【探究TEACHER/山本崇雄】子どもの学びを社会に繋げる、「教えない授業」
探究学習に挑戦したいけれど、一体どう授業を作ったらいいのか分からない。そんな悩みを抱える先生に向けて、今まさに探究学習を実践している先達に聞く「探究TEACHER」シリーズがスタート。第2回は「教えない授業」で子ども達を主体的な学び手へと導く山本崇雄先生。
山本先生は、公立で25年ほど教師として経験を積まれ、現在では新渡戸文化小中学校・高等学校で教鞭をとっています。複業にも積極的に取り組みながら、「教師のあり方を変えたい」と語る山本先生に、お話を伺いました。
1.被災地の子ども達に感じた「ゼロから立ち上がる力」
―― 山本先生と言えば「教えない授業」を公立の高校で実践してきたことで有名です。まずは、その「教えない授業」にたどりつくまでの道のりをうかがいたいです。
山本:もともとは公立の中学校の教員で、その後に都立両国高校の附属中学校に異動し、高校でも授業を持つようになりました。当初はオーガナイズしたオールイングリッシュの一斉授業をやっていました。進学校で勉強が好きな子が多く、一斉授業でもわりとアクティブな時間でした。
でもある時、生徒たちに「なぜ英語を学ぶ?」と聞いたら、9割の子が「大学入試のため」と答えたんです。「あれ?」と思ったし、その違和感はずっと消えなかった。
そういう中で、東日本大震災が起きた。被災地を訪ねる中で、福島の子ども達が未来の福島のためにアクションを起こすことを支援するNPOに出会いました。そこに、地元で特産品をつくりたいと語る女の子がいて、僕はすごいなって驚いたんですが「学校の成績は全然ダメなんです」って自信なさげに言うんですよ。
僕が教えている生徒は学校の成績はいい。でも「自分や社会の未来について語れるかな?」と考えてしまった。同時に、人間にはゼロから立ち上がる強さが必要で、子ども達にもその力をつけなきゃいけないとすごく感じた。手をかければかけるほど、自立の力を奪っていると気付いたんです。それで「教えることを手放してみよう」と。そこから「教えない授業」がスタートしました。
―― 震災が大きかったということですね。
山本:ものすごく大きかったです。震災の前に実践していた一見アクティブに見えた授業は、僕が言ったことに対して生徒が能動的にリアクションしているだけであって、生徒発信ではなかった。「与えたものに対していきいきと活動しているだけ」だったんです。震災の前はそのことに気付けなかった。
震災後の4月からは「教えない」を意識して授業しましたが、夏休みに短期留学したケンブリッジ大学での経験が、最後の一押しになったんです。そこで僕の授業を見せたら、「教えすぎだよ」「教えすぎたら子どもは失敗できない」って言われた。その言葉がすごく腑に落ちて、「教師のレールをいかに外すか」「どう子ども達を自立させるか」を考えられるようになりましたね。
―― 当時、具体的にはどういう授業をしていたのですか?
山本:僕の授業の特徴の1つに、ストーリーマッピングというわかったことを絵に描く・図にするという方法があります。教科書の内容を絵にして英語で説明し、自分なりの問いを立てて自分なりに答えるというのが1つのレッスンのフレームなんです。それを繰り返していると題材が何であれ分かったことを絵にまとめ、自分なりの問いと答えをもつという学び方が、みんなできるようになりました。
同時に、英語の学び方を教えました。どうしたら英語で理解し、表現できるかを協働させながら体感させ、最終的には自分たちで、学べるようにしました。学びのフレームと手法を手に入れれば、後は目的に向かって学ぶ機会を与えていき、教師は見守ります。中1〜高3まで同じコンセプトで授業をしました。
高3の時には入試対策も自律した学びにしました。2学期に「自由に学びたい題材を持ってきて」としたら、ほとんどの子は入試問題を持ってきました。それを絵にまとめて英語でひたすら周りの子に説明して…というのを繰り返すと、40人いたら40通りのいろんな問題に触れることができる。この多様性は一斉授業では不可能です。進学しないことを選ぶ子も、ネットから自分が好きな題材を持ってきて、同じように取り組みました。ですから、目的に応じて素材を選択し、お互いに違いを楽しみながら入試対策をしていた感じです。
2. 「できない、やりたい」から主体的な学びは始まる
―― この間見学させてもらった授業では、「カフェをデザインする」ということに取り組んでいましたよね。
山本:新渡戸ではChallenge Based Learning(CBL、Project Based Learningの一種)をトップに、教科横断(Cross Curriculum)や基礎学習(Core Learning)を関連付けながら自律型学習者を育てるカリキュラムをデザインしています。ご覧いただいた授業はCBLの授業で「未来授業デザイン」と名付け授業公開しています。その中で「カフェをデザインする」というプロジェクトが生まれ、理科や英語といった複数の教科の視点で学んでいます。
カフェで使う電気はエネルギー問題ですし、コーヒーの焙煎や抽出は化学でもあります。提供したいメニューの食材について、農業や流通という視点で学ぶこともできます。メニュー開発で「海外でサステイナブルなカフェってないの?」と調べると、英語のメニューが出てくるので、英語に触れることもできます。いずれ自分たちの取り組みを英語で発信させたいですね。学びを社会課題につなげ、プロジェクトを起こし、教科の学びに結びつけながら解決を目指し、発信していくのがCBLです。
―― テーマはどのように決まったんですか?
山本:全部子ども達に任せました。「何がしたい?」と聞いた時、町が菜園になるエディブルガーデンについて学んだ子が「学園を菜園化したい」って言いだした。それで「採れた野菜を提供するカフェを作ろう」となったんです。 さらに「ジェンダー平等を実現できるカフェがいい」と話した子もいました。様々な教科やSDGsの学びがつながってきているのは面白いと思いました。
そして、自分が実現したいカフェをレゴで表現して、そのレゴに英語でタイトルを付けてみるんです。まず子どもたちが「やりたい」をしっかりもつ。教師はそれを援助し社会に繋げていくというのが「未来授業デザイン」の流れです。生徒たちには、その教科を学んで「どういう自分になりたいか」ということを書いてもらいます。はじめは全く書けないですが、色々な刺激をうけるうちに書けるようになってくるんです。
―― どういう風になりたいか、なぜ学ぶかという目的が自分の中で生まれれば「やらされている」という感覚がなくなりますからね。まずは子どもの情熱ありきです。
山本:日本の英語教育で今一番危機なのは、目的を見失ってることだと思うんです。「入試のため」は目的じゃないと分かっていても、入試制度の変更で右往左往する。授業を変えられないのを誰かのせいにし、なぜ英語を教えるのかという目的を失っている。英語というのは、使う目的がないとただの道具なんです。新渡戸では、英語教育の大きな目的にコミュニケーションを掲げています。そして「英語を使って誰を笑顔にしたい?」と常に問いかけています。
今日も、ZOOMでフィリピンの同世代の子どもたちと繋ぐ授業をしてきました。子ども達は通じないもどかしさや悔しさ、通じた時の喜びを味わっています。その経験のおかげで、「ボキャブラリーをもっとつけたいな」「文法力が必要なのかな」と英語への関心が広がっていく。
関心が生まれてから、教師は「僕にできることはないかな」「僕はこういうことの指導ができるよ、やってみたい?」と選択肢を提示していく。「アルファベットが必要だと思ったら教えるよ」と。それが教師のできることだと思います。
―― 決められた学びの順番にこだわらず、子ども達がやりたい時に学べるというのは、とてもいいですね。
山本:僕は最初にアルファベットも教科書のレッスン1も教えないんですよ。子どもに「こういう時に聞きたいことは何?」「伝えたいことは何?」とひたすら問い続ける。
フィリピンの学生とZOOMで繋ぐ中で、彼らが一番聞きたいのは「Do you have a boyfriend?」だったんです。 そのフレーズは、教科書には出てこない。でも彼らはどうしても聞いてみたい。だからグーグル翻訳を使ったりして言ってみる。それで伝わると、ものすごく嬉しいじゃないですか。
そして伝わった時、相手の反応を見て「わあ、フィリピンの子もやっぱりそういう話題はドキドキするんだな」とわかる。さらに自己紹介がうまくできない経験をすることで、「自己紹介の仕方を学ばなきゃ」とはじめて思えますよね。それは受動的に教科書を音読するところからは、絶対に生まれない。小テストで100点を取っても生まれない、非認知的な学びから生まれる喜びだと思うんです。こういった喜びは、これまで日本の子どもたちはあまり感じてなかったのではないでしょうか。
3.生徒の興味を育むか?予定調和に教科書を進めるか?
――「教えない授業」がまだまだメジャーではないのは、「基礎学力が不安」「教師は教えないと」という風に思われている方が多いということでしょうか?
山本:「やりたい」から学びをスタートさせていくことを6年間やったら、非認知能力だけじゃなく認知能力も上がるって確信してるんです。でもいろんな授業を見学に行くと、やっぱり先生達って「教科書を予定通りに進めなければいけない」という、ものすごく強いマインドセットがあるわけですよ。
最初、僕も不安でしょうがなかったです。「本当にこれで大丈夫なのかな?教科書をそろそろやるべき?いやもう少し粘ってみないと…」って葛藤がすごかった。このまま子どもたちから「やりたい」が生まれなかったらどうしようって。
探究にしろProject Baced Learning(PBL)にしろ、その思い込みがなくならない限り、予定調和で進めちゃう危険性もあるなって思います。子どもたちの準備が出来てないのに、無理やり発表させたり形にしたりすると、ただレールに乗るだけになってしまうし、生徒もやりたくなくなってしまいます。
―― 山本先生にも、昔は葛藤があったんですね。でも今は、「教えない授業」が「やりたい」につながっていることを体感しておられるわけですよね。
山本:やっぱり、子どもたちにまず経験させて、失敗させて、そこから「やりたい」が生まれるんだよなと思います。「やりたい」から始める学びについて、ある生徒はこう書いてくれました。
「教材の順番通りに学ぶ授業に比べ、山本先生の授業では、自分の興味・ 関心のあることを自由に調べながら学べます。調べている途中で自分にとって新しい発見があるなど、自然と学びが広がっています。自分の 興味・関心に基づいて学ぶので、前向きに取り組めます」
このように、学びの枠がなくなっていく感じを生徒が持てることが大事です。
今までは「単語も文法もきちんと覚えました、じゃあやってみましょう」が多かった。お膳立てをして、失敗しないようにレールを敷く。英語に限らず職業体験にしても、先生達が前もって「生徒が電話しますので」と必死にアポをとって、子どもが電話しても「はい、OKです」と言われるだけ。それは失敗の経験を奪っていますよね。
僕は、子ども達が単語や文法を学ぶ時も、子ども達が「やってみたい」と言ってからやります。単語や文法は、先生がわざわざ自分で教材を作る必要はないと思うんです。外部の既存のものを活用すればいい。既存のドリル、アプリや動画を利用して、やり方を教えたら子どもたちに任せています。
もちろん、教科書を順番に教える授業をやみくもに否定しているわけではありません。授業は手段であって、子どもたちの学びの目的に応じて変化させるものだからです。目的によっては、順序よく教えたほうがいい時もあります。しかし、今の日本の学校教育では、子どもたちの「やりたい」から始める学びが圧倒的に欠けているという事実には向き合わなければならないと思います。
―― 失敗させないことではなく、失敗からまた学んでいくことが大事ですよね。「教えない授業」を進めていく上で、保護者の反応はどうですか?
山本:はじめは、本当に半信半疑です。自分が経験していない新しいものに対して「我が子に合わなかったらどうしよう」と考えるんですよね。だからお子さんが「問題集をやりたい」「英検を受けたい」と言えば、僕は教える技術を持っていることは伝えます。
最初は半信半疑だった親御さんも「家に帰ってから学校の話をするようになった」と、今は驚いていますね。「今日授業でこんな話をした、こんな人が来た」と生徒達が話すようになるみたいです。親御さんは、その変化を見てからは信用してくれているかなと思います。最近は英検に挑戦したいという子が増えてきました。大切なのは「自分からやってみたい」という子ども自身からの発信なのです。
不安になっている保護者には「子育てはたくさん迷ってください。でも、この学校は子どもたちの幸せを本気で願い、自律した学びをブレずに教育を行なっていきますので信じて任せてください」と言いたいですね。ご家庭では安心して、子ども達のやりたいことに挑戦させてあげて欲しいです。
4.教師自身が、社会と繋がっているか?
―― 公立でずっと実践を続けてこられて、新渡戸に移籍を決められたのはどうしてだったんですか?
山本:理由の1つは、理事長の平岩さんの存在です。平岩さんは「新渡戸でやってることをどんどん発信してください、日本中の子ど達がハッピーになるようにしたいので、新渡戸での実践をもとに講演や出版もどんどんやってください」と言ってくださったんです。公立ではそういう経営者はなかなかいないです。ゆくゆくは新渡戸の実践を公立でも実践できるように広げたいです。
あとは、自由な働き方を奨励してくれるのも新渡戸の魅力です。移籍したもう1つの理由に、「教員のあり方を変えたい」という想いがあります。公立高校に在籍していた時全ての先生が担任や部活を担当していて、とても忙しい上に、みんな土日は部活でつぶれしまう。僕もすごく疲弊していたので、家族も最後は心配するようになってました。
僕は今、他の学校でも教えているし、教材開発やCSRなど複数の企業にも関わっています。先生の複業を応援してくれるのは、新渡戸ならではかなと思います。
―― ラーンネットも先生達に複業を奨励していて、週に3日か4日はラーンネットで働き、残りは別の仕事をしています。先生も社会と繋がりがあった方がいいですよね。
山本:これからの教員が持たなきゃいけない一番のスキルは、生徒の関心を社会に繋げる力と、自分の教科に紐づける力。教科書を教えるスキルは、あまり重要ではないと思うんです。今は全国の先生の授業の動画が、無料で見られる。文法を教える時も、僕が1時間かかることを10分で彼らは説明してくれます。それを電車の中ででも見てもらった方が、生徒にとっても有意義ですよね。
―― 一条校で山本先生のような働き方をするのは簡単ではないと思いますが、何から始めたらいいのでしょう。何かアドバイスはありますか?
山本:たとえば、僕が主催している「未来教育デザインConfeito」では、未来教育ナイトというイベントを定期的に行っています。そこでは、教育業界で第一線で活躍している方とビジネスの第一線で活躍している方を交互に講演者として呼んで、食べたり飲んだりしながら話を聞きます。懇親会がプログラムに入っているんです。そうすると「今度、授業一緒にやりましょう」みたいな動きが生まれてくるんですよ。誰でも参加できるので、そういう場に来てみると、アイディアが少し出てくるかもしれません。
学校の中にいて学校や働き方を変えるのは本当に大変だけど、SDGsだとか企業も関心をもってるような研修に行くと、同じ目的をもった社会人が沢山いるんです。そして「一緒にやろうよ」と言ってくれる。最近では、学校に対する「もっとしっかりしてくれよ」という思いもこもった熱量を感じるようになってきて、この数年で大きく変わってきたなと思いますね。
―― 学校外の方も、先生だけに「もっとしっかり」と全部まかせるんじゃなくて、一緒に頑張っていけるといいですよね。これから新しく取り組んでみたいことなどはありますか?
山本:学校の評価の指標として、偏差値だけでない、新しい軸を作っちゃいたいですね。「やりたい」からはじまる学びを続けるとハピネス度が上がると思うんです。偏差値に並んでハピネス度といったグラフもあれば、「誰でも入れるけど、入ってから皆ハッピーになる学校かな」とか、「偏差値はめちゃくちゃ高いけどハピネス度は低いな」とかわかると思うんですよ。
ゆくゆくは、「ハピネス度が上がれば認知能力もあがる」という調査もしてみたいし、エビデンスをとりたいです。
―― 偏差値にかわる学校の新しい評価軸を作ることは、いま本当に必要なことだと思っています。「ハピネス度」という軸は、面白いですね。ぜひ実現してもらいたいです。ありがとうございました。
(文:齊藤香恵子、写真:玉利康延、編集:田村真菜)