台湾と日本のルポライターによる協業——台湾在住エンターテイナー・馬場克樹さんの推薦の言葉
台湾ルポライターとして現代台湾社会の光と影を浮き彫りにしてこられた田中美帆さんが、ローズさんこと、陳柔縉さんの時代小説『大港的女兒』の翻訳書『高雄港の娘』を春秋社から上梓され、文学翻訳家としてデビューされました。田中さんの記事には何度となく啓発を受け、ローズさんの作品を愛読してきた私としても、この上なく嬉しいことです。
歴史的社会的事象への精緻な観察を生業とするルポライターの田中さんが翻訳を務められたことで、この作品は同じくルポライターであるローズさんとの、日本と台湾の二人の同業者による貴重なコラボレーションともなりました。『高雄港の娘』は時代小説、歴史小説に分類されますが、実在した人物の物語を下敷きとしたノンフィクションノベルでもあります。田中さんはルポライターとしての本領を発揮されつつ、原作の意図を丁寧に汲み取ったクオリティの高い二次創作を実現させました。原作の台湾語のセリフの部分を田中さんの故郷の愛媛方言で処理されているのもその一つの例で、大変面白い試みだと感じました。
『高雄港の娘』は、日本統治時代の台湾を皮切りに、戦後の国民党政府による台湾統治の開始と戒厳令時代、高度経済成長期の日本を経て、台湾の民主化から現代までの歴史を背景に物語は進んでいきます。高雄港で生まれ育った主人公の孫愛雪は、こうした大きな時代に翻弄されながらもたくましく生き抜いていきます。この愛雪のモデルとなったのは、日本在住の台湾華僑として自らは社長業を務めるかたわら、「世界台湾同郷会聯合会」の初代会長だった夫の郭榮桔さんの活動も支え続けた郭孫雪娥さんです。雪娥さんの生き様を投影させた主人公の愛雪に、連続テレビ小説や大河ドラマのヒロインを重ね合わせた読者は、きっと私だけではないと思います。
ところで、私は原作者のローズさんとは面識がありません。私とローズさんとの接点とかろうじて言えるのは、台湾在住の作家でメディアコーディネーターの青木由香さんから、青木さんの最初のご著作にしてベストセラーの『奇怪ね』を出版することになったきっかけが、ローズさんの一言だったと折に触れて聞いていたことと、私の自宅の本棚にローズさんのご著作の翻訳作品『日本統治時代の台湾』(天野健太郎訳、PHP)が愛読書として鎮座していることぐらいです。ローズさんとはいつか会いたい、会えるだろうと思っていたのですが、三年前に交通事故で他界されてしまい、今生でお会いする機会は失われてしまいました。本当に残念でなりません。『高雄港の娘』の原作の『大港的女兒』は、ローズさんの初めての小説にして遺作となってしまいました。それでも、自分の作品が日本でも出版されたことで、天の上のローズさんもきっと喜んでいらっしゃることと思います。
『高雄港の娘』は、私が知らなかった、あるいはおぼろげに理解していた台湾史の一面を見事に可視化してくれました。台湾の今の姿がなぜあるのか、またそれが日本統治時代とどのように繋がっているのか、一つの答えがこの小説には書かれています。そして、どんな困難に直面しようと、前を向いて歩み続ける愛雪の生き方は、日本と台湾の狭間に立って生きている自分にとっても、未来を照らす道標となってくれました。田中美帆さんの丹念なお仕事ぶりにも敬意を禁じ得ません。『高雄港の娘』が、日本で多くの読者に恵まれることを念じております。また、いつかこの作品が、舞台や映画やドラマの形で再創作される日が来ることも、演劇の世界にも身を置く者として密かに楽しみにしております。(了)