【対談企画】重量挙げの瞬間のパワー展開力は他の競技で役立つか?〜砲丸投げ編〜
砲丸投げの練習ってどんなことをしていますか?
ーー武田さんと村上さんは、日大の同学年、クラスメートだったということですが。
村上 武田さんはすごくまじめで競技に一途なアスリートでしたね。
武田 村上さんはのほほんとして、いつもニコニコしていた印象です笑
ーー武田さんは中学から砲丸投げを始められて、すぐに中学記録を樹立、生光学園時代は2年生で国体優勝。日本大学に進学後、3年、4年とインカレ2連覇。日本選手権は2019年、2021年と優勝の経歴を持つトップアスリートでいらっしゃいます。今回は、重量挙げの競技動作、とくにスナッチとクリーンを、投擲の選手たちが取り入れていると聞いて、どんなふうに役立てられているのか、詳しいことを教えてもらいたいとお願いして、武田さんに来ていただきました。早速ですが、砲丸投げではどんな練習メニューをやっているんですか?
武田 大きく3つに分けられます。ひとつは投擲の技術練習。つぎにウエイトトレーニング。最後に跳躍で、跳ぶ、ダッシュする、などのスピード練習です。
ーーこれは昔と最近とで何か変化がありますか?
武田 練習のサイクルは一緒ですね。
村上 3つの練習の配分はどれくらいですか?
武田 シーズン中とオフの冬季練習とで少し違います。シーズン中は、投擲4割、ウエイト3割、跳躍3割。オフは、投擲3割、ウエイト5割、跳躍2割という感じですね。
村上 思ったよりも跳躍の比率が多くて驚きました。
武田 ウエイトだけでも瞬発力は身に付くんですが、跳んだり、走ったりすることで、ウエイトでつけた筋肉にスピードで生かせる神経を通すという目的でやっていますね。
武田さんはどういうタイプの投擲選手ですか?
ーー武田さんは砲丸投げ選手として、ご自身をどんなタイプだと考えていますか?
武田 ほかの選手に比べるとウエイトトレーニングはあまり強くないし、足もそこまで速くない。跳躍力もないです。
村上 ウエイトが弱いというのはBIG3で重いものが上がらないという意味ですか?
武田 はい。投擲の選手たちはみんな強いですから。僕の長所は身長の高さ(193cm)と腕の長さですかね。ただ、ウエイトが弱いといっても、強くしなきゃいけないので、人一倍取り組んでいるとは思います。
村上 ウエイトは今どのくらいですか?
武田 スクワットが230kg、ベンチが170kg、デッドが250kg、クリーンが150kgです。デッドは腰を怪我してからあまりやらなくなりました。
村上 砲丸投げ選手はたしかに力が強い人が多いですよね。身長が低くて、手足が短い、タンク体型の選手が多いイメージがあります。
武田 そうですね。なので僕は日本で一番大きな投擲選手ですね。単純にいうと、砲丸を突き出す高さが違ってきます。ものを投げるとき、一階の窓から投げるのと、二階の窓から投げるのとで、届く距離が違ってくるのと一緒で、高いほうが有利になります。
ーーウエイトは元から不得意だったイメージですか?
武田 中高のときは本当に弱くて、女子選手と同じくらいしか挙げられなかったです。でも日本大学に入って、陸上部の投擲チームは週4回から5回はウエイトをする環境で、そのうち2回は八幡山の重量挙げ部の練習場に通うんですね。それでだいぶ強くなりましたね。
ーーその結果、砲丸投げの記録も伸びるようになりましたか?
武田 はい。やり始めて相当変わりましたね。
学校によってウエイトトレーニングへの温度差はありますか?
ーー中高時代はそこまでウエイトに力点がない指導環境だったという感じですか?
武田 ほとんど投擲の技術練習でした。ウエイトは週2回、3種目をやってはいたのですが、基本的には砲丸を投げて強くする指導でしたね。
ーー中高のときは、ウエイトのフォームとかの技術的な指導はどのくらい専門的でしたか?
武田 元投擲選手の方々からの指導なので、大学で受けた指導に比べると、そこまで専門的ではなかったですね。なので、おおよそのイメージで見よう見まねでやっていた感じです。とにかく一生懸命やっていました。でも、大学に入るとコツが少しずつわかってきて、こうすれば楽に上がる、こうすれば重いものが上がる、と可能性が広がっていきました。
ーーBIG3などは比較的、独学でも身に付けられそうですが、スナッチやクリーンは複雑に感じませんでしたか?
武田 はい、難しかったですね。高校のときは、クリーンとハーフスクワットとベンチプレス 、この3種目を週2回やっていました。
村上 ハーフスクワットは、投擲に近い動作でスクワットをやりたい、ということなんですか?
武田 だと思います。あとは、高校生なのでフルスクワットは怪我のリスクが高いというのがあったかもしれません。成長期段階なので、重い重量を一番したまで下げると、腰とか膝とか痛めやすい、という。
村上 一般的に投擲選手は10代ではそこまで重たいのはやらせずに、可動域もフルではやらない、ということですかね?
武田 いえ。高校によってはフルスクワットもやりますし、ウエイトに重きを置いている学校もたくさんあります。僕の高校が投擲の技術練習メインのところだったんです。投擲7割、ウエイト2割、跳躍1割、くらいの割合でした。だからその分、大学でウエイトをガンガンやるようになって伸びしろができたというのはありました。ウエイトをやって、鍛えた分、飛ばせる距離も伸びていきました。
重量挙げの練習は砲丸投げの向上に役立ちますか?
村上 スクワット、デッド、ベンチプレスで扱える重量が増えれば、砲丸投げも飛ぶようになるんですか?
武田 僕の中ではクリーンやスナッチが伸びると、砲丸投げの飛距離が増すイメージですね。個人的にクリーン、スナッチは好きな種目です。論文を読んでも、BIG3の強さと砲丸投げの距離は比例しないと書かれています(相関関係は認められていません)。でも、クリーン、スナッチに関しては、比例すると書かれています。クリーン、スナッチの全身運動が、砲丸投げの記録向上に有効だということですね。
村上 体重が増えたからといって、飛距離が増すことはないですか?
武田 そうですね。体重が増えると力がつくので、砲丸が軽く感じるようにはなりますが、動ける体じゃないと意味がないです。体重を増やして、身軽に動けるのであればいいと思います。
村上 なるほど。
武田 砲丸を飛ばすためのアプローチは一人一人違います。投擲の技術練習、ウエイト、跳躍。どれに重きを置くかで変わってきますよね。でも、体重をうまく乗せられないと飛距離が伸びない、というのは共通しています。地面反力というものがあって、動作をしたときの地面からの反発力は、体重が重ければ重いほど大きくなります。それを生み出すためにも、砲丸投げでは体重が110kgくらいは必要になってきます。
BIG3の練習はどういう目的でやっているんですか?
村上 地面反力を生かすというのは、重量挙げと砲丸投げで似ていますね。床を押せないとダメという。
武田 そうですね。僕の場合、押すというより、地面から勝手に返ってくる力というイメージです。
村上 ものを落としたときに、自然落下して地面から跳ね返ってくるような感じ?
武田 はい。
ーーパワーリフティングのBIG3は粘る系の動き、重量挙げはスピードで地面を蹴る動き、と村上さん以前から言っていますが、重量挙げの動きにあるバネのような感覚が、砲丸投げに生きるということなんでしょうかね?
武田 絶対的にそうですね。投擲競技者の場合、BIG3の練習は重量挙げのスナッチ、クリーンを伸ばすための土台でしかありません。
村上 重量挙げの競技者も、BIG3はスナッチ、クリーンを伸ばすためにやっているので、一緒ですね。僕もスクワットばかりやっていましたけど、そんなに競技に必要ないレベルまでやっていたなと。インスタ映えを狙い過ぎました笑
武田 なかなかあんなに上がらないですからね笑
どうしてグライド投法から回転投法に変えたんですか?
ーー砲丸投げにはグライド投法と回転投法の二つがあって、全然違うものですよね。後ろ向きから振り向きざまに投げるのがグライド投法。後ろ向きから回転しながら投げるのが回転投法。そして、世界では回転投法が増えているけれど、日本ではグライド投法が今でもメジャーだと聞きました。
武田 はい。日本ではまだグライド投法が中心ですね。
ーー武田さんは2019年の日本選手権で優勝するまでグライド投法でしたが、その年の冬に回転投法に移行したんですよね?
武田 そうです。砲丸投げは世界から遠い種目で、オリンピックでいうと、参加標準記録をクリアして、日本選手権で3位以内に入ることが出場条件ですが、現在の日本記録が18.85mで、参加標準記録が21mです。そもそも日本記録でも届かない。2019年の日本選手権で優勝したとき、このままグライド投法をやっていれば、日本では負けないだろうな、ずっと勝ち続けられるだろうな、と思ったんですよ。あと5年から10年は大丈夫だろう、という自信はありました。だけど、アスリートとしては世界に出たい。そうなったときに、回転投法に挑戦する意義はあると思いました。
ーーなるほど。
武田 安定を求めてずっと日本に留まるのか、挑戦して世界を目指すのか。できるだけ世界に近づきたいと考えたんです。
ーー今年の日本選手権に出るトップ層でいうと、回転投法を採用している選手はどのくらいの割合だったんですか?
武田 今はもう半分くらいが回転投法ですね。5年くらい前は、出場選手中、一人か二人しかいなかったんですが。というのも、オリンピックや世界選手権で、グライド投法を採用している選手はほぼいなくなりました。世界の潮流は回転投法にシフトしています。僕だけでなく、みんなそこに夢をみて、挑戦するようになりましたね。
回転投法に移行してパフォーマンスはどうでしたか?
ーー回転投法に移行して翌々年の2021年には、回転投法で日本歴代3位タイの記録で日本選手権を優勝されていますよね?
武田 僕は運が良くて、国内で1、2を争う指導者に教わっているので、比較的スムーズに回転投げに移行できた部分はあります。ただ、それでも、回転投げのデメリットはあって、そこにつまづいているという感じですね。
ーー回転投法は安定性に欠けるという点ですか?
武田 そうですね。グライド投法は絶対的に安定するんです。1本目から6本目の試技まで、ずっと同じ記録を投げ続けられるようなフォームです。でも、回転投法は1本目から6本目までの間、記録に1〜2メートルくらいの波が平気でできてしまいます。はまればすごい跳ぶんですが、はまらないとまったく跳ばない。
ーー今年は日本選手権で13位と苦戦されましたが、これは回転投法によるものですか?
武田 じつは怪我もありました。投擲の練習中に過度に力み過ぎたのか、胸筋を肉離れしてしまい、練習もほとんどできず、今季の初戦が日本選手権という状況でした。
ーーずっと競技から遠ざかっていたとうことですね。
武田 8カ月ぶりに試合をした感じでした。ぶっつけ本番はやはりダメでしたね。
ーーそれは苦しかったですね。なんとかもう一度、整えて直して、来年こそはよい結果を見たいです。
武田 はい。そうしたいですね。
今、クリーンやスナッチで悩んでいることはありますか?
ーー回転投法に移行したとき、投擲の技術練習、ウエイト、跳躍、という3つのメニューの比率や内容が変わったりはしなかったですか?
武田 それはとくにしなかったですね。
ーー回転投法がとくに瞬発力を使う、ということでもないわけですね。
武田 両方とも全身運動なので、瞬発力は同じく大切です。
ーーこれまでトレーニングされてきて、村上選手に聞いてみたかったことなどはありますか?
武田 ひとつ聞いてみたかったことがあります。スナッチをやるときは手幅が広いじゃないですか。それでシャフトを挙げるときにバーンと恥骨に当たるんです。これってクリーンのときも同じように恥骨に当たるものですか?
村上 当たる人と当てない人といますね。
武田 投擲の選手をみていると、だいたいの人がクリーンでも当たるんですよね。スナッチとクリーンは手幅が違うのに当たるというのは何が違うんだろうと。
村上 それでいうと当たるポイントはクリーンのほうが下になっていますよ。
武田 でも誤差くらいの話ですか?
村上 ちょっと変わる感じですね。腕の長い選手は、クリーンで、だいぶ下のポイントまで降りてしまうので、肘を無理やり曲げて上に持ってくるか、諦めて下のポイントで蹴り上げるか、という2パターンになりますね。
武田 それはどっちのほうがとりやすいんですかね。
村上 もちろん、恥骨まで持ってきたほうが、蹴りやすいんですけど、肘で無理やりポイントを上にずらして持ってくると、腕が力みやすくなります。より難しくなりますね。諦めて下のポイントで蹴ると、腕は力みづらくなるんですけど、足で蹴るのが難しくなります。どっちも腕が長い人の場合に起きていることですね。
武田 なるほど。よくわかりました。手幅が違うのにどうして同じように恥骨に当たるんだろうと、ずっと疑問だったんです。
クリーンやスナッチのMAXを伸ばすために何が必要?
村上 そこは僕もよく指導するときに、どんなふうに言えばいいんだろうと、悩むところですね。肘を曲げると、デッドリフトの動作が肘を曲げた姿勢になりやすくなりますが、デッドリフトでは曲げて欲しくないんです。体幹に乗せることが大事なので。そういう意味では諦めて下のポイントで蹴るほうがいいんじゃないか、というようにしてます。
武田 あともうひとつ聞いてみたかったことがあります。大学生のときは、もちろん、成長期というのもあると思うんですが、スナッチとクリーンがすごい伸びたんです。大学入学時、クリーンが90kg、スナッチが70kgだったんですが、卒業するときには、クリーンが150kg、スナッチが110kgになっていました。
村上 110kgですか。増えましたね。
武田 ただ、それ以降、あまり伸びなくなったんですね。ここから強くしていくには、どういうアプローチが必要なのかなあと。ただ普通にやっているだけでは意味がないんじゃないか、と考える年齢になってきたんですよね。大学生の頃はただ言われたメニューを一生懸命やって、それで強くなってきたんですけど、今はそれだけじゃダメだなと。
村上 BIG3に比べて、クリーンやスナッチは技術面が大事になってきます。テクニカルなものを習得するのに時間もかかります。それを身につけたという意味で、大学時代はすごく伸びたんだと思います。そこから先は習得した技術を使って、さらにパフォーマンスを上げていく段階ですよね。技術の向上にはもうそこまで力を入れなくていいというか。
武田 僕らはセットを組むときに、すごく重量を重視しようとするんですよね。僕の場合、クリーンのMAXが150kgなので、130kg×5回を5セットとか。でも、たとえば、極端に重さを減らしたセットも必要になってきますかね? 100kgで5回とか。
村上 僕も最近、軽い重量で、スピードを意識した練習をするようになりました。それをやることで、高重量を挙げるときに響いてくると実感しています。
武田 やはりそこは大事なんですね。たまにそうした練習をやっている選手もいるんです。でも、僕の中で確固たる確信がなかったんですよね。
軽い重量でスピードを意識した練習はどんな意味がある?
村上 重量挙げでも、軽い重量はスピードを意識せず、スローでフォームだけを確かめる、という選手もいます。でも、僕は軽い重量にして、全速力で動く練習をしたほうがいいと思っています。
ーー投擲でクリーンやスナッチの練習をするときに、やはり挙げる重量を増やすことが大事なんですかね?
武田 そうですね。MAXを上げたいと思ってますね。だから、MAXを上げるためにどういうアプローチをすればいいのか、そのあたりの知識がないんですよね。これまでやってきた経験しかないです。
ーーなるほど。その一方で、軽い重量を扱うことで、投擲のパフォーマンスにつながる可能性もあるんじゃないかと、頭をよぎる瞬間も出てきたということですね。
武田 はい。でも、そう思っても自分の中で自信が持てずにいました。本当に直結するのかな、と。
ーー村上さんたちの場合、最終的にはMAXで重いものを持ち上げることにゴールがあると思います。でも、投擲の場合にクリーンやスナッチをどこに持っていけばいいのか、というのは、知見が固まっていない部分ですよね。
武田 まだ絶対こうだという知見はないと思いますね。
ーーさきほど論文に書かれていたというのは、スナッチとクリーンのMAX重量を伸ばすことが、投擲の飛距離につながるということなんですか?
武田 そうです。
MAX重量とスピード、どちらが砲丸投げに結びつく要素?
村上 それはハイキャッチで持てる重量ということですか?
武田 はい。投擲選手はローキャッチはやらないですね。僕のハイキャッチでのクリーン150kgは投擲でも弱いほうです。同級生だと190kgを挙げる人もいます。
村上 たしかにSNSの動画で投擲選手が重いものを持ち上げるのをよく目にします。
武田 僕は最低でも170kgにはしたいんです。でも、どうしてもそこにたどり着くイメージが持てないです。
村上 クリーンで高重量を挙げられる体力は大事なのかもしれないですけど、僕は砲丸投げの場合は、軽い重量を全速力で挙げる動作のほうが、飛距離につながるような気がしますね。
武田 本当ですか?
村上 パワークリーンとかよりも、プルで軽い重量をやるほうが、スピードを出しやすいんじゃないかと。キャッチ動作があるとどうしてもそこでスピードに制限がかかりますよね。だからプルで高い位置まで引っ張ってくるような、投擲の動作により近い動きで、スピードが出るほうが大事なのかなと思います。
武田 そういう発想はなかったですね。
村上 60kgでハイクリーンをしようとするより、60kgで胸までプルするほうが、難度は高くなります。だから、軽い重量でスピードを追求するときは、プル系でやっていったほうがいいかもしれません。
武田 たしかに投擲選手の中でもプルをする人は多いです。軽い重さでやることが大事ということですね。
砲丸投げの世界王者、ライアン・クルーザーはどんな人?
村上 はい。個人的には投擲の試技に近い動きになるほうがいいと思います。でも、アメリカの砲丸投げ選手の動画とか、好きでよく見るんですけど、スクワットもハイクリーンも、ものすごい重い重量をやりますよね。
武田 ライアン・クラウザーですよね。あの選手はとんでもないです笑
ーーオリンピックで二度、金メダルを獲っている米国の選手で、23.37mの現・世界記録保持者ですね。
村上 あれを見てしまうと、ウエイトのMAX重量を上げることを目指してしまいますよね。あと、砲丸投げ選手は膝から挙げ始めるクリーン(ハングクリーン)をけっこうやっている印象があって、それはどういう意図でやっているのか、興味があります。
武田 僕自身は下から持ち上げるクリーン(ハイクリーン)しかやらないので、わからないですね。このあたりは大学によって変わりますね。ハングクリーンだと、あおってあおって重い重量を扱う人が多い印象です。日大出身者はハイクリーンだけのはずです。
村上 あおるという意味では、たしかにSNSで見かけるハングクリーンの動きは、フォームが乱れているケースもありますね。
武田 たぶんフォームが乱れてもいいから、重さを増やしたいという気持ちがあるんだと思います。
フォームの精度を上げるために何をしてますか?
ーー投擲の選手は、体に器具をつけて、競技動作のスピードを測ったりとか、そういうことはされてるんですか?
武田 少なくとも僕はしてないですね。海外にそういう機械があることは知ってますが、日本の投擲ではまだ取り入れられていないと思います。
ーーなるほど。そうなると、自分の競技フォームの精度を高めていくときは、動画を撮って確認していくのがメインですか?
武田 そうですね。動画をみて、指導者から教わったことと、自分が目指していること、それらが動作に反映されているのかをチェックします。逆にいうと、それ以外の追求の仕方はいまはないです。もちろん、大学や施設によっては、機材を揃えているところもあるんですけど、僕の周りの投擲選手たちはまだ取り入れていないです。
ーー村上さんは少し前からスピードを測る機材を取り入れていますが、何か変化はありますか?
村上 はい。僕はバーを挙げるスピードを測れる機材を海外から個人的に輸入しました。デッドリフトなどよりも、クリーンのほうが軽い重量でスピードを要求されます。試合で200kgをクリーンするわけなので、その重量でいかに速く挙げられているか、という点が試技の成否を分けるポイントだと考えています。同じように、砲丸投げの場合なら、試技で使う砲丸の球(7kg)と同じくらいの重量でクリーンの練習をして、いかに速く挙げられるかを追求するのはどうですかね?
武田 シャフトだけとか?
村上 そうです。シャフトだけを高速で挙げるような練習が効果的なんじゃないかなあと。
武田 でも、それは一理あるかもしれないです。投擲選手のウエイトトレーニングの位置づけは、力をつけるためではないんですよね。力を抜くためにやっているというか。ウエイトに力を入れれば入れるほど、砲丸を持ったときに、軽く感じられると思います。腕力で砲丸を遠くに押すんじゃなくて、いかに持つことに負荷を感じずにやれるか。そういう面では、スナッチやクリーンでMAX重量も目指すんですけど、投擲の試技ではスピードも出さなければ全身運動で遠くに跳ばせないので、村上さんの言ってくれたトレーニングは理にかなっていると思います。
垂直跳びが上手になると砲丸投げの飛距離は伸びますか?
村上 全身運動という面でいうと、垂直跳びであったり、跳躍、ジャンプ系の動きが改善すると、砲丸投げの飛距離もアップしますか?
武田 はい。垂直跳びはもちろん、走り幅跳びとかも。そういう練習が強くなればなるほど、伸びると思います。砲丸投げにはリバースという動作があって、最後に跳ぶことで、砲丸により勢いをつけさせるというものです。回転した後、両足を着いて上に跳ぶんです。そのときに、垂直跳びは相当、活きてくると感じています。ただ、トリプルエクステンションでいう、足首、膝、股関節の3点が同時に伸びている、という感覚は僕の中ではないです。
ーー足の力で、地面反力で勢いをつけているイメージ?
武田 そうですね。砲丸投げは基本的には足の力です。腕で押して、必死に砲丸を遠くに飛ばしているように見えると思いますが、地面からの力をいかに砲丸に伝えるか、というのが大事になってきます。
ーーグライド投法の場合、振り返りながら、片足でドンと地面について、そこからの地面反力をもらうイメージはあるんですが、回転投法の場合はどんな感じなんですか?
武田 グライド投法は両足で反発を受けられるんです。右足、そして左足という順番で。でも回転投法に関しては、回転しているとき、基本的に爪先で動き続けて、最後に左足でしかブロックできないんです。パワーポジションといって、立ち投げの動作、投げる寸前に、左足だけで動きを止めます。例えていうと、車がスピードを出して進んでいるときに、急ブレーキをかけると、車の後方がグンと前のめりに浮き上がる感じというか。回転投法でも、前足(左足)でグンと反発をもらいながらブロックすることで、身体の後方が勝手に浮いてくるのを待って、それを利用して遠くに飛ばします。
村上 そのときブロックする(止める)足はきつくないんですか?
武田 きつさはそんなにないです。ほかの投擲種目に比べると砲丸投げは反発の力そのものがそこまでではないので。やり投げとかは、30mくらいダッシュしてきて、その力すべてを一本の足でブロックする(止める)ので、相当な負荷がかかります。でも、砲丸投げは加速する時間が比較的短いから、左足にそこまでの負荷はかかりにくいと思います。
投擲種目にはブレーキと反動を利用する共通点がある
ーー回転投法はハンマー投げのフォームにもどことなく似てますが、近い部分はあるんですか?
武田 全然違いますね。技術が変わってきます。
村上 ハンマー投げはブレーキのタイミングがあるんですか?
武田 最後にありますね。フィニッシュで止まることで、遠心力が働きます。これは室伏広治さんたちの考え方ですね。最後に左足を地面にバーンとぶつけて、それによる地面反力を使って飛ばすという原理は同じです。ただ、人によってはブレーキをかけずに投げるという人もいます。
村上 ブレーキというのは重量挙げにはない感覚ですね。
武田 加速してスピードを上げるというのはたぶん重量挙げにはない要素ですよね。静止している状態のものを挙げるわけですから。でも、砲丸投げはいかに大きく動かして加速させられるか、そのまま砲丸を投げる寸前まで持っていけるか、という部分があって、似ているけれど、違うんじゃないですかね。
村上 僕は重量挙げにも加速させる要素があると思っています。バーが止まった状態、ゼロから動き始めるんですけど、クリーンやスナッチの、デッドリフトの動きまでが助走で、そこまでいかに速く引いてこられるか、そして恥骨の位置まで来て、そこからトリプルエクステンションに持ち込めるか、という展開があります。そのプロセスはまさにあおって、大きく動かして、加速させてジャンプするという感覚なんです。
武田 ああ、そうなんですね。セカンドプルでどのくらいのスピードが出ているかが絶対的に大事なんですか?
村上 砲丸投げもそうだと思うんですけど、身体から離れるときの最高速度がポイントですよね。
砲丸が手から離れるときの「初速」は速いほどいい
武田 砲丸投げでは砲丸が手から離れるときの速度を「初速」というんですけど、そこが一番大事になってきます。重量挙げの場合、セカンドプルのトリプルエクステンションに入る寸前の動作ということですか?
村上 そうです。セカンドプルでバーが体から離れて浮いてくるので、「初速」が速ければ速いほど、バーが挙上する高さが変わってきます。
武田 なるほど。
村上 そういうこともあり、重量挙げでは、ハングクリーンではなく、ハイクリーンで、床からの助走部分の感覚を十分に養って練習したほうが、競技につながってくると考えています。ジャークの場合も同じです。ジャンプしきる直前、バーが体から離れる瞬間に最高速度が出ていないといけないです。なので、砲丸投げと重量挙げは、ジャンプする瞬間までに加速させてスピードを上げていくところが似ていると思います。
ーー重量挙げの動作を他競技のアスリートが取り入れているのは、この垂直跳びの瞬間までにいかに加速させるか、最高のパワー出力を出せるか、というところにヒントがあるからじゃないか、と村上さんはよく話していますよね。
武田 たしかに、投擲にとってのヒントがある気がしますね。そこをやってみたいです。クリーンやスナッチの練習をそういう意識でやることで、砲丸投げの飛距離が伸びることにつながるイメージが持てました。
ーーそのアプローチをするときに、クリーンやスナッチでMAX重量を増やすことにこだわるのではなく、軽い重量だったり、シャフトだけでの練習が効果的なんじゃないか、ということを考えているんですよね。
重量挙げは200kgの砲丸を飛ばしている?
村上 僕はそう思っています。シャフトだけを担いだスクワットジャンプとかも面白いですよね。
武田 スクワットだけにフォーカスするんじゃなくて、跳躍も入ったスクワットジャンプで鍛えることで、全身運動になり、瞬発力とかの向上も期待できるわけですね。
村上 はい。瞬発力を鍛えるには、自重とか、軽い重量のほうがいいと思います。重い重量を扱うとしても、1RM(一回だけ挙げられる最大重量)はやり尽くしていると思うので、スピード重視の高重量をやっていくのでいいんじゃないでしょうか。
ーー村上さんは速度センサーをつけて練習することで、より精度を高くしようとしているということですか?
村上 そうです。スクワットをするときでも、スピードが低速になり過ぎないようにチェックしています。あらゆる動作でスピードを意識していたほうが、重量挙げのパフォーマンスに結びつくんじゃないか、という考えです。そういう意味では、重量挙げは、すごく重たい砲丸投げというイメージですよね笑
武田 なるほど笑
村上 200kgの砲丸投げみたいな笑 トリプルエクステンションの瞬間、ほんのわずかしかバーは宙に浮かないけれど、飛ばすという感覚には変わりないです。砲丸投げのほうが回転投げとか、より複雑な動きが入っていますが。
武田 回転投げは本当に難しいです。
砲丸投げでスピードを測って練習するとしたらどう使う?
ーー回転投法の練習でスピードセンサーをつけてやるとしたら、試技の動き出しから、初速のところまで加速し続けられるかをチェックする、という感じですかね?
武田 そうですね。最後に突き出す瞬間が速ければ速いほどいいので、加速し続けているかは意識したいです。間違っても、突き出す瞬間に減速するという結果になっていたらダメですね。
村上 あえて意図的に最初の動きだしを遅くする、みたいな発想はあったりしますか?
武田 ありますね。人によっては、最初にゆっくりで入らないと、うまく加速していかないと言います。そして、人によっては最初から全力で速く動かないとダメだとも言いますね。
村上 武田さんはどちらのタイプですか?
武田 僕は中ぐらいのタイプですね。遅過ぎず、速過ぎず、という感じです。
村上 中速からスタートして最速まで持っていきたい。
武田 そうですね。
村上 重量挙げも似ていて、引き出しがスローなタイプと速いタイプがいます。
武田 村上さんが知っているライアン・クラウザーは最初ゆっくりで、そこから加速していくタイプです。人によって本当にまちまちで、最終的に初速が速ければいいという考え方ですね。
砲丸投げで世界との差が開いてしまった原因とは?
ーー砲丸投げで、世界と日本との間に大きな差が生まれている原因は何だと思いますか?
武田 海外では陸上競技というのはすごくポピュラーなスポーツなんです。ヨーロッパやアメリカでは、ナショナルレベルの大きな大会でなくとも、いろんな人が観戦に行きます。日本で言うと野球みたいなイメージですね。高校、大学などさまざまなカテゴリの大会で人気があります。一方、日本での陸上というのは、スポーツの中でもすごく位置付けが低いのが現状で、しかも陸上競技が30種目くらいある中で、砲丸投げはとりわけマイナーなところにあるので、そこに本気で強化をしていこうという人がなかなかいないです。日本陸連の方針をみても、花形種目である短距離、100m走や200m走に、どんどんリソースを割り振っていますし、投擲でいうと、やり投げはまだ普通に強化されていますが、砲丸投げ、ハンマー投げ、円盤投げという3種目はほとんど強化がされていない状況です。もちろん、世界に遠いから仕方がないわけなんですが。
ーーそうなんですね。
武田 ただ、日本の砲丸投げでも、トップ層の記録はずっと停滞していますが、中堅やボトムの層の記録がものすごく上がってきています。平均して5年前から1mくらい伸びていると思います。全体としては競技力が向上しているんです。ここから先に進むには、もっと砲丸投げの魅力を広く知ってもらって、ポピュラーなスポーツにしていくことが重要だと思っています。そこで選手層に厚みが出て、世界に通じる選手が出てくるようになんじゃないかと。
村上 重量挙げも同じくマイナー競技ですし、競技人口が増えてほしいです。そのほうが注目されますし、いい選手が集まりますよね。
武田さんが今いちばん大事だと思っていることは?
ーー武田さんは世界でプレイする選手を目指されているということですが、今よりも一歩進めるには何が必要だと感じますか?
武田 個人的に感じているのは、年齢を重ねてベテランになってきて、自分はガムシャラさに欠けているな、というのがあります。知恵がついてくると、いろんなことをやる前から「これ、意味ないんじゃないかな」と判断してしまったり、自分の試技の動画をみて、「ここがダメだ」とすぐに割り切ってしまう節があります。今回の日本選手権で、僕は13位だったんですけど、そういう結果になったのは、ガムシャラさが足りなかったからじゃないかと。動画を見て、自分の追求するフォームとかを意識し過ぎてしまいました。フォームは綺麗だけれど、飛ばない、という。だから、今からはガムシャラにやりたいですね。
ーーなるほどですね。
村上 僕もガムシャラさはなくなってきてますね。年齢を重ねると怪我のリスクなども増えますから。
武田 一番はそれなんですよね。
村上 回復も以前より時間がかかるようになりました。だから怪我をしないために、量よりも質にこだわった練習、課題を解決するとか、そういうふうに考え方が向いがちで、ガムシャラさとは真逆ですよね。
武田 ガムシャラにやりつつも、正しい取り組みをしないと強くはなれない、というのもありますよね。間違っていることをずっとやり続けても、結果には反映されないですから。
村上 ガムシャラさとはハングリー精神みたいなものですか?
武田 そうですね。ハングリー精神が今、ちょっとないのかな、と。
村上 そこは大事ですね。
武田 アスリートとしては、ある程度、我慢しなきゃいけない部分もあります。欲しいものをすべて手に入れて、したいことをして、というのは、僕はそもそも嫌いなタイプだったんですよね。でも、年齢とともに、どうしても我慢する部分が減ってきて、ハングリーなところが消えてしまったというか。
村上 そこは僕も反省してます笑
(一同笑)
ーー武田さんには、ここからコンディションをもう一度整えて、回転投法をさらに極めて、来年の日本選手権、そして、オリンピックを目指していっそうご活躍してほしいです。
村上 僕も楽しみにしています。今日はありがとうございました。すごく勉強になりました。
武田 いえ、こちらこそ、たくさんヒントをいただいたので、明日からの練習に取り入れていきたいと思っています。村上さんと話すのも大学のとき以来だったので、すごく楽しかったです。
ーー本日はありがとうございました!
PROFILE
武田歴次さん
TAKEDA REIJI
所属:栃木県スポーツ協会。
身長体重:193センチ、127キロ。
生年月日:1995年5月16日生まれ。
出身地:徳島県美馬市美馬町
学歴:美馬中(徳島)→生光学園高(徳島)→日大文理学部
最高記録:18.64m(2021年)日本歴代3位タイ
中学時代、野球の捕手をしながら陸上に取り組む。3年生の千葉国体で5kg規格で当時の中学記録となる17.31mを記録。このとき身長は180cmを超えていた。高校2年生の岐阜国体で優勝。日本大学入学後は、大学3年、4年とインカレを2連覇。2016年、2017年と日本選手権3位。2019年日本選手権優勝(17.58m)。同年冬にグライド投法から回転投法に挑戦。2020年日本選手権4位。2021年日本選手権優勝(18.64m)。2022年日本選手権13位。
司会・構成 ブリッジワークス