太い執事などいないのだから。
「執事」という存在を実際に目にしたことはないが、これだけははっきりとわかる。
「太い執事」はきっといないだろう。
もちろんデブ専のオーナーというなら話は別だろうが…。
おそらく執事オーディションのエントリーシートには「体重」の欄があるだろう。大きな個人情報ではあるが、これから誰よりも近くにいる存在を選ぶのだから致し方ないだろう。
いや、業務改善を図るのであれば、そもそも応募資格を○kg以下とする方が効率的かもしれない。
執事は裏方と表方の絶妙なバランス感覚が必要な仕事だ。太いとそれだけで執事としての資質は崩壊する残酷な世界である。
「太い」というただそれだけで自然と目線はそちらへいってしまうし、ひとつひとつの動作をいくらそろりと行っても、発せられる波動はやはり誤魔化しきれず、太い人のそれになってしまう。
また、いくらオーナーが威厳溢れる気高き存在であったとしても「執事が太い」というだけで急激にコミカルな印象を持たれてしまう。
そこを狙って太い執事を雇うというのもひとつだが、得るものに対して失うものが多すぎる。こうしてまた太い人は燃費が悪いとレッテルではなく、ただの事実を述べられてしまうのである。
何が言いたいかというと、太い執事などいないのだから、この太い私を執事のように扱うなということである。
先日も昭和居酒屋的な店で唐揚げにだし巻きがついたランチをたらふく食べた後、駅に向かうため、地下道への入り口ドアを開けた。
すると向こう側から女性が来るのが見えたのでドアを開けて待っていたんだ。よくあることである。
「すいません」と私が持つドアを引き受けてくれるものと思っていた刹那、そいつは一言も発せず、私にドアを開かせたままするりと通り抜けていったのである。
憤慨である、いけ好かない女だ。
正式に執事として雇うことはないくせに、こういう女は原則、太った人を下に見ているため、即席のボランティア執事としては利用してくるのである。
私があと少し腹を空かしていたらへそに溜まった綿埃を投げつけるところだった。
コツコツと歩き去る背中に「太れ」と暗示をかけ、その場を後にした。
またコイツのせいで、太ってしまう。怒りを鎮めるために食ってしまう。
ふとループは簡単に、意図せず回り出すのである。