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夢を追うこと、諦めること

長期インターン先で直属の上司としてお世話になっていた方が退職することになった。理由は、大手企業への転職が決まったからだ。しかも新しい職場では、学生時代に研究していた分野の仕事ができるらしい。おめでたいと思う反面、やはり寂しさが勝る。


正直、最初のほうは彼のことをあまり好きになれなかった。彼は大手コンサル企業に新卒で入社したがメンタルを病んで一年ほどで辞め、僕のインターン先に転職してきた。何につけてもハウツー本で勉強したい人で、「一流」と呼ばれている人に影響されやすい。悪く言えば、ちょっと意識が高い人だった。


ただ、半年ほど前くらいからそんな傾向は薄らいできて、僕も彼のことをフラットな目で見れるようになった。よくよく観察してみると、さりげないフォローと気配りが圧倒的にできる人で、とんでもなく優しい人だった。良くも悪くも人を気にしすぎるから、自分を磨かずにはいられないのだろう。その優しさが、新卒の会社では仇になった。

本当なら純粋にめでたいはずの転職だけど、僕はちょっと気になる点があった。それは、彼が個人でやっていたコンサル系の副業をどうするのか聞かれた時に、「いやーもうやらないですね、これからは新しい会社一本で」と答えていたことだ。そこにはなんとなく、諦めの色が見えた。だから僕は、彼と二人で面談をしている時、こんな質問をぶつけてみた。


「失礼を承知で聞くんですが、今回の転職は〇〇さんにとって、夢を追ったのか、夢を諦めたのか、どっちなんですか」


すると彼は、難しい質問だけど、と前置きしてからこう言った。


「実は諦めたのほうかな。寝食を忘れるほど仕事に没頭できるなら、それがいい仕事だと昔から思っていて、もっと言えば起業に憧れてた。だからこそ新卒でコンサル企業に入ったし、副業でも起業に繋がりそうなことをやっていた。だけどやっぱり、自分には起業はできない、向いていないと思うようになったんだ。人のことを気にしすぎちゃうところもあるし、どちらかといえば技術者としてバリバリ開発をやっていきたいと思った。起業の夢を捨てて一生サラリーマンのままだと思うと、今の会社にいる意味も、副業をする意味もなくなった。そこで学生時代の専攻を思い出して、なるべく近い技術系の職に転職するんだ」


インスタで、「夢を諦めた年齢」を聞く企画を目にしたことがある。その時は特に興味も持たなかったのだが、彼の話を聞いてからあのインスタの企画が頭から離れない。夢を諦めることは悪いことではないし、僕は夢を持つのが苦手だからそもそも土俵にすら立ててないのかもしれないけれど、いざ「夢を諦めた」人を目の前にすると、彼からちょっと独特の雰囲気を感じてしまう。


切なさと安堵、すっきりともやもや、無邪気さとそつなさが共存した雰囲気。一瞬少年の影が見えたかと思うと、急に老けて見える。ちょうど夕暮れ時の会議室で、二人で向き合って座り、相反するものが入り混じったこの時の情景は、なんとも表現しがたい。


夢を追い、諦め、そして新たな道を選ぶ。「夢」という言葉は大袈裟かもしれないが、生きていく中で「諦める」ことは避けられない。「おめでとうございます」とはなんとなく言いにくいけど、新たな一歩を踏み出す勇気に、心から敬意を表したい。彼の目に宿った、切なさと希望が入り混じった想いは、僕の心に残り続ける。


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