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混入した癒し ー 『CURE』

 素朴に、かなり面白かった。映画を構成するあらゆる要素が観客を飽きさせない美しさと緊張感を宿しており、サスペンス・ホラー物として実に上質だと感じた。複数の全く面識のない、良識ある人々が突如として同じ手口で殺人を犯すという引き込まれる出だしから、その黒幕が意外にあっさり捕まり、しかも捕まった後で更なる凶行に走るという中盤以降まで観客を飽きさせないストーリー。萩原聖人演じる色っぽさと悍ましさがムンムンの”殺人
伝道師”と、役所広司演じる外面的には完璧だが危うさが内からにじみ出ている刑事の鍔競り合うような力関係。刑事(とそれを観察する私たち)の心を的確にむしばむ巧妙に不快な音響。粘っこくかつ的確に物事の推移を捉え切る長回しの連続で観客を容易に安心させない撮影。以上、全ての要素が客観的に見て上質だと思うし、自分の好みでもあった。
 なかでも一点、特筆すべきは、この映画の恐ろしさが見終わったらそれまでの一過性のものではなく、ある種の永続性を持ったものだということだ。この映画では誰しもの心の奥底に潜んでいる殺人衝動を催眠によってほじくり出す”伝道師”が恐怖の対象であるが、作中でその伝道師の催眠現場に観客として居合わせた私たちもまた、同じく殺意をほじくり出されてしまったのではないか、という嫌な感触がべっとりと残るのだ。
 さらに、結末ではその伝道師をついに抹殺した刑事が、なんとその能力と意志を受け継いで次なる殺人伝道師となったことが示唆されて終わる。しかも、刑事はそれまでの追い詰められ様とは打って変わって健やかな表情をしているのだ。そのような風体で他人の殺意を誘発する伝道師が、私たちの街に潜んでいて、いつか自分の信頼を寄せる人に殺されるかもしれない…。もちろんそんなことを本気で考えはしないが、ただそんな冷え冷えした妄想を
誘発するほどにはこの映画のリアリティと描写力は高いものであり、まさにそれこそが、こんなにも嫌な心地にさせられるにもかかわらず同時にどこか癒されたような、あの奇妙な感覚を観客にもたらすのだ。

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