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短編小説【瓶と紙とペン】
【1】
瓶と紙とペン
この瓶を貴方が拾い上げて、瓶から手紙を取り出してくれた時に文字が滲んでしまっていたり、濁ってしまったりしていない事を願います。
この瓶を拾い上げてくれて、ありがとう。
私の身勝手な想いと言葉の連なりにどうか、貴方の貴重な御時間を少しばかり、お譲り下さい。
この島に来たのは確か、一年ほど前ではないかと思います。
どういう経緯で私がここに来たのかは覚えておりません。何よりもそんな事はどうでも良いのです。
この島には誰もおりません。
私しか居ません。
あるのは瓶と紙とペン。
私は一年前、この島へと来る前に全てを失いました。
仕事を失い、お金は底をつき、恋人には愛想を尽かされて、挙げ句に友を私は裏切ってしまいました。
何よりも私自身が私自身を放棄して、ここから消えてなくなりたいと思っていたのです。
消えたい、死にたい夜は、朝や昼にも侵食してきました。
味も匂いも、上も下もない世界に自我だけが浮遊している。
自分を眺めて日々を暮らしていたのです。
過去に覆われ、未来は来ないモノだと信じきってしまった私には【今】などはなく、始まりも終わりもない場所をグルグルグルグルとしておりました。
なにもない。誰もいない。いつからか、この島に一人でいると言う事が心地好いとすら思っていたと思います。
急に誰にも会えなくなった。
それがちょうど良いとすら感じた。
私は島のコテージで瓶と紙とペンを見つけました。
私は瓶と紙とペン以外にもう一つだけ、持っておりました。
それは身体の中を這いずり回り、蠢いているグルグルグルグルとしているモノです。
その正体に向き合うための時間だけはいくらでも在りましたから、八つ当り、言葉に変えて、替えて、代えて、無我夢中で言葉を紙に書き殴りました。
殴っているのか、殴られているのかすら、わかりませんでしたが、少しずつ心の痛覚の様なモノを思い出していきました。
「嗚呼、痛いなぁ。」と笑いました。
痛いことすら嬉しく感じたのを覚えています。
そうか。自分はこんなことを考えていたのだと。
ナニが好きで、ナニが嫌いかを覚えていたいと思いました。できる限り、正確に。
紙には、詩なのか、物語なのか、エッセイなのか。なんだかわからない、言葉の連なりが生まれてきました。
自分の指先から生まれる言葉達と出会いながら、私は私に出会い、慰め、讃えあい、励まし、罵り、傍観し、寄り添って、受け止めて、自分の心の形を理解する日々を進み始めました。
どの感情も言葉も道具であり、善悪は別のところにある。
嗚呼、そうだ。言葉にずっと生かされてきたのだと思い出しました。
私は言葉で世界を捉えてきたのだ。
誰もいないこの島で、言葉を書く事が私の幸せになっていきました。
しかし、強欲。
誰かに読んでもらいたい。
あんなに独りでいたいと逃げ込んだくせに。この島に居ながらにして、他者を求める自分への軽蔑。
それを越える【感想を欲しい】と思う自分の無邪気さや【ちゃんと形にしたい】という夢に気がつきました。
閉ざしてきた自分が、世界と拗れた形ではあるけれども関わろうとしている事に驚きながら、瓶に言葉を詰めて。海に投げました。
海に投げることが出来ただけで、自分の中で何か進んだようで少し嬉しかった。
「これは小説なんだ。小説を書こう。小説を書いてるんだ」と思うことにしました。そうしなければ【小説】は書けません。私が小説だと思って書いて、これは小説ですと言って読んで貰わなければ駄目だと思いました。
私のようなヒトや私の憧れのようなヒトが言葉の上で暮らしているだけで救われる。私も暮らしていっていいんだと。
こんな瓶、誰も拾ってくれないかもしれないのに、それから、少しずつ、少しずつ、言葉達は誰かに読まれるための言葉に変わっていったのだから不思議なものです。
それから毎月、毎月。瓶を投げました。
ある時、浜辺で私は瓶を拾いました。嗚呼、自分が投げた瓶が波に戻されてしまったのかと思って拾い上げると瓶には私の持っている紙とは違う紙が入っておりました。私ではない誰かの言葉が書かれていたのです。
私の投げた言葉への感想というかコメントというかアドバイスのようなそれでした。私は少し喜び、少し腹を立て、少し温かくなりました。
それからも私は瓶を投げました。
少しずつ、浜辺に流れ着く瓶詰めの言葉達は増えていきました。
顔も知らない何者か達と交わすコミュニケーションは不気味で不躾で下品で上品でした。
出来るだけ遠くに遠くに投げました。どこになのかわかりませんが届け届けと祈りながら投げました。
物語は作るだけでは仕方ありません。誰かが読んで、聞いて、初めて完成するのです。
それは人も同じなのかもしれません。
ある時、島に独りでいることを寂しく思っている自分に気が付きました。
自分と誰かの間に初めて、やっと、自分の存在があるのです。
そう、気が付きました。
私はもう少し、この島で言葉を編んで、瓶に詰めて、海に投げていようと思います。それが私の今なのです。
最後まで読んでくれて、見つけてくれて、有り難う。
親愛なる見知らぬ貴方へ。
【2】
ビン詰めの孤独
「固い!かったいな!この瓶!開っかねぇ!なっんだよぉ!何か紙入ってんのによぉ!え?いや、固いんだよ?だろ?んっだよ!強く絞めすぎだろ!そう、何か入ってんのよ!え?金かも知れないじゃん!え?向き?あ!向きか!でも、回す向きこっちよな?合ってる合ってる合ってるわぁ!んだよーもう!!」