ゆれうごくデザイン 〜ビジュアルシンキングがもたらすもの〜
Tangityのデザイナー、ToshiOです。
こんにちは。Hello. 大家好. Hola.
今回は、グラフィックレコーディング/グラフィックファシリテーションといった、いわゆるビジュアルシンキングの手法がデザインプロセスやイノベーティブな営みに活用され始めてきていることについて、一介のビジュアルプラクティショナー(※)として見解を述べてみようと思います。
※ビジュアルプラクティショナー (Visual Practicioner)とは、グラフィックレコーディングやグラフィックファシリテーション、スケッチノーティングを初めとする、視覚化の実践者を指す言葉。シンプルに「グラフィッカー」と呼ばれることもある。
グラフィックレコーディング(グラフィックファシリテーション)の一般的な定義
このような絵をどこかで見たことがあるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。これは「グラフィックレコーディング」によって記録されたものです。
近年国や組織、団体を問わず広く活用されてきている手法であり、その背景を捉えたさまざまな定義があることは承知の上で、ここでは一般的にわかりやすい内容を引用いたします。
ライブ感のあるグラフィック(イラスト、吹き出し、記号等)について、最終的に見栄えよく整えることが大半ですが、グラファシの場合は当時の対話の躍動感を残すために敢えて見た目を整えすぎないこともあります。
飾りじゃないのよグラレコは
議論を可視化した絵は単純に目を引くし、バエるし、このデジタル社会ではバズりやすそうなので、それを主たる目的としてご依頼いただくことも時折あります。
がしかし、それって実はちょっぴり勿体ない。
議論をカラフルに見目良くすること以外にも、ざっくり分けて以下の3つのメリットがあります。これらを知ったうえで業務やプロジェクトに取り入れると、また異なる効果が生まれるかもしれません。
メリット① 話を「面」でとらえることができる
文章で記録されたものは論理的に理解するために最初から読む必要がありますが、グラフィックで一覧化・構造化された場合、それを見る人に理解する順を強制しません。議論や対話の全体像を俯瞰できることで、同時に複数人による認識合わせを行うことも可能となります。
メリット② 話の「現在地」が分かる
議論をしていて、「今なんの話だったっけ?」となった経験のある方も多いのではないでしょうか。議論が白熱したり、関係のない話題が出たり、ひとつ前の論点に戻ってしまったり、要因は数多ありますが、内容がリアルタイムに描き起こされることで、GPSの如く「いま我々はどこにいるのか(何を話しているのか)」をひと目で認識することができます。
しかもそれだけにとどまらず、脇道は脇道として、本筋は本筋として、堂々巡りはぐるぐると、それさえも視覚化されるため、「大通りに戻ろうよ」「面白いアイデアが出そうだからこのまま路地を進もうよ」などというように、議論をコントロールする余地がその場に生まれやすくなります。
メリット③ 思考を客観的に見つめることができる
個人的に筆者がもっとも大事だと思うメリットです。前回の記事で「体験質の外在化」について書きましたが、これと似たような考え方です。
ビジュアルプラクティショナーがグラフィックを用い、議論の参加者の発言や様子を可視化することで、あたかも他者の手によって参加者自身の思考がプロトタイプされたかのような状況が生じます。
ここではいわゆる議事録とは異なり、基本的に発言者は記録されません。立場の上下、年齢、性別その他もろもろ人間を構成する社会的要素はすべて平等になります。
すると衆目の前に晒された「思考のプロトタイプ」は、やがて誰のものでもなくなり、参加者はおのおの好きなようにそれを眺めて考えます。誰々さんの発言だから、などといったバイアスが外れ、議論が回り出します。
「外」に表された思考を「内」に取り込み、また「外」に出す。まさに振り子のように揺れ動く場がそこに生まれるのです。
デザインプロセスへの活用例
社会にひそむ様々なものを可視化していくデザインプロセスは、実はグラレコやグラファシと相性抜群です。実際に筆者のいるプロジェクトでもこれを取り入れたことで議論が活性化したことが少なくありません。
考えうる活用例を3つ挙げてみました。
例① キックオフやチームビルディング時のビジョン・ゴール策定
デザインプロセスを活用したプロジェクトでは、多くのステークホルダーと関わり合うことになります。ステークホルダーが大勢いるということは、その分、社内用語や独自の慣習等々たくさんの「当たり前」が跋扈するということです。それぞれの立場におけるミッションも異なることでしょう。
ここで文字ベース・資料ベースのやり取りをすると「認識や理解が合致するかどうか」に終始してしまいがちですが、グラレコまたはグラファシを取り入れることで「現状はどうか」「どうなっていきたいか」などという対話の場を自然に作り出すことができるのです。
例② アイディエーション全般
アイディエーションをしてみたけれど、いまいち不完全燃焼だったということはありませんか?発言力の大きい人に場が引っ張られたり、何を話しているか分からなくなってしまったり、原因はいろいろと考えられますが、そこで前述のメリット3点を活かしたグラフィックによる可視化が効果を発揮する場合があります。
例③ カスタマージャーニーマップやサービスブループリントの作成
プロダクトやその周縁の現状あるいはあるべき姿を描く時、ステークホルダーらへ個々にヒアリングをして大変に思った経験があるのであれば、手段としてグラフィックを取り入れることを考えてみるのもよいかもしれません。ステークホルダーを集め、模造紙を前に対話していってもらう場を設けることで、そこでひとつのカスタマージャーニーマップあるいはサービスブループリントが作れてしまいます。空いた工数をジャーニーの清書や別のタスクに振り分けることができますし、ステークホルダー間の相互理解も深まるので一石二鳥と言えるでしょう。
光があれば影もある
希望のあることばかり書いて参りましたが、もちろんデメリットもあります。これらを踏まえたうえで、グラレコやグラファシの活用を検討することが肝要です。
デメリット① 「線」で決めるべき場面には向かない
課題の進捗管理や予算決定など、5W1Hをロジカルに話すべき場にグラレコやグラファシは不向きです。責任の所在を明らかにしなければならない場合には、議事録を用いる通常の方法をお勧めします。
デメリット② 場合によっては言語化のプロセスを要する
グラレコやグラファシはその場の雰囲気も含めて絵にすることができるため、一目でどのようなことが話されたのかを理解することができますが、特に前述のようにプロジェクトに取り入れる場合には要注意です。グラフィックに合わせてビジュアルプラクティショナーが文字でその時に話された内容を記載しますが、それでも議事録のように全てを記載するわけではありません。
多くの場合、ある一定のタイミングで参加者が付箋で感想やメモなどをグラフィック上に貼っていくプロセスを設けたり、その場が終了した後にコアメンバーで集まってグラフィックの内容を言語にまとめるプロセスを設ける必要があります。
デメリット③ 偏見が剥き出しになる
本ページ冒頭の「こんにちは。Hello. 大家好. Hola.」について、どのような人物が発言したのかを想像してみてください。脳裏に浮かんだのは鼻の高い欧米人?目の細い東洋人?
私たち人間は生存のためにあらゆる社会的要素を分かりやすくパターン化、記号化してきました。しかしそれがグラフィックとして表現されると、時として暴力的なまでの偏見をあぶり出すことがあります。これは議論の可視化をする方もされる方も意識すべき事柄で、前者に至ってはそうならないよう策を講じている方もいらっしゃると思います。(例えば国籍を可視化したい場合には「国旗」を描く、など。)
しかし、本当に大事なのは偏見を視えなくすることではなく、そのような場面に当たった際に「これで本当にいいのかな?」と新たな対話を引き起こす方へ皆で舵を向けることです。
そのためにもグラフィックがあるのだと言えます。
さいごに
たかが絵。されど絵。
自己の外と内、他者の外と内を「ゆれうごく」ことで物事の本質を捉え、新たな価値を創造することにつながればいいと、そこにグラレコやグラファシがほんの少しでも寄与できたらうれしく思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ToshiO
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