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桐野夏生「天使に見捨てられた夜」読書感想文

受刑中に再読。
あの独房で読む本というは、娑婆で同じ本を読んでいたとしても、心の染みかたが全然ちがう。
不思議に心の中に残る。


この本のきっかけ

今までに、4度目か5度かは読み返している。
初めて読んだのは27歳。
初めて拘置所に3ヶ月だけ入ったとき。
そのときの年上の彼女が、最初に差し入れてくれた本。

彼女がこの本を選んだ意図は、なんだったのだろう?
自分が仕事をしていた新宿が出てくるからか?
彼女が住んでいた西葛西がラストで出てくるからか?

読み返すたびに、どこかで考える。

登場人物

村野ミロ

33歳。
2年前に夫が自殺して、広告代理店を退職。
父が営んでいた「村野善三調査探偵事務所」を継ぐ。
新宿2丁目のマンションが自宅兼事務所で、スタッフもなく1人で運営している。
ある日、渡辺房江から「一色リナ」を探して欲しいという依頼を受ける。

村野善三

ミロの父親。
現在は探偵業を引退して、北海道で独り暮らし。
上京して、ミロの調査を手伝い、アドバイスもする。

渡辺房江

エネルギッシュな40代半ば。
神保町でフェミニズム系の出版社を個人経営している。
「アダルトビデオの人権を考える会」を主宰する。
AVメーカーを訴えるために、出演者の「一色リナ」を探している。
が、ビル屋上から転落死する。

八田牧子

35歳。
お菓子研究家として知られる。
大手ゼネコンの次期社長夫人として田園調布に住み、名流の態度と物腰を身に付けている。
資産家の鳴滝家の娘として育った彼女だったが、14歳のころ、ファンであったミュージシャンの富永洋平に妊娠させられる。
渡辺房江の大口支援者でもある。

富永洋平

過去、人気があったブルースバンドのボーカル。
愛称トミー。
落ちぶれた富永は、突然に現れた岩崎雪江から娘と名乗られてよろこぶ。
で、八田牧子に接触して絞殺される。

岩崎雪江

八田牧子と富永洋平の隠し子。
山川雪江として仙台の養護施設で育つ。
本当の母親を知らされた雪江だったが拒絶され、その後にレイ○AVに「一色リナ」の名前で出演。
のち、自○ビデオを自撮りして入院。
転居元にゴミとして出されていた “ 雨の化石 ” を入れたキャンディーの瓶が身元特定の手がかりとなる。

山川寿恵子

山川雪江の戸籍上の母親。
八田牧子の実家の鳴滝家のお手伝いとして働いているときに、大金を渡されて母親となるように頼まれたのだった。
その金を元に、地元の仙台でスナックを開く。
邪魔になった山川雪江は、養護施設に預けられた。

岩崎浩

山川雪江が養護施設を出て就職する際の保証人。
中学教師で保護者の役割も務める。
 “ 雨の化石 ” の話をした雪江に感銘を受け、やがて女として愛情を持ち関係を持つに至る。
周囲に知られて、職を辞め、離婚となって、雪江と2人で上京して生活をはじめる。
 “ 雨の化石 ” から、岩崎浩、岩崎雪江と居所が判明する。

八代

AVメーカー・クリエイト映像の社長。
原宿に自社ビルを持つ。
「一色リナ」が出演しているAVに人権問題があるとして、渡辺の追及を受けている。
富永洋平とは友人の関係で「一色リナ」の正体は隠す。
調査で訪れたミロとは、半ば強引に肉体関係を持つ。

友部秋彦

「トモさん」と呼ぶ隣人。
2丁目でゲイバーを営んでいるし、同性愛者でもある。
ミロの仕事を手伝う。
車も貸してくれる。

多和田弁護士

ミロに裁判資料の調査依頼をする弁護士。
渡辺房江の大学時代の友人。

三沢

歌舞伎町のホスト。
岩崎雪江と知り合い同棲。
AVにも出演させる。
“ 雨の化石 ” を入れたキャンディーの瓶は、三沢が出したゴミから発見される。

桐野夏生の好きな4冊

この小説の主人公の村野ミロが登場するのは「顔に降りかかる雨」が1作目で、この「天使に見捨てられた夜」が2作目となる。
どっちから読んでもしっくりくる。

ローズガーデン」は、村野ミロの自殺した夫が出てくる。
水の眠り 灰の夢」は、村野ミロの父親、村野善三の若い頃の物語。

この4作が好き。

読感

読み終えた直後の感想

しみじみする。
なんでだろう?
あらすじも全部わかっているのによかった。
書かれた時代背景は、1990年代前半。
もう30年ほども前のことになるのに、携帯もなければ、ネット環境もないのに、そんなのは気にならない。
ミロの行動力だけが迫ってくる。

いちばん好きな場面

まず、渡辺から「一色リナ」を探してほしいと依頼を受けて、ぜったいにムリだ・・・とため息をつく冒頭の場面。
「人助けだと思って安くしてください」と、調査料は2週間で15万、プラス経費と大幅に値切られている。
でも、これを断ればコンビニでバイトをしなければ、と心の中で計算をする。
2週間後のクリスマスから正月までを、ゆっくりと過ごすためのお金も必要だし、と悩む。

この出だしがいい。

まだ「1億総中流」も「年功序列」も「終身雇用」も当たり前だった1990年代前半で、この零細自営業者のリアル感。
表紙には女流ハードボイルドとあるが、そんなイメージとは大きくズレるのを予感させる。

あまりにも完璧な主人公なんて、天才な探偵なんて、読む前から飽きてしまうではないか?

冬に読んだほうがいい小説かも

12月の雨が降る日も、雪がチラつく日も、ミロは調査のために街中を歩く。
調査がうまくいっても、うまくいかなくても、ちょっとしたことで落ち込んで、弱音がたびたび出てくる。

くりかえし、くりかえし、12月下旬の街中の寒さが描写されていく。
ミロは淋しくもなる。
そんなときにサラリーマンにナンパされて、なんとなくついていったりもする。
そして、我にかえったようにして、その場を飛び出す。

「プロですから」と自負を見せながらも、調査対象者の八代と○ックスもしてまう。
事後、相手の態度に、自分がみじめに思えて部屋を飛び出したりもする。

辿りついたというような調査結果

2年前の夫の自殺にも苦しめられる。
かといって、過去にとらわれすぎてる面臭い女ではなくて、その度に、ちょっとしたことで元気になって、意地にもなって、調査で動き続けて克服していく。

おおよそ、ハードボイルドな女探偵としてスマートな格好良さはない。
それだけに、最後になって事実に辿りついたという・・・、突き止めたのでもない、解明したのでもない、解決したのでもない、・・・動き回ってやっと辿りついたという調査の結果が心に残る。

あらすじ

依頼を受けたのが12月7日

依頼された調査は2週間の契約。
対象者の「一色リナ」は、なかなか見つからず。
12月21日には、調査終了となる予定だった。

が、その日になると、依頼人の渡辺は地道に見つけ出すまで調査を継続する方針に変更をした。
料金も前回よりも大幅に上がる。
父親を北海道から呼び寄せて、手伝わせもした。

AVメーカーの社長の八代にも聞き込みをしたが、一色リナのことはよく知らないという。
それに、AVとはすべてが演出であって、人権問題だとかいう渡辺の告発には困っているととぼける。
なにかを隠しているのだ。
とぼける八代には、AVの手法を非難したが、強引に迫られて、自ら服を脱いで体を重ねてしまう。

行為には、思いがけない情熱がわいてきて驚きがあったし、終わったあとには苦さも後悔もあった。
「お前は生意気な女だ」と悪態をつかれたが、怒っている八代には魅力があったのだ。

依頼人の死

事務所に戻ると、渡辺からメッセージが留守電に何件も残っていた。
一色リナ本人から連絡あった、探さないでほしいという、これから会う、いま会ってきた、直接会って話したいことがある、いまからそちらに向かう、と切迫している。

事務所で渡辺を待ったが来ることはなく、代わりに多和田弁護士からの連絡があった。
死体で発見されたという。
ビルの屋上から転落死したという。
自殺なのか、突き落とされたのか。
警察の捜査がはじまった。

プロの探偵として

渡辺が死亡した時刻は、八代の高級マンションで一緒にいたときだった。
それを隠すために警察には嘘のアリバイを話したのだが、八代のほうがすべてを話してしまった。
刑事の薄ら笑い、多和田弁護士の白い目、父親からの一言。
あっさりと嘘がバレて、探偵の仕事の信用も疑われた。

調査対象者とセ○クスしている間に、依頼人を死なせた。
情けなかったし、探偵として恥だと思った。
八代とセ○クスをしてしまったのは、なぜなのかわからないが、仕組まれたようで悔しかった。

渡辺からの依頼は、あと2週間残っている。
父親は北海道に帰ってしまって1人にはなるが、依頼された分だけは意地で調査を続けよう。
プロの探偵としての、これからがかかっているのだ。

一色リナは岩崎雪江と判明

渡辺の大口支援者の八田牧子に聞き込みをして、一色リナが岩崎雪江だというのを知らされた。
今度は、八田が依頼人となるので調査を続けてほしいとも。
その岩崎雪江に付きまとわれて脅迫されているという。
とはいっても、八田家のスキャンダルとなるため警察には相談できない。
岩崎雪江の居所が判明すれば、あとは弁護士に相談するとのこと。
そのために渡辺の大口支援者となっていたのだ。

渡辺の転落死の現場には、長い髪の女が目撃されていた。
八田の話も合わせると、犯人は岩崎雪江かもしれない。
いったいどこに潜んでいるのだろう?

後回しにしていた “ 雨の化石 ” のことも調べてみた。
今まで調査で溜まっていた小さな事柄が “ 雨の化石 ” で繋がったのは偶然だったが、ドミノ倒しのようにして転居先の江戸川区の住所が見えた。
岩崎雪江は、自○未遂で西葛西の病院に入院していることもわかった。

12月28日になって

八田牧子に報告して調査を終えた。
事務所に戻ると、数日前に調査で聞き込みして、現金も渡した相手から届けられたビデオテープがポストにある。
岩崎雪江が自○ビデオとして自撮りして、八代の会社へ投稿してきた編集前のテープだ。
再生してみると、一色リナとなっている岩崎雪江が、八田牧子と富永洋平の子供だと話す様子が映っていたのだった。

そうか!
だれかに!
だれかに似てるとおもってた!
一色リナは八田牧子に似ていたんだ!
一色リナのいってることは本当だ!

渡辺もそれを確信して、八田牧子に殺されたのだ。
すぐに事務所を飛び出した。
岩崎雪江の身が危ない。

天使に見捨てられた夜とは?

西葛西の病院の廊下に、八田牧子はいた。
病室に向かうところだった。
これ以上は、隠し通すことはできないと諦めたのか。
くたびれたように肩を落とした彼女だった。

「トミーの歌にもあるじゃない、天使に見捨てられた夜って」

振り切るようにして病院の外にでた彼女は、長い髪のカツラをアスファルトの道路に捨てた。

「誰にも、そういう夜ってあるでしょ?でも、そういう夜に最後まで泣かされるのは女のほうよ。だから止めないで」

彼女は強い口調で言い残して、海のほうに歩いていく。
やがて夜の闇の中に消えた。

ラスト2ページほどのまとめ

私は夜の病室へいき、そこで雪江とはじめて会った。
雪江は、今になって気がかわったらしい。
AV関係者を訴えたいと話した。
裁判費用にしてと手渡した100万円は、八田牧子からの報酬だった。
お母さんが出してくれたことを伝えると、雪江は「うそでしょう?」と驚いた。

外に出ると、急に悲しみの発作に襲われた。
なにが悲しいのか。
私が今ここにたった1人で立ち、すべてを知っていることが悲しいのだった。
一瞬、暗い海でも見にいこうかとも思ったが、駅に向かって歩き出した。
私には人口の光のほうが似合っているからだ。

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