事なので、そこに重きをおきます」(五木田さん)
ヒロック初等部の自由進度学習は、完全個別ではなく、協働に支えられている個別指導の学習スタイルのようです。そして何より大事なのは、その子の興味と発達段階にそぐっているかどうか。子ども自身が、楽しさや成長実感が得られる学びを提供できるかどうかなのです。
来年4月開校のヒロック初等部は、1〜2年生中心に募集します。1学年6人程度を想定し、最初は12人からスタート。最終的に40人程度を定員と考えています。
ここでもう一度、ヒロックの学びを振り返りましょう。
ヒロック初等部の理念 3つのCとは
さらに、ヒロックの教育理念についても聞きました。
学校教育の目標は、多くがそこに子どもを寄せるための「目指す子ども像」を掲げていますが、ヒロックでは、子どもたちの個性がより輝くための「3つのC」を大切にしています。
「一人ひとりにとっての3つのCが伸びるよう、「個別」「チーム」「コミュニティー」「学外活動」を丁寧にコーディネイトしていく」と抱負を語る二人。
また、ヒロックでは「自由」を大事にしていますが、ここで言う自由は、“やりたいほうだい”ではありません。自由を体験しながら、皆にとってのウエルビーイングを作り上げていくことを目指しています。つまり、良い社会の担い手になってほしいという願いが込められた3つのCなのです。
「自由を体験させながら、みんなにとって良い場所を作り上げていきたい」という蓑手さん。
一方、五木田さんは、前職の学校が国際バカロレアを取り入れたことから、バカロレアの理念を読み解いていったそうです。その経験から、「学力を伸ばすことは、自分たちの技術を持ってすればできるが、それだけが教育ではない。それより、子どもたちが自分で興味を持つこと、自分の意見を持つこと、これが今後必要になっていくことは間違いない。なので、そこを広げる関わりを大事にしていく」と続けます。
ここからは、さらに話がシチズンシップ教育へ広がりました。
「社会のことを知って、他人のことを知っていく。これはリテラシーです。自由は、他人の自由を使うことでもあるので、かなりスキルフルなことなんです」と五木田さん。「自分のやりたいことと人のやりたいことが干渉し合っているなら整理して、お互いが利益を得られるようにすることが必要」だと説明してくれました。
なるほど…。自分のやりたいことを社会の中でいかしていくための折り合いをどうつけるのか、これらは、小さいときから、体験の中で学んでいくしかありません。3つのCのバランスの中で、探究と教科を回していくのが、ヒロックの学びなのです。
私は、子どもたちが集団で学ぶ意味の一つが、協働により社会性を学ぶということだと思うのですが、ヒロックの3つのCは、まさにシチズンシップを体得していく上でのベースだと思いました。
最終的な教育の目的は、一人一人の福利(ウエルビーイング)
時代は確実に変化していて、個人と社会のウエルビーイングを目的とする教育への流れは世界的な潮流です。それは、OECDが作った「学びの羅針盤エデュケーション2030」にもかかれている言葉です。
しかし、日本はそこからだいぶ遅れているようです。そんな状況について蓑手さんは、「すでに世界の教育はかなりアップデートしている中で、日本だけがずるずると古い価値観のまま粘っている状態に違和感を感じつつ、子どもは柔軟で、可塑性があって、チャレンジングで挑戦する心を持っているというところに、教育の未来性・可能性を感じる」と言います。
すでに子どもたちの方が本質を捉えていて、大人の方が子どもから学ぶことが多いのかもしれません。
「学ばなければいけないのではなく、学んだほうが幸せ・成長したほうが幸せ・人とつながったほうが幸せ。そういう世界を目指したい」と蓑手さんはこれからの抱負を語ってくれました。
そんな蓑手さんのことを、五木田さんは、「学び自体のおもしろさ・向上することの尊さを捉えながら、多様性やインクルーシブについてもちゃんとつかんでいる。その両輪を深く理解している人は多くない。こんな出会いは一生あるかないかだと思いました」と全幅の信頼を寄せていました。
そんな奇跡的な出会いから生まれる理想の学校。これからどんな世界を作っていくのか楽しみです。
ヒロックに対する保護者の質問とその答え
最後にヒロックを検討する保護者に代わって質問をしました。
Q:ヒロックはどういう人にきてもらいたい?
ヒロックはフリースクールではありません。学校と合わないとか、不登校とか、特別支援という文脈ではなく、スクールの選択肢の一つとして考えてほしいです。公教育で提供できない学びを、ここで提供することはできる。でも公立学校や特別支援を否定していないし、そちらに合う人も必ずいる。我々も全てを網羅できるとは思っていません。公教育に合わないからヒロックという選択肢ではなく、ヒロックのことを理解してもらった上で、そこに共感した方に来てほしいです。
Q:選考の内容は?
学力ではなく親の共感と子どもの共感度を大事にしたい。ここでないほうがいいという子も必ずいます。施設や環境の面で、合う・合わないということもあります。多様性を担保しつつ、社会の構成比率を反映しながら、総合的にバランスを見て判断しようと思っています。
Q:英語教育はどれくらいある?
幼稚部は、オールイングリッシュですが、初等部は、日本語軸のバイリンガル教育です。8割日本語、2割英語を使います。母語を大事にして、日本語で思考を広げた上で、英語も使えるようにしていきます。言語体系は文化を表しているので、多様性を学んでいく手段として、生きた形の英語を学びます。パラリンガル(両言語が中途半端)にならないように、日本語での教養を十二分に身につけつつ、英語で世界を広げられることをイメージしています。
Q:評価はどのように実施する?
これから有識者と協議して決めていきます。他者と比べるのではなく昨日の自分と比べる個人内評価を目指しています。
2021年4月に開校する、オルタナティブスクール、ヒロック初等部。具体的にどんな授業を展開するのか、秋頃に模擬クラスの様子をレポートします。
ヒロック初等部については下記のサイトをご覧ください。2022年4月の入学を検討される方はパンフレットもご確認ください。
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