わたしとアーバンギャルド。
自分が可愛いならば旅に出たほうがいい。
私は生まれた時から十八年間、高校三年生までずっと、長崎の南方にある、小さな田舎町に住んでいました。そこにはマクドナルドもない。TSUTAYAもない、タワーレコードなんてもちろんない。小さな個人経営の書店や、レコードショップがあったのが中学生時代の私にとって唯一の救いだった。
そして高校卒業後、専門学校に通うべく、九州の大都市・博多という、大都会に身を置いたのです。
そこで学んだことはたくさんある。
都会にでないとわからないことがあるし、”今いる場所”をはなれることは本当に必要。
私が都会に出なければ…
ヴィレッジヴァンガードという素晴らしい『遊べる本屋』に出会うことはなかった。
私が都会に出なければ…
タワーレコードで新譜のCDを視聴することもできなかった。
当時はまだサブスクリプションなども、もちろんなく、YouTubeも、PCを持っていない私には見ることができなかった。気になる音楽やアーティストは、スペースシャワーTVでミュージックビデオを録画して繰り返し見たり、ラジオ番組で流れた曲をMDに録音して編集し、MDコンポやMDプレイヤーで聴く。気に入ったアーティストのCDは、お金があれば買う。金欠の時は中古のCDをジャケ買いしてみる。などという選択肢しかなかった。
私が都会に出なければ…
個性的なファッションをしている人々を見ることが、紙面でしか叶わなかった。(当時FRUiTS(フルーツ)を初めて田舎の書店で立ち読みしたときは思わず買ってしまった。※今は休刊している原宿ファッション誌。)
そして最初にもどるが、スペースシャワーTVで様々なアーティストのミュージックビデオをを見たり、ヴィレッジヴァンガードに入って、店内BGMで流れていた「YMCK」の「ファミリーミュージック」を聴かなければ、知らなければ、わたしは、サブカル界隈の音楽に興味が湧かなかったかもしれない。(ファミコン+スーパーファミコン世代のわたしなので、ピコピコ系8bit音楽に惹かれたのだと思う。)
スペシャとヴィレヴァンには本当に心の底から感謝している。
アーバンギャルドとの出会いはインターネットだった。
「ミュージックマシーン」という音楽情報サイトが急に「ナタリー」というサイト名に変わり、ナタリーを久々に開いたら彼らの記事が載っていたのだ。
おそらく「スカート革命」が出たころだと思う。まずバンド名を見てわたしの眼球はそのバンド名にくぎづけになった。
「アーバンギャルド、、、?」
「アバンギャルド」なら、なんか聞いたことあるけど・・。なぜアーバンギャルドと、「アー」を伸ばすんだろう?
そんなふとした疑問から、わたしは自然と記事をクリックしていた。
そこには、「水玉病」のミュージックビデオ(以下MV)のURLが貼ってあり、サムネイル(静止画)は、道路の中心で長髪の女性が椅子のようなものに座り、顔をおさえて泣いているかのような、シーンだった。(しかし今現在はそのようなサムネイルではない。)
着ている服は水玉模様の丈の短いワンピース、、、。
観ないわけにはいかない。
「水玉病」のMVを見て、「地上波ではまず見ることができないだろう」という感触を覚えた。そこには、精子の形をした少しデカめのぬいぐるみが透明のワイヤーでつるされ宙にウヨウヨ浮いてい移動していて、それをボーカルの女の子がジーーーっと目で追っていたり、途中でもまたボーカルの女の子が洋式便座に座って泣いているシーンがあったり、洋式便座からシャボン玉がでてくる。そして変なメガネ男が洋式便座を愛しそうになでている(顔もすりすりしている)。さすがに当時はそれを見て凍り付いたものだが、
「あなたになれない わたしになれない あなたを赤く塗りつぶしたいの」
というサビの部分が頭に残るキャッチーなメロディーだったし、ピコピコ系サウンドは、聴いていて心地よかったし、なんだか懐かしい感覚になったことを少しだけ記憶している。
一度見ただけで鮮明に脳に記憶できるような作りのMVであったと思う。
そして、「アブナイ」人たちだということが一瞬で理解できた。
その時はとりあえず「水玉病」と「スカート革命」のMVを見、それだけで終わっていた。
わたしも社会人一年目だったこともありなにかと忙しく、音楽情報を新しく仕入れるようなこともしなくなってきていた。
途中、アーバンが地上波TV「ミュージックフェア」に出演するという情報を知り、録画しながら見た。トークは案外普通で拍子抜けしたが、「都会のアリス」の衣装がぴちぴちのレオタードのような衣装で、そこはさすがに度肝を抜かれた。よこたんとしょこたん(浜崎容子と中川翔子)が、エヴァの主題歌「残酷な天使のテーゼ」をデュエットしていたのも楽しかった。
また、とあるときは「イベントに呼ばれフランスに来ています!!」みたいな記事を公式ブログで拝見し、「なぁんだ、結構精力的に活動してんじゃん。わたしが応援しなくても、ファンはたくさんいるね。うん、がんばって」ぐらいな感じで、ちょっとアーバンとは距離を置いてしまった。
そしてあるときネットだったか、スペースシャワーTVだったか忘れてしまったが、アーバンギャルドの新曲「さよならサブカルチャー」をたまたま聴くことになった。MVを観たので、おそらくスペースシャワーTVがきっかけだろう。わたしはそこで、彼らに再び恋をした。恋の再燃だ。
そう、ファンになった。
「水玉病」とはえらくかけ離れた洗練されたMV。映像も美しく、歌詞もメロディも素晴らしい。そして、「さよなら」+「サブカルチャー」ってことは、あの、へんな精子だとか、どでかいキューピー人形とかからは卒業するっていうことかな?と勝手に解釈し、「ガイガーカウンターカルチャー」の初回盤を購入した。
しかし彼らは、まったくもって「サブカルチャー」からは卒業していなかった。というオチなのだが、、、。
そしてまた聴かなくなり、続いては、社会人何年目かもう忘れたが、「あの人たち、、まだ活動してるのかな、、」ふとそう思い、公式HPを開くと…。
「昭和九十年」と、どでかい文字が出てきて一瞬身を後ろに引いてしまいそうになった。
この人たちは変わってない。
変わらない。というところに再び心を奪われた。と、同時に、軍服のような衣装の過激さにも驚き、「くちびるデモクラシー」を聴いてさらに度肝を抜かれた。いつの間にかドラムが抜け、キーボードも代わっていた。
当時はもう関西へ出てきていたので、ツアーで京都にくるみたいだし行ってみたい。と思ったが、ファン層がよくわからないことと、ライブの日が近すぎて曲の予習ができない(CDを買う時間がない)こともあり、その時はライブに行けなかった。
…とても文章が長くなってきた。
実をいうとこれは「水玉自伝~アーバンギャルドクロニクル~」の読書感想文なのだが、じつは全部は読めていない。
本を読むのはめちゃくちゃ時間がかかる性格なのだ。(ミステリーや推理小説以外は。)それに、天馬氏のページは内容が濃すぎて、シャーペンで気になる箇所に線を引いていたら本当に時間がなくなってきた。
なので天馬氏のページは先延ばしにし、先に浜崎容子氏のページを読もうとした。しかしそちらもそちらで今のわたしには少し内容が濃く、まだなかなか読み進められていない。
もうこうなったら、間にはさまれたおおくぼけい氏のページから読むしかない。と思っている。
とにかく締め切りに弱いわたしには、途中でもいいから投稿するということが必要で、今回はまだ未読だが投稿させていただいた。
アーバンギャルドはわたしにとって、なんだろう。
そうだなぁ…「揺るがない存在」「過去の自分に会える音楽」「誰にも教えたくないけど、共感もしてほしい」
そんな存在だ。
大切な存在。
アーバンギャルドの音楽は、時に厳しく、そして時にやさしい…。
そんな、存在なんだ。
ありがとう。これからもずっと、アーバンギャルドでいてほしい。
追いかけていくよ。
以上。