短編小説【ぼたん】
【1】
着払いで構わないので私に貰えませんか?
『尾野寺です。昨日のオンライン卒業式お疲れ様でした。あの、会えるタイミングが無さそうなのでLINEさせて貰いました。第2ボタンを着払いで構わないので私に貰えませんか?可能なら住所、送ります。』
クラスメイト…というか、つい昨日までクラスメイトだった尾野寺さくらさんからの急なLINEは何度読んでも僕には理解ができなかった。
何故、僕のLINEを知っている。
何故、僕なんかの第2ボタンが欲しいのだ。
何故、何故、着払いなのだ。
尾野寺さんとは高校三年間、同じクラスだった。確か、演劇部に入っていて文化祭でお芝居をしていた。演技をしている尾野寺さんは綺麗というか格好良かった。きっと学校中にファンがいると思う。
僕はこの高校三年間に恋愛どころか、女子とLINEをしたことなんて業務的な時にしかないから何て返せば良いのかわからなくて戸惑った。
自分の部屋をグルリと見回した。答えが書いているわけもなく、彼女のLINEの意味を知りたければ返信するしかない。
『尾野寺さん、オンライン卒業式、お疲れ様でした。森山豊です。僕へのメッセージで合ってますか?』と震えながら送信ボタンを押してメッセージを送ったら『合ってますよっ笑』とすぐに返ってきた。
『尾野寺さん、すみません、LINE交換してましたっけ?』
『あ!Let's Go 京都からです!』
『あぁ!Let's Go 京都!』
高校生活最後の一年はコロナによって、普通で凡庸で在り来たりな高校生である僕の生活は普通でも凡庸でも在り来たりでもない一年に変えられてしまった。
修学旅行のためにクラスの連中が作った【Let's Go 京都】というグループLINEがある。連絡網的な役割のグループLINE。僕は読む専門で参加していた。
クラスの連中の期待は見事に裏切られ、修学旅行は中止になった。
『そうか、グループLINEから個人LINEに連絡出来るんですね。』
『そうですよー。あ、第2ボタン着払いどう??』
『あ、いや、ごめんなさい。着払いで送るのはよくわからないです。』
『え、あ、もう誰かにあげちゃいましたか?これからあげる?』
『あ、その予定はないんですけど。着払いで送る理由がよくわからなくて。別に直接渡せば良いかなって。』
『!』
!とだけ送られてきた。
どう返せば良いのかわからないで困っていると直ぐにメッセージが追ってきた。
『あの、じゃあ、明日、部室に用事あるんで学校に行くんです。校舎裏に12:00にどうですか?』
『あ、了解です。』
僕はなんだかわからないまま、業務的に返信した。それじゃあ、明日楽しみにしてますねというメッセージとチップとデールのスタンプが送られてきた。
これはなんなのだろう。
とりあえず、第2ボタンがどういう風に制服についているのか確認した。
【2】
歌っても歌わなくてもダサいなら
僕達の卒業式は例年通りに行われる事はなかった。修学旅行とは違い、中止ではなくオンライン卒業式という形で行われた。
オンライン卒業式なんて、誰もやった事がないのだから仕方ないのだけれども、それはそれはひどいものだった。
zoomを使って校長やお偉いさん達の説教生配信スペシャルを自宅で制服に着替えて見せられたなというのが本音だ。
「卒業式が終わっても三月三十一日までは君達が何か悪さをしたら、我が校に連絡が来ます。卒業式が終わって緩む人が多いけれど三月末までは高校生です。」という生活指導の先生の言葉は誰のための言葉なのか僕にはわからなかった。少なくとも祝いの言葉には感じられなかった。
翼をくださいをzoomを使って卒業生の皆で合唱した。
明らかに歌っていない奴が多かった。僕は何となくしっかり歌った。歌っても歌わなくてもダサいなら歌ってダサい方が自分に後で言い訳が立つ。行事事を進んでやる方ではないけれど、与えられたパートは真面目にやりたいなと思う。
そんな一昨日の事を校舎裏で、ピクニックを飲みながら考えていた。
「あ、こんにちはぁ。」
後ろから声をかけられた。尾野寺さんだった。
「あ。あ。どうも。こんにちは。」
「わざわざ来てくれてありがとう。」
「あ、別に。暇だから。大丈夫。」
何を話せばいいのか、わからない。
「部室に置きっぱなしにしていた小道具とか取りに来たの。」
「あ。そうなんだ。」
「わ!ピクニックのヨーグルト味だぁ、美味しいよね。」
「あ。うん。学校の自販機だとこれ買っちゃい、ます。」
「わかるー。私も最後だし、後で買おうかなぁ。」
「あ、あの。これ。」
僕は第2ボタンが入った小さなビニル袋を尾野寺さんに渡した。何故か。尾野寺さんは笑った。
「え?なんで、笑うの?おかしい?」
「あはは。ごめんなさいっ。なんだろ、私ね、改まった雰囲気でね、女の子が第2ボタン下さいって言って、男の子がいいよって言ってくれて制服に付いているのを外してくれてさ、第2ボタンって貰うのかなぁって勝手に思ってたのね。あー。そっか。うんうん。ちゃんと袋にいれてくれたんだね。ありがとうございます。」
尾野寺さんは両手で袋を受け取ってくれた。
「一応。」
「一応?」
「洗っておいたから。」
「なんでー」と言いながら、何故かまた尾野寺さんは笑った。どうなんだろ、洗わない方が言い様な気もするし、んーどうなんだろうねぇと言いながら尾野寺さんはお腹を抱えて笑っている。
「ごめん。」
「謝らないでー。全然悪いことしてないじゃん。私こそ笑っちゃったぁ。ごめんね。」
「あのさ。ほとんど話した事ない…よね。」
「んー?そうだねぇ。」
「なんで、その、僕の第2ボタン欲しいと思ったの?」
勇気を出して。聞いた。
「あ。うん。三年間、同じクラスだったの森山くんだけだから男子。」
「そ、それだけ?」
「あ、んー。私、今まで人を好きになった事ないの。」
なんだかフラれた。何かが終わった。そんな気がした。なんとか「そうなんだ。」と言えた。
彼女は続ける。
「恋愛ドラマとか観てもね、ピンと来ないの。クラスの皆も誰から第2ボタン貰うかとかで盛り上がってたんだ。でも、私、話に全然入れなくて。」
なんだか悔しそうにそう言う尾野寺さんを僕は眺めていた。思っていたより小柄なんだなと思って、尾野寺さんの事を何も知らないんだと気がついた。
「聞いてる?」
「あ。あぁ。うん。」
「演劇やっててね。恋愛とかはどうしても避けられないでしょ。これからも役者続けたいから、経験してみたいの。恋愛。」
「そう…か。」
「ずっと部活ばっかりしてきたから、さっぱりで。高校生のうちにするベタな恋愛しとかないと駄目な気がして。でも全然出来ないままに卒業式になっちゃって。」
「あぁ。なんか、それは。」
「だからぁ第2ボタン下さい!っていうのだけはね、最後だからしてみたかったの。何か恋愛!って感覚を味わえるかなぁって。」
「あぁ。なんか。思ってたのと違ったね。ごめん。」
「んーん。私も着払いで下さいとか言っちゃったし。」
「そうだ。あれはなに?」
「あ、それはただ森山くんに手間とらせたくなくて。でもね、どうLINEすればいいかわからなくて。」
「だからって第2ボタンを着払いで貰う恋愛ってなんだよ。」
なんとなく。二人で笑えた。
「二人とも下手っぴだね。ねぇ、本当にボタン、貰っていい?」
「あぁ。うん。」
「…もうひとつ、ワガママ言って良いですか?」
尾野寺さんが文化祭で観たお芝居の時のような。真面目な迫力のある表情になり、声は少し低くゆっくりとなった。
「あ。え?」
「オンライン卒業式で生活指導の先生が三月三十一日までは高校生だー!って言ってたんです。」
「あぁ。はい。」
「高校生の恋愛でしそうなこと三月三十一日までに出来るだけやってみませんか?良かったら、高校生の間だけ私と付き合ってください。」
「あ、えっと。はい、了解です。」
僕はなんだかわからないまま、業務的に返事をした。
「わー!きゃー!Let's Go!高校生の恋愛ー!!」
尾野寺さんがLet's Goと言っておおはしゃぎしているその時、僕の意識もどこかに行ってしまいそうだった。
【3】
高校生のうちに
それから僕らは学食で【高校生の恋愛でやりそうなことリスト】を二人で思い付く限り書き出していった。学食を異性と食べたのが初めてだったから、周りをキョロキョロみたけれど、春休みだから誰もいないよーと尾野寺さんは笑った。
二人で書き出した事を僕達は高校生のうちに、三年間を取り戻そうと片っ端からしていった。
最初に尾野寺さんがリストに書いた【下の名前で呼ぶ】はとてもハードルが高かった。『そっかぁ。んー。じゃあLINEでなら、下の名前で呼べる?』と尾野寺さんが言うけれど指が不思議と動かない。『少しずつでいいよーゆた君』と尾野寺さんはメッセージをくれた。いつからか僕をゆた君と呼ぶようになっていた。
【クレープかタピオカを制服で食べてみたい】はすぐに叶える事が出来た。特に買い食いを校則でも禁止されていないから二人で集まって買いに行った。タピオカを飲むにはまだ肌寒かった。流行っていた時だったらめちゃくちゃ並ばなきゃだったのにすぐ買えたねとさくらさんは笑った。その日はそれだけで帰った。
【寝落ちするまでLINEで電話する】はお互い中々寝れないまま、朝が来た。
【映画を観に行きたい】と【手を繋ぐ】と【びっくりドンキーに行く】を同時に叶えられた日に「最近、時々だけど。さくらさんって呼んでくれてありがとー。」と言われた。僕もありがとうと言ったら笑われた。エヴァはよく知らないけれど面白かったよーまた映画いこうねと言ってくれた。
帰りに薦めてくれた映画、愛のむきだしがアマプラにあったから僕も観た。
【相手の好きな映画を観る】はしてみたけれど、さくらさんの好きな映画は僕には難しくて解らなかった。『良くわからないけれど、面白かった』とLINEしたら『観てくれて、ありがとー良くわからないよね笑』と返ってきた。
【ディズニーランドにチップとデールに会いに行く】はお金もないし、密だからということでまたにしようとなった。
【朝、おはようLINEをする】は面倒かなと思ったが楽しかった。おやすみなさいLINEはいらないの?と聞くと「それはさみしいから」と言われた。
【プレゼント交換をする】は高校生の恋愛でしそうな事リストを作って一週間の記念日にやってみた。ヴィレッジヴァンガードというお店の中で千円以内でプレゼントを選ぶと言うことになった。僕は好きな漫画を二冊あげた。さくらさんは腕時計をくれた。「ふふ。これでもう待ち合わせ遅刻しちゃ駄目だよー似合ってたよー」とLINEが来た。
【プリクラをとる】をした。【ぬいぐるみをとる】は店員さんがいなかったら無理だった。
【2人乗りを制服でする】は見つかったらヤバイので、夕方から夜になるぐらいにあまり人がいない坂を探してやってみた。春の風の匂いがして気持ちが良かった。
少しずつ暖かくなって、桜が咲いてきた。僕達はもうすぐ高校生でなくなる。幾つか叶えられなかったけれどリストを沢山埋めることが出来た頃だった。
さくらさんからLINEで【学校から一緒に待ち合わせて帰る】を三月三十一日にしたいと送ってきた。
校門前に下校時間にわざと制服で集まった。
三年間通い続けた道。この道を歩くのも、もう最後なんだなぁと思った。たわいない話をしながら帰っていると、ずっと三年間こうだったように思えてきた。
さくらさんが公園に寄ろうかと言った。
公園の桜の木には花がちゃんと咲いていた。一緒にみたかったのとさくらさんが笑顔で。言った。
嫌な。予感がした。
僕達は高校生の恋愛でしそうな事リストの一番下。最後に書いた【卒業しても付き合うか真面目に話す】を公園のベンチですることになった。
僕はとても楽しいから、続けたいと、言った。言えた。
さくらさんは少し黙って。それから。淡々と話してくれた。
「恋愛と言うものが解らないでいたのは本当で卒業式から今日まで、楽しかった。」
「実はオンライン卒業式の時に真面目に翼をくださいを歌っているのをなんだかいいなと思って、気になってLINEをした。」
「ワガママに付き合ってくれて、ありがとう。でも自分は役者にならなきゃいけないから、あまり会えなくなるから。ごめんね。さようなら。ゆた君。」と。
僕は黙ってそれを聞いていた。
永く永く感じた。けれど空の色は変わっていないから。そんなに長い時間は経ってないのかなとどこか冷静だった。
「あ。えっと。はい、了解です。」
僕はベンチから立ち上がりながら、そう言った。
高校の卒業式の二日後に始まった初恋は三月三十一日に終わってしまった。
帰り道、一人で歩く、空は青。
【4】
Let's Go 京都
「京都にやっと来れたねぇ。お鍋まだかなぁ。猪食べるの初めてー。ぼたん鍋ー。ぼたん鍋ー。最高。日本酒もみて大吟醸だってー。」とさくらさんがはしゃぎながら僕のお猪口にお酒を注いでくれる。
「おっとっと。高校の修学旅行中止で来れなかったのがもう五年も前か。早いなぁ。」
二人して日本酒なんて呑めないくせに、京都の旅館なんだから折角ということで見様見真似で嗜んでみる。
「私が映画の撮影で京都に来たから来れたんだからねぇ。」
浴衣姿のさくらさんが自慢げに言う。
「わかってるよ、ありがとう。」
「高校の頃かぁ。なつかしいなぁ。ねぇ。覚えてる?」
「リスト?」
「わぁ!なんで聞くことがなにかわかったの?覚えてるんだ!」
「…覚えてよ。そりゃ。」
「あ。ごめん。まだ怒ってる?最後の最後に【カップルYouTuberがやりがちなお別れドッキリを仕掛けて仲直りイチャイチャをするやつ】をしたの。」
「…怒ってない。」
「怒ってるじゃん!まぁ。うん。リストに書かずにやった私が悪いけどね。三月三十一日の最後の最後にやったらなぁ。ごめんね。今でも反省してます。」
「本当に怒ってないよ。でも、あの時、めちゃくちゃ悲しくて。頭が真っ白になった。」
「私も。ゆた君に了解ですって言われて。え、嫌だって思った。スタスタ歩いていっちゃうんだもん。ごめんごめん!嘘!って言っても止まってくれなくてさぁ。」
「全然それ聞こえてないから。信じちゃったから。役者さんの演技はすごいよ!」
「えへへー。」
「誉めてないからね!」
二人で。少し。笑った。
グツグツ。グツグツグツグツ。
「お。もう食べられるんじゃない?」
「食べよー。あ、お互いめっちゃ謝りながら泣きながらチューしたよねぇ。初チュー。」
「やめろ、ばか。はい。」
ぼたん鍋をよそって、さくらさんに渡した。
「ん!美味しい!このぼたん鍋セットね、冷凍で送れるんだってー!うちの親にもー、お義母さん達にも着払いで送っても良い?」
「それは送料負担しようか。」と僕が言うと「あ、はい、了解ですっ!」とさくらさんが言った。