おやすみコラム「気がつけたらまたスタートだ」
思い込みにはふた種類あるそうです。間違った考えのまま決めつけること、または、真実だと信じきること後者はポジティブな方かなと思う。例えば「やれる、やり遂げる事が出来る、大丈夫」そう暗示のように言い聞かせる事が必要な時もあると思う、固く心に決める事、なんだそうです。
では前者はどうか?この場合は、先入観などで決めつけることかなと思う。
私は長らく、自分の家族の事で思い込みをしてきました。その思い込みが私の心の形成にすごく大きく影響してきたと思う。「許せない事だ」そう決めつける事で他の考えを寄せ付けずにいたと思う。そしてその考えの核の部分は私にとって、強いて言うなら「負の要素」のように感じていた部分です。
本来なら、何か困難に陥った時は、痛みを伴って立ち上がる強さが必要なんだと思いますが、私の場合はその「負の要素」が、心の拠り所になっていたのかもしれません。
何か起こるたび、全てはその出来事があったからという言い訳のようなものです。自分が弱い時、過去のその出来事を支えにしてきたのかもしれません。自分に都合良く塗り替える作業です。出来ない事の理由を考えもせず、過去の出来事にすがってきたのかなと思います。楽な方に行っていたのかもしれません。
ところが大人になってから、ふとした事がきっかけで、「負の部分」に、きちんと一度向き合うべき時が訪れました。それは、歩み寄ってみたら、なんだか意外と辛いとも感じませんでした。そして気がつきました。「許せない事だ」と感じていた事は大人になって、実は許せていたのかもしれないと思うようになりました。
それでも、まだ何か自分の中でうまく出来ない時の言い訳にしている自分はいるのです。
ですが、最近になって、実は助けられてきたのだという事を知りました。その許せない「負の根源」であったものに愛されてきたことを実感できたからでした。知ったからでした。
私が「許せない」と決めつけて、見えなかった部分、その事に気がつけた時、私の人生は思い込みで塗り固められていたのだと感じました。
そして、やはり何か許せない過去の出来事を抱えていたならば、その出来事が自分にとっては必要な出来事であったと、受け止めて認める事が、実は今までの人生さえも色づいて見える、スタートの時なんだなあと思いました。
そう思えたら今まで以上に感謝が溢れ、なんだか人生って素晴らしいなあと深く感心しました。
加えて背中を押してくれた人へも感謝がいっぱいになりましたし、私の人生において今まで支えてくれた人達にも感謝が溢れました。
もちろん、実は私の事を愛していてくれた人へも感謝がいっぱいになりました。
それが私の「思い込みが変わったこと」を実感できた出来事です。
うまく伝わるかな。
許せない事も許せる時がきて、その瞬間に人生が素晴らしいと思えるのだ、そう思いました。するとまた今日も明日も、そして未来も過去も心が熱くなるとてもいいものだそんな風に感じて明日を迎えられそうです。
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