その評価は、自己肯定感を上げる? 未来の先生展2019 「探究学習の評価を探究する」レポート
学校内外を問わず、知識偏重型から探究型、アクティブラーニング型へのカリキュラムの変革が求められています。現場でも様々な取り組みが進んでいますが、中でも探究型学習の評価をどう行うかが多くの先生にとっての課題です。
従来型のペーパーテストや点数評価では評価しづらい思考力、判断力、表現力、あるいは主体的に取り組む態度をどのように評価、あるいは学習者にフィードバックすべきかーーそうした問いを探究すべく、学びを探究するメディア「Q」では先日開催された「未来の先生展2019」で「探究学習の評価を探究する」というセッションを行いました。
ゲストは、知窓学舎塾長である矢萩邦彦さん、学びの道教育研究所の池田哲哉さん、cst代表の大日向百樹さんの3名。ナビゲーターをつとめたのは「Q」の責任編集である炭谷俊樹。ゲストからの様々な問いを、読みながら一緒に考えてもらえたらと思います。
<プロフィール>
1.やる気を失う”評価”ではなく、伸びる”評価”を考える
2020年から公立校でも始まる探究型学習。塾や家庭でもそうした学習方法へと変化していく中、これまでなら一つの正解を導き出した子どもが評価されてきましたが、これからは人とは違う独自の意見を持つことが求められるようになります。現在、探究型学習のカリキュラム作成に向き合っている現場の先生たちも、従来のように点数では評価できないこれからの評価方法に向き合っているはず。
「新しく評価を作るのであれば、子どもがやる気を失ってしまう評価は意味がありません。子どもが学習・成長して伸びていく評価でなければ」
セッションの冒頭、なぜいま“探究学習の評価を探究する”のかを語ったのは、マイクロスクール「ラーンネット・グローバルスクール(以下、ラーンネット)」で探究型の人材育成に取り組んできた炭谷俊樹。自身が学長を務める神戸情報大学院大学では、ラーンネットとは違いA〜D判定といった評価をつけなければいけない中で、どうすれば学生たちの探究心を育むことができるのか試行錯誤を重ねてきたそう。
「正解を提示するのではなく問いを皆で出し合っていくことが大切」と話す炭谷。さて、どんなセッションになったのか、その全貌をお届けしたいと思います。
2.自己肯定感を下げる評価、上げる評価
今回のセッションでは、炭谷が試行錯誤の中で編み出した「探究型学習の評価を探究する際に大切にしたい4つの視点」を会場に共有することから始まりました。その4つとは、「評価の目的」「学習目標設定」「評価・フィードバックの方法」「学習の進め方」。
これらの4要素を、学習者の自己肯定感を「下げるのか?」「上げるのか?」 という視点で検討していくことが大切だと語る炭谷。
「③評価・フィードバックの方法」について、「神戸情報大学院大学には特にアフリカからなど途上国からの留学生が多いのですが、彼らはBやC判定をつけると必ず理由を尋ねに来ます。そうしたときこそチャンスで、面談を設定して詳細なフィードバックをすると彼らの得るものが多く、『次から頑張る』と笑顔になって帰っていくんですね。時間がかかりますが、対話をして評価をすることには意味があると感じています」と話します。
「④学習の進め方」についても、「ラーンネットでは探究型学習のテーマに『水』があり、水を綺麗にろ過する方法を実験してもらう機会があるのですが、その方法は彼ら自身に探究してもらっています。もちろん失敗することもあるんですが、教員が最初から失敗しない方法を教えるよりも自信につながると考えています」とのこと。
3. 探究型学習を実現させる「問い方」とは?
さて、4つの視点が共有されたところで、ゲストの時間に移ります。最初の登壇者は、cst代表の大日向百樹さん。
「今日は小学校低学年の先生になったつもりで話を聞いていただければと思います」と語りかけながら、大日向さんが画面に出したのがこちらのスライド。
2〜3名のグループで話し合い、それぞれ挙手してみると、「不適切」に手を挙げた人が9割という結果に。 「正しい・正しくないということはないので、よければ考えを教えてください」と、大日向さんは双方の立場の声を拾っていきます。
適切という人からは「問いなので、適切不適切はないんじゃないかなというのが率直な答え」という意見が。不適切という人からは、「最初から楽しいと決めつけて、その枠の中でしか答えが求められていないので不適切だと思う」などの意見が。
大日向さんがこれまで開催してきた同様のセッションでは、適切な理由には「話し合いの方向性を決めないと50分の授業で終わらないから」「様々な意見が出ると収まりがつかなくなるから」、不適切な理由には「話し合いの方向性を決めてしまうと、それ以外の意見が出にくくなってしまうから」「生徒の自由な発想を助長しないから」という意見が出る傾向があったと語りました。
「子どもたちにはどのような景色が見えていると思いますか?」「この写真を見てどう感じますか?」「ここがカリブ海の海だったらどういう気持ちだと想像しますか?」など、参加者からはさまざまな答えが。
「問いは無限にあるし、いくらでも意図によって出せますよね」と大日向さんは話します。それぞれの意見に「いいですね」と声かけをしつつ、「どうしてそう思ったんですか、その根拠は何ですかと必ず子ども達に聞くようにしています」と、大事なポイントを共有してくれました。
「オープンクエスチョンかクローズドクエスチョンの違いかと理解したけれど、オープンの方が◯×じゃないので何だっていい感じ。一方でクローズドクエスチョンだと、そこにハマらないといけないので自己肯定感が下がるかもしれない」
「楽しいと決めつけられてしまうと、もし楽しいと感じなかったら自分は間違っているのかな・・・と自己肯定感が下がってしまうことがあるだろう」
「決まった方向性に自分が合わせられた場合、逆に自己肯定感が上がるのかもしれない。けれどそれはまやかしの自己肯定感なので危うい。自己肯定感についてしっかり考えなければいけないと思った」
…など、大日向さんも唸るコメントが参加者から続々と寄せられました。
3つの問いを振り返りながら、「方向性が決まった質問だと『先生が与えてくれた質問に答えればいい』と、教科書の正解を探る方向に進んでしまいます。けれど自分で考えるというのは、自分の責任で自分で決定して、自分の表現で発言するということです」
と語る大日向さん。
「相手の意見を聞く際に、なぜそう思ったのか根拠を尋ねると、本当に様々な意見を聞くことができます。たとえそれが『悲しい』だったり『帰りたい』でもいいと思うんです。相手はそういうことを考えているんだとわかることで、周囲のその人への評価が生まれていくと思うんですね」
問いの方向性を決めない方が、多様な意見を収集して異なる立場から検討でき、他者と協同的に取り組む探究的な学習を実現できるのではないか――そう会場へ問いかけ、セッションを終えました。
4.進化の対義語は退化?停滞? 複数の「軸」を持つ
次の登壇者は、知窓学舎塾長である矢萩邦彦さんです。
「評価をするとき、軸というものが非常に大事になってくると思っています。評価できるということは何かしらの軸があるはず。そのことに評価側が気づけているのかどうかが重要なことなのでは。この点をみなさんと考えていきたいと思っています」
参加者同士で話し合う時間を経て、矢萩さんからの問いかけは、本当にその対義語は「退化」や「戦争」なのかということ。従来型の教育、特に現代文の解答として教わってきたこの対義語について、会場では考えを深めていきます。
「進化がベクトルが前に進むものだと考えたら、対義語は後退」「進化は環境に対する適応だから、対義語は停滞だと思う」
「平和の対義語は不安」「無関心、笑わない」「カオスという意味で混沌」
様々な意見が飛び交う会場に、「みなさんこうだからこう思うと理由を添えて発言してくれましたが、そこの部分が僕は大事なのではと思っています」と語る矢萩さん。
たとえば進化という言葉をしっかり考えてみると、進化という言葉は生物学か社会学の用語になります。生物学で考えてみると、一般的に退化と呼ばれているものは、たとえば浅瀬に住んでいた魚が何らかの地殻変動により深海に生活圏を移したとき暗闇に適応するために視力を失うといった現象になるのだそう。
「生物学的には退化は進化の一類型として捉えられる。けれど学校では国語の教科で進化の対義語は退化であると教えられてしまう。その矛盾により腑に落ちずモヤモヤしてしまう生徒が一定数いると感じています」
平和も社会学的な概念であり、たとえば国連の視点から考えるだけでも、その対義語は様々。不安も、いじめも、平和でないと思うことは何でも対義語としてあり得ます。
「たくさんの軸があって、それぞれに対義語があります。その中で答えが固定されてしまうと軸が勝手に外側から決められてしまい、一側面しかみない評価になってしまう。大人の軸が揃ってしまうと、子どもたちもみんな同じ評価をするようになっていきます」
「要するに軸が大事」だと語る矢萩さん。なぜそう思うかということをまず自分自身が考える、そしてそれをちゃんと相手にシェアをするという部分が様々な評価に足りておらず、なぜ評価するのかという理由の部分が疎かになっていると語ります。
相談の時間を経て、同じ派、違う派、どちらとも言えない派に分かれた会場。同じ派からは「切った後にもう一度つけたらつくので同じだろう」という意見が出たことで、人数がいたはずの違う派からは全く手が挙がらず・・・。
そんな状況に矢萩さんは、「デモクリトスもすごくモヤモヤした話らしいんです」と笑って続けます。
「この部分こそ一番我々が立ち向かわなければいけないもの。僕自身ずっと教育界に提案している答え方が、『数学的には同じだが、物理的には違う』というものです」
普段から「何的にはこうであり何的にはこうである」と複数の軸を持って考える方法を身につけると探究的な考えや評価ができるようになってくると語る矢萩さん。
「辞書で調べてもらえば分かりますが、真実というものは変わるものです。ではどういう意味で使われているかと言うと、嘘偽りがないということ。数学的には同じであるということが真実ですし、一方で物理的には少なくとも原子1個分は上の方が少ないに決まっています。あるいは現実問題として考えたら、カッターで削れた部分があるはずだという真実もあるでしょう。このように立場や前提によって真実は変わるので、評価するときは前提や自己の立場をセットで伝えるべきなのだと思っています」
「能動」の対義語についても、現代文の正解である「受動」で本当にいいのか考えてみることが、アクティブラーニングについて考える際にヒントになるのではと語る矢萩さん。
「江戸時代に和算は遊びだったという事例もあるように、その人にとっては遊びでも側から見たら学びであるということもあるのでは」
「今日は子どもを連れてきたのですが、ゲームで遊びながら学んでいたりします。学びと遊びはニアリーイコールなのでは」
「受動も受け取って自分の中で動いたものがあるなら本人の変化や学びになっているのでは。一方で能動にも例えば既読スルーもあるし、無関心や無反応に近い側面もあるのでは」
会場からのそうした意見を踏まえ、「たとえば『能動は存在しない』という仏教観もあります。何かしら絶対にきっかけがあってそれをやろうと思ったのだという考え方ですね。そうしたことを参考に、アクティブになるきっかけってどう作れるんだろうということを子どもたちと一緒に考えられるかもしれません」と矢萩さんは語ります。
3つの問いを振り返り、今回のセッションのテーマは「自分軸」であったと語る矢萩さん。「この反対はこうだと言われていることをちゃんと自分軸で捉え直し評価してみることで、初めて探究的な学びができるようになるのではと思います」と締めくくりました。
5.自分の価値観から飛び出す「乗り越え経験」の評価
最後の登壇者は、学びの道教育研究所の池田哲哉さん。
池田さんのセッションのテーマは「学び手が依存している価値観に気づき、その囚われから脱却する方法を考える」ということです。
幼児教育を行っている学びの道教育研究所では、親の庇護下から自立し自分の柱、それこそこれまで語られてきた「自分軸」を建てることが重要なテーマの時期となる5〜6歳の子どもたちと向き合います。
「子どもたちが絵を描く際、うちの研究所で教えている芸大出身の先生は、技術よりも『あなたは何描きたいの』と問うんですね。すると『お母さんがこういう絵を描けって言うんだもん』と泣いたりする(笑)。でもこれは教育者側としてはチャンスで、『それはお母さんの意見だね、“あなた”の一番楽しい絵は何なの?』と問いかけることで、子どもたちは段々と変化していきます。次に来たときには自信に満ち溢れた態度になっていたり、この時期は非線形的成長がよくあっていきなり大きく変化することもあります」
また、小学生たちとのイングランド合宿の体験を振り返りながら、イギリスの休日からの気づきを語ってくれた池田さん。
「日本では何かを買わないと休日を過ごしたつもりにならなかったりしますが、イングランドの人たちはただ1日を広い公園でゆっくりして帰っていく。この経験がみんなにとってすごく衝撃的で、帰国後に僕らはいろいろ考えさせられました」
みなさんの「囚われ」も聞かせてほしいと、池田さんはこんな質問を投げかけました。
「退職後にカンボジアの理科教育の支援をしようとしているが、まったく顕微鏡がなく日本で当たり前の顕微鏡実験ができない状態。顕微鏡実験はなぜ必要なのか改めて考えざるを得なくなった」
「留学中、誰も日本語を喋らないので英語を話すしかなかったこと。会社の社長になって何でも自分で責任を持たなければいけなくなったこと。子どもが生まれて守らなきゃいけない存在ができたという経験がそれに当たると思う」
「授業中に手をあげて発言したり、授業後に先生に質問に行くことは日本ではなかったけれど、留学中は周囲がバンバン手を挙げて質問していた。先生からも『日本人はこういうときに手を挙げないよね』と言われたことで変わった経験がある」
こうした会場からの意見を聞き、「共通している点として、依存していた価値観から飛び出て何か経験したことが大きいのではないか。自分が育ってきた価値観の中から飛び出すのは怖いけれど、飛び出た先で様々な関係性を構築したり知見を得ることで、変革を体験していくのではないか」と池田さんは語ります。
また現在、全ての大学入試で問う方向で検討が進められている「学力の三要素」という考え方をベースに話を展開していきます。
今までは「①知識・技能」中心の評価で「できた/できない 」という判断だったけれど、これからの探究型学習では「②思考力・判断力・表現力」が大切になってくると語る池田さん。
文科省もこれからは自分のプロジェクトなど柱となるものを立て、それに必要な知識体系を集めるようにしていくと述べていることから、この②をベースにした評価体系になっていくのではと語ります。
「その際、今まで語ってきた乗り越え体験というものは、子どもたちのこの②の部分にものすごく大きな変化をもたらすのではと思っています。それこそ③にも。 自分の柱を立てる際には、自分の経験値・個性が重要になってくるはずで、それが人と力を合わせて何かを生み出せる協働の力につながっていくのでは」と続けました。
会場からは、「他人が評価するのはすごく難しい。自己評価がキーワードになるかなと思ったので、そのために自己評価を正しくできる力を育てていくのが大事なんじゃないかと。教員は何ができるのかと、モヤモヤした」という声が。
「自己評価ということに子どもたちは慣れていないので、最初は難しいのかなと思います。それ自体が探究型学習にとって大きなテーマになるのではと」と、池田さんは返答。
また、「小さなことでもこの子は乗り越えたなというチャレンジをしたときに、周囲の大人が何でもいいから評価してあげて、評価の仕方も大人も分からないからそれも探していって、とにかく小さなものでも評価していったらいいのかなと思いました」という参加者からのコメントも。
「自己評価は、探究型学習における基本的な大前提になっていくと思います。慣れないうちは自己評価についての疑いもたくさん生まれると思いますが、これまでの世界観自体が変わり、自己評価の基準自体が変わっていくはずです。また、学習者自身のできることの視野が拡大して、学びのスコープ自体が広がっていくと、それ自体を乗り越え経験と評価することができると思います。最終的には自分の中に判断基準を持つようになったら、たぶん一番最高ですね」と池田さんは話しました。
6.誰かと共に話し合い、脳がガツンとやられる体験
最後、ナビゲーターの炭谷俊樹からは会場にこんな問いが投げかけられました。
会場からは、「問いなので正解はない」「そもそも学習者ができることの視野を広げるのが何のためなのか、たとえば何についての視野が広がるのか など、まだモヤっとしています」という声が。
炭谷もはそれに対し、「これまでは決められた枠の中で視野を広げていっていたけれど、これからは学習者自身に委ねられますからね」と述べました。
最後には、「今まで問われてこなかったようなクエスチョンが多かったので、脳みそがバコーンとやられて気持ちよくて。この気持ちよさを子どもたちにも伝えたい。自分と向き合える、誰かと共に話し合える、一緒にガツーンってやられる経験をさせてあげたいなと思いました」という声も!
炭谷も喜びながら、「モヤモヤもあるかもしれないが、みなさんに探究学習の評価に一緒に考えてもらって、楽しんでもらえたらよかったです。正解はないので考え続けていきましょう」とこの場を締めくくりました。
(文:桐田理恵、編集:田村真菜)