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清水一行「擬制資本」読書感想文

20年ほど前に買った本。
清水一行を読み漁っていた頃のうちの1冊。
ずーと、本棚に置いてある。
どんな内容だったのか記憶にないけど再読してみた。


清水一行のおもしろいところ

なんてたって数字が書かれているところ。
再読にこの本を選んだのも「擬制資本」という題名からいって、数字がふんだんに書かれていそうだったから。

久しぶりに数字がある小説を読みたかった。
文芸作品の難点は数字がないところ、と誰かが書いてあって「なるほど!」と納得したことがある。
たしかに数字が書かれてない。

学者肌になると、文系とか理数系やらにこだわる大先生になると、むしろ数字を避けている気がしてならない。
「いや、文系だから」という一言もよく出てくる・・・気がする。

「農民は数字が大好きだ」

「数字をはなせ!農民は数字が大好きだ!」といったのは、スターリンレーニンかどっちか忘れたけど、ロシア革命のとき。
以外にも、理念とか理想を話すよりも、数字を話すのが重視された。
長々とした話や文章よりも、端的な数字が一番のリアルで、かつ、わかりやすいのが実証されてるといえる。
というより、リアルさがないから数字が出てこない。
実際を知らないから、わかりやすい数字が出てこない。

清水一行の小説に出てくる数字は、現場の数字で、端的で、難しくはなくて、臨場感がある。

清水一行について

一行と書いて、いっこうと読む。
たしか2010年に死去した。
元、トップ屋。
トップ屋とは、50年ほど前の、週刊誌が全盛期のころのルポライターというのか。
紙面のトップを飾る記事を書くからトップ屋。

だからなのか。
いわゆる “ 文壇 ” からは、まったく無視されていた作家。 
けっこう小説を出しているのに、受賞作品は2作ほど。
田原総一郎が「なんで直木賞じゃないの?」と評したとも、どこかで読んだことある。

解説の解説

清水一行の小説は「企業小説」といわれる。
企業といっても様々。
なので、最初は巻末の解説から読んだほうが、おおよそのイメージを持ちやすい。

この小説は株がテーマでもある。
昭和の「誠備グループ」の仕手戦がモチーフとなっている。
当然、主人公となったモデルもいる。
で、当人に取材を申し込んだところ、断られたという。
作品が書き進められてから、当人から取材の申し入れがあったが、逆に断ったとのエピソードが解説で紹介されている。

やっぱりプロの作家というのはちがう。
すでに頭の中につくり上げた主人公が、当人に取材でブレてしまうのが嫌だったのかな・・・と勝手に想像した。

読感

読んだ直後の感想

昭和・・・。
昭和である。
昭和感たっぷり。
昭和にビダビタに浸れる。
さすが、清水一行。

仕手グループに元特攻隊員の副社長

仕手戦のスキームが書かれているが、昭和54年の、もう50年前ほどの出来事を元にしているので、現在では通用しない。
しかし、おもしろい。
月並みな言い方だけど、人間が生き生きと描かれている。

主人公は55歳で、特攻隊の生き残り。
すでに終戦から30年以上経っているのに、事あるごとに「無頼を求めている」と心境が書かれているのが暑苦しい。
敵対する仕手グループの領袖を、戦争時の敵機のグラマンに見立てて闘志を燃やしたりするのがバカバカしくて笑える。

「犯罪の裏に女あり」

そして清水一行の小説には、必ず “ 女 ” が出てくる。
「犯罪の裏に女あり」とは、たしか大下英治が書いていたけど、清水一行の小説に登場する “ 女 ” も、そっち側の “ 女 ” となる。

暑苦しい男に、そっち側の女に、仕手戦。
自分の場合は、プラス昭和。
おもしろくないわけがない。

そこに、株価に資本に評価額に時価総額にといった数字に、保有パーセントや取得株数といった数字も多用されて、なんの知識もない素人でもわかりやすく読ませるところが清水一行ならでは。

そして痛快。
疑似体験。
タイムスリップ感も。
これが娯楽の小説なのだな・・・と、読んでいて楽しい気持ちになる。

登場人物

折戸正幸

東証上場企業の「砂町鉄工」の社長。
創業家である折戸家の長男。
真面目な技術畑出身。
突然の株価高騰に驚く。
なにがあったのかわからず戸惑うが、株のことが全くわからず、何も対策しないままでいる。
以前に設備投資の失敗で売却したので、自社株は4%しか保有していなかった。

折戸宏三

砂町鉄工副社長。
折戸家の三男。
未だに特攻隊の生き残りというわだかまりを胸に抱いている、ロマンチストでもある大正8年生まれの55歳。
下町のべらんめえ口調で、現場の従業員からは人望がある。自宅は浅草。
愛人あり。
自社株を18%保有。
仕手グループに買占めされているのを知ったときには特攻精神を発揮して、その18%の保有株を売りに出す。

甘利

砂町鉄工総務部長。
突然の株価高騰に、わけのわからないまま株主安定のために奔走する。
しかし、結局はなにもできないままという残念な総務部長。

藤田明

丸得証券外務員。
「投資相談会」というコンサルタント会社の代表でもある。証券会社は顧客の資金を預かり運用する一任勘定を禁止していたが、200名から一任勘定の依頼を受けて、数々の銘柄に投資している。
実績を上げて顧客は4000名にまで膨れ上がる。
ずんぐりとした体型にギョロッっとした目という風体から、折戸宏三からはアメリカ戦闘機の「グラマン」とあだ名されている。

美和

折戸宏三の愛人。
深川で「みわ」という料理屋をやっている。

あらすじ

株価240円の鉄骨橋桁メーカーが舞台

砂町鉄工は、東京都江東区に所在する。
老舗の鉄骨橋桁メーカーだ。
売上高170億、経常利益9億4千万。
業界では全国2位の規模となる東証1部上場企業である。

資本金は15億円。
発行株は50円の額面で3000万株。
取引所では240円前後の値で推移していた。

昭和54年のある日だった。
その株価が300円、500円と急騰し始めた。
出来高も急増している。
かといって、業績は向上する見込みはない。
鉄骨橋桁メーカーとは、売上の9割は原価。
公共事業関連が多いため、適正利潤が最初から決まっている上で入札する。
儲かる業態ではなかった。

技術や技態の向上といった事業環境の変化もない。
株価が急騰する理由などなかった。

原因がわからないまま株価1000円超えに

経営陣は株に詳しくない。
株価急騰の要因がまったくわからないし、どうしらいいのかもわからない。
傍観しているうちに株価は800円を超えて、ついに1000円を超えた。

砂町鉄工の幹事証券会社が売買手口を調べてみると、仕手グループが動いているらしいことが判明した。
とすると、一般的には、次には買取請求の申し入れがくる。
1株1000円のところを1200円ほどで発行会社に買取を持ちかけてくるのだ。
それで仕手グループは利を得ることができる。

小数株主権の行使は困る

買取請求は、商法で定められている「小数株主権」の行使を盾に迫ってくる。

小数株主権とはどういうことかというと、多数決でのみ会社の経営ができるとなれば、多数派の利益のためだけに決裁がなされてしまう。
やろうとすれば、多数派は悪意をもって会社に損害を与えることもできる。
少数派の利益を守るために、少数株主権が商法で定められているのだ。

少数株主権の行使をされると、経営陣にとっては何が困るのか?
それは帳簿の開示請求だった。
どんな優秀な会社でも、不適切な会計処理がひとつかふたつはあるのだった。
砂町鉄工にしても同じだった。

少数株主権は、発行株式の10%を取得すれば発生する。
対抗策としては防戦買いである。
あとは、これ以上、浮動株を市場に増やさないようにするために、大株主に売らないように説得する手もある。

しかし、推定で発行株式の30%を、仕手グループはすでにあっさりと取得していることが判明した。
大株主である銀行売らないが、証券会社や保険会社はこれを機に利を得ようと売却していたのだった。

砂町鉄工が過小資本なのと、株式対策を全くしてなかったのも原因だった。
ここまで買い進められれば、今さらどのような対策をしても意味がない。

元特攻隊員の副社長が熱いのなんの

砂町鉄工の副社長の折戸宏三だけはちがった。
仕手グループを崩壊させなければならない。
今となっては、体当たり攻撃しかない。
元特攻隊員である。
神風特攻隊第七御盾隊員折戸宏三・・・。
誇りに満ちた名前を自身で呼んでみた。
宿敵、グラマンの後ろに回り込むのだ。
かくなる上は、相手と共に斃れるのだ。
そのような意気で、敵の資金を減らすために、保有していた18%の株を売った。
そして社長である兄から、道義的責任を責められる。
折戸宏三は副社長を辞任した。

仕手グループの思惑

仕手グループは買取請求をしてこない。
砂町鉄工側からの買取申し入れを待っているのだ。
これは、買占めは反体制的な行為として、前年の昭和53年10月に証券取引所が「特別報告銘柄」制度を施策していたからだった。
仕手グループが買取請求をすると砂町鉄工株は「特別報告銘柄」に指定される。
買いに制限がかかり、売りに圧力かかって、あっという間に値崩れする。
値崩れすると買取で利を得るのは不可能になる。

その間にも、仕手グループ以外の同調買いが誘われる。
空売りの買戻しになる踏み上げもある。
砂町鉄工株は2540円となった。

取得株式についての奇妙な計算

発行株式の70%を、仕手グループは取得したと推定された。
ついに経営権も取得したのだ。
とはいっても、仕手グループの投資家たちは、鉄工所の経営のために投資をしたのではない。

そうなると、奇妙な計算が成り立つ。

まず、仕手グループは、株は持っているだけではなく現金にしなければならないのだが、買占めしすぎて売るに売れない状態になっている。
売り抜けて利食いしようとすれば、値が暴落する。
引くに引けない。

そっくりそのまま、競合会社への肩代わり先を見つけるにしても、3000万株発行の70%といえば2100万株。
1株2000円だとしても、400億円以上の現金が必要になる。
対して砂町鉄工の経常利益は、年間9億円ほど。
いくら配当したところで、元が取れるまでには、おそろしい年月がかかる。

仮に会社を乗っ取り、解散して、資産を売却したとしても、そもそも資産は200億円程度しかない。
仕手グループは、そのうちの70%なので140億円しか決裁できない。
どう計算しても、砂町鉄工株の70%に400億円もの投資は利にならないのだった。

400億円の提示に社長は口をあんぐり

大物右翼の仲介で、砂町鉄工側と仕手グループ側の話し合いの場も持たれた。
経営権確保のための400億円の提示もあった。
が、社長の折戸正幸は驚いた。

「それこそ300億円でもいい。私は技術者を連れて会社を出ます。鉄骨橋桁メーカーなんてクレーンさえあったら空地だってできる仕事です」

会社側としても、なにもすることができないまま、仕手グループが打ってきた手は経営権の取得だった。
株券の名義変更の請求があり、臨時株主総会が開かれた。
倍額増資が決議された。
その目的のためだけの会長が、仕手グループ側から選任されて就任した。
現経営陣は全員が留任。
そうでなければ、営業も製作も継続できないからだ。

仕手グループ主宰者の逮捕

この直後、仕手グループ主宰者の藤田は東京地検に逮捕される。
藤田も必死だったのだ。
何百億円と集めて、政治家を動かし大蔵省へ圧力をかけ、暴力団も右翼も動いているという状況に、なにかしら違法行為があるはずだと東京地検が追いかけていたのだ。

元副社長の折戸宏三はくやしがる。
経済の戦いなのだ。
そこに権力が介入して終結したことが納得できない。
株の処分まで時間を引き延ばせば、仕手グループは自滅すると読んでいたのだ。
仕手グループは、買い占めた株を担保にして、金融会社から借り入れて信用買いをしている。
現株を売り信用で買うという「金融クロス」という手法でも現金を調達もしていた。
金利の負担だけでも大変だったのだ。
戦いの布石として保有株の18%を売りだったのだ。

ラストの2ページほど

折戸宏三は、座敷で仰向けとなって天井を見上げる。
敵のグラマン戦闘機は、自爆のような格好で海面へ突っこんでいった。
それだけに操縦技術を競いあって叩き落したという、勝利の実感は沸いてこなかった。
愛人の美和が顔を覗き込んできた。

「なにかんがえているのさ」
「飛行機に乗りたくなった」
「え・・・?」
「飛行機だ」
「あら、じゃ、買いなさいよ」
「なんだって」
「このまえのお金でさ」

株を売却したお金でセスナを買えるという美和はいう。
折戸宏三は体を起こし苦笑した。

藤田の逮捕から、砂町鉄工株は連日ストップ安となる。
ただの1度でも値がつかない日が、2ヶ月間続いた。
263円でやっと値がついた翌日は、230円台で約1000万株もの売買が行なわれた。

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