日本語世代の記憶を語り継ぐ——台湾在住ライター兼コーディネーター・片倉真理さん
私が台湾に暮らし始め、25年の時が経つ。この間、日本統治時代に生まれ育った、いわゆる「日本語世代」と呼ばれる人々に出会うご縁をいただいている。小学校や女学校の同窓会などにもお邪魔し、当時の暮らしぶりや現在についてお話をうかがっている。
中でも、本作「高雄港の娘」の主人公である孫愛雪女史のように、日本語を常用する「国語家庭」で生まれ育った人々の話は貴重だ。日本統治時代にエリート層として育った彼らは日本語で暮らし、日本語で考え、日本語で思いを表現する。時には、大人になってから覚えた中国語や台湾語よりも日本語のほうが流暢なことも少なくない。
ある時、何かの会合で「終活」が話題になった。その際、「遺書は何語で書けばよいのでしょうかね。日本語で書いても子供や孫は分かりませんから」と悩みを口にした方がいた。ある時は「中国語しか話せない孫に、『おばあちゃんは学校で勉強をしなかったの?』と言われたことがある」と苦笑する方もいた。ちなみに、その方は和歌をたしなむ女学校出の才女である。
日本語世代の人々が戦後に味わった苦難の道のり。それは想像の域を超えたものがある。敗戦によって日本は去り、中華民国政府が台湾の統治者となった。公用語は中国語となり、政策上、日本の匂いがするものは排除されていった。徹底した言論統制の下、人々は思いを口にすることもできず、自分たちの生きてきた時代を語り継ぐことすらできなかった。日本語世代と戦後生まれの世代の間にはギャップが生じ、それは想像以上に大きなものとなっている。
こうした歴史的背景をもつ台湾で、丹念に日本統治時代の人々の姿を掘り起こしてきたのが作者、陳柔縉さんだ。これまで数多くのノンフィクションを手がけてきたが、本作は初の小説である。このスタイルを選ぶことで、データや資料では見えてこない日本語世代の生き様がより鮮明に浮かび上がっている。時代の荒波に揉まれながらも、凛として、そして力強く生きた愛雪や彼女を取り巻く人々の姿。それは、これまで私が出会ってきた日本語世代の人々の姿に重なっているように思えてならない。
一方、いわゆる「良妻賢母」の教育を受けながらも、「職業婦人」として生きる道を選んだ愛雪の姿は、現代女性へのエールでもある。特に戦後に日本に居を移してからのチャレンジ精神とたくましさには圧倒される。そして、がむしゃらに生きるその姿と根底にある祖国・台湾への思い。その深さと強さは私たちの心を強く揺さぶる。
末筆ながら、この物語を世に送り出した陳柔縉さん、全身全霊で翻訳を手がけた田中美帆さん、そして日本語版の出版に尽力されたすべての方に、在住邦人のひとりとして敬意と感謝の意を表したい。日本語世代が次々と天国に旅立っていく今、一人でも多くの方が彼らの生きた時代と歴史を知るきっかけになることを願ってやまない。「台湾の歴史に触れてみたい」という人に真っ先におすすめしたい一冊である。