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水滴のすべて

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一般社団法人officeドーナツトーク代表の田中俊英は趣味で小説を書いており、これまで短編集と中編集を1冊ずつ書きました。いずれも本noteに掲載しています(短編集はリアル単行本…
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記事一覧

水滴のすべて chapter one

1.ひかる 昨夜がんばって設営したこのテントの床というか、いやテントの場合、床じゃないなあ、なんていうんだろ、こんな時ヒカリがいてくれたらすぐに答えてくれるんだけど、僕のボキャブラリーの貧困さといったら、ここフジロックの苗場でも笑うしかないよ。 2回目のフジロックも僕は旅館には泊まらずテントを選んだ。昨日僕を車で運んでくれたあの人たちのテントがどこにあるのか、もはや僕にはわからない。やっぱりヒカリとくればよかったかなあ。けど、僕の中のゴーストが、今回もひとりで行けって囁く

水滴のすべて chapter two

7.反射する衛星 祖母のアキラが住んでいたのは本当にひかるやヒカリが住む京都の白川通の、浄土寺あたりだった。近くに真如堂という地味な寺があり、 白川通りから真如堂に上がる坂の途中に、その古い古い2階建ての民家があった。 ひかるは一度自分の部屋に荷物を置きに帰ることができるほど、アキラはほんとうに近所に住んでいた。 ヒカリもひかるの近所のワンルームに住んでいたから、祖母のアキラとは歩いていける距離に我々は住んでいたのだった。 荷物を置きに自分の部屋に一度帰ったヒカリは、

水滴のすべて chapter three

12.恋は終わらないひかるの母は光瑠という名だった。読みはひかると同じだったので、彼はよく自分の父母に、 「別の名前にしてほしかったなあ」 と愚痴をこぼしていた。そう言われと父は、 「ドリーファンクジュニアみたいでいいだろう?」と、昔全日本プロレスによく来日していたプロレスラーの名前をあげて笑った。 ママの光瑠は、 「あら、わたしは気に入っているのよ」と言って、これまた笑った。「宇多田のファンだし」 そんな父母はいつもオプティミズムとともにあった。それは、父が癌で

水滴のすべて chapter four

18.もしあなたが雨ならば 死んだあと幽霊になったひかるの父は、そういえば生きていた頃、自分の名前は水星(みずほし)だったことを思い出した。 水星の意識は今は月の裏全体に広がり、そこからなぜか感じてしまう地球の妻と息子の息遣いに身を委ねていた。 そのふたりの息遣いは、時として絶望になることがあった。長く看護していた患者が死んだ時、妻の感情は黒くなり、息も重くなった。そんな時妻は、死んだ自分(水星)を思い出しているようだった。 息子のひかるも、時々、絶望に落ちることがあ