400字の部屋 ♯18 「水 5」
「気は風に乗ずれば散じ、水に界てられれば即ち止まる」運転席のWatが呟いた。Watは場に関係無い事を突然云う癖がある事を、6年間の結婚生活で咲子は知っていた。危ない兆候だ。この癖が出た時、Watは何も考えていない。本当に。波止場に屯する猫達が好き勝手動くのと同じで、ただ本能で云っただけだ。そこに脳の活動は無い。この時の車は正に走る凶器となり、実際過去に人身では無いが車を塀や街路樹に当てて無駄にマイカーを破損していた。本人は自覚していない。病気では無く癖なのだ。そして、統計上Watは走行中にこの癖を発動させた時、ほぼ事故っていた。今は高速道路。冷や汗が出た。止める訳にもいかんし、何とかこっちに帰って来させないと。咲子は慌てて「何それ?何かの古典?」と必要以上に大きな声で云った。「否、風水」「風水?」「うん」「どういう事?」Watは普通だった。咲子は旦那の事が分らなくなっていた。