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又吉直樹「火花」読書感想文
読んでみると、おもしろいの一言しか感想が浮かばない。
それでは読書感想文にならないので、もっと考えてみた。
まずは、文章のテンポがいい。
読んでいて気持ちがいい。
登場人物のセリフが、文章のアクセントになっているように感じるし、これは話すことを仕事としている人の成せる技なのかと思わせる。
148ページという短い物語の中に、20歳から32歳までの12年間の場面が、テンポよく流れるよう書かれて収まっている。
あとはなんだろう。
以外なおもしろさ、というのはある。
ギャップというか、落差というか。
読む前は、話題づくりの陳腐なタレント本かと思っていたら、以外にそうでもない。
それに、あの陰鬱そうで、あのむさくるしい風体の又吉直樹だから、暗くて湿っている内容かと思っていたら、以外にそうでもない。
太宰治が好きですと話すのをテレビで見た記憶があったから、卑下や自虐にまみれているかとも思ってもいたけど、以外にそうでもない。
むしろ爽やか。
軽快。
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装画:西川美浦
装丁:大久保明子
整理して考えてみるに、おもしろさは “ 振れ幅 ” にあるのかも。
必死なのに、ふざけて書かれている。
騒がしいのに、静かに書かれている。
驚いているのに、冷静に書かれている。
もっと笑ってもいいのに暗い。
どこか楽観していながら切実。
悲しいのに楽しそう。
仲間いるのに孤独がある。
わかっているだろうけど、すぐには答えを出さない。
そんな振れ幅が、あちこちにあった。
又吉直樹の底が見えない、こういう人が恐ろしい、とも思えた読書だった。
「火花」ネタバレあらすじ
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師弟関係となる2人
熱海の花火大会だった。
余興の漫才大会が開催されていたが、誰1人として聞いてない。
もう、花火は打ちあがっている。
人々は、漫才大会など素通りしている。
芸人たちにとっては惨事だった。
が「仇をとったるわ」と怒気でつぶやいて、ラストに登壇したコンビはちがった。
通り過ぎる人々を睨みつけて、喧嘩を売るかのようにして怒鳴りまくるという漫才をやらかしはじめた。
アロハのほうはマイクを通さずに「殺すぞこら、こっち来てみい!」と叫んでもいる。
相方は「地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄」とひたすら叫んでいる。
それを目にしている徳永は、どこか怯える気持ちでいた。
この前に『スパークス』というコンビで漫才を披露していたが、人々には無視されたも同然の結果だった徳永だった。
その凄まじいコンビは『あほんだら』といった。
あとで主催者に怒られていたが、ギャラを受け取ると飲みに誘われる。
それが、神谷才蔵との出会いだった。
神谷は24歳、徳永が20歳。
大阪の大手事務所に、東京の小さな事務所。
お互いに大阪出身。
ずっと先輩が欲しいと思っていた徳永だった。
居酒屋で飲みながら「弟子にしてください」となって、通りかかりの店員を証人にして師弟関係が結ばれた。
それをする神谷が頼もしかった。
が、条件がつけられた。
ひとつ目は、なにがあっても神谷を忘れない。
ふたつ目は、神谷の伝記を書く。
なぜ、いきなり伝記なのかというと、徳永は観察眼を持っているから執筆者には向いているという。
居酒屋を出たあとは、お互いに堅い握手をして、神谷は走ってどこかに去っていく。
帰り道にコンビニに寄った徳永は、ノートと高めのボールペンを買った。
吉祥寺での再会
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熱海の花火からは、大阪にいる神谷とは、ときおり電話で話している。
『スパークス』もだったが『あほんだら』も仕事は増えないまま過ぎた。
1年が経つころ『あほんだら』は活動の拠点を東京に移す。
その日、吉祥寺で久しぶりに神谷と再開した。
2人は好きに言い合いながら歩いていると、もう井の頭公園だった。
徳永はうれしかった。
自分のほかにも、突発的に意味のない言葉を放つ人が存在することがうれしかった。
それからも仕事がない日々は続いて、毎日、相方とネタ合わせをして、夜にはバイトをする。
バイトがない夜は神谷と会う。
笑いとは、表現とは、批評とは、才能とは、キャラとは、個性とは、模倣とは。
それらを2人で散々と話しながら、吉祥寺のハーモニカ横丁で飲み、神谷が居候している彼女のアパートでメシを食べ、泊まりもした。
月に数回、渋谷の劇場で漫才をやるのが生きがいだった。
劇場で神谷と会うと新鮮だった。
神谷の芸人的センスは突出しているように徳永からは見えていた。
いや、贔屓目に見なくても優れていた。
だけど『あほんだら』は、芸人の間では悪名が高かった。
コンビ揃って素行がわるく、人間関係に不器用だった。
彼女との別れ
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神谷が居候していた彼女のアパートに向かって、2人は歩いていた。
そこを出るという。
付き合ってなどいない、ただの居候だ、と曖昧な関係の彼女だったが、実際は半分は養われていた。
飲み代だって先輩として神谷が払っていたが、それも彼女が持たせていた金なのは知っていた。
そのために彼女は風俗店で働いていたが、そこの客と付き合うことになったという。
すでに室内には、その新しい男がいる。
長い間、彼女から金を取り続けていた神谷と、彼は対決するつもりなのだ。
しかし神谷は、部屋には入るが、荷物を持ってそのまま出るという。
本当はなんとかしたかったけど間に合わなかった、心臓がいたい、と神谷はうつむく。
精彩を欠く神谷を見るのはつらかった。
つらいと思うことは、こんなにもつらいことなのか。
すると神谷は真顔でいう。
ずっと勃起していてくれないか、と。
先輩が大事なときにコイツ勃起してやがる、と思えたら笑えるし平常心を保てるという。
彼女の気持ちに。
新しい男の覚悟に。
神谷なりの下手糞な優しさ。
それらを想う徳永は、集中して念じることで、微かに勃起に成功する。
新しい男が憮然として無言のまま座る室内で、その股間を見た神谷は笑う。
2人して荷物を持ってアパートを出たが、徳永は勃起しながら泣いたのだった。
アパートを出てからの神谷は、知り合いの家を転々とする。
彼女を喪失した傷があってか、タガが外れたかのように駄目になっていき、借金が膨らんでいったのだった。
売れない先輩と売れた後輩とで
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『神谷 伝記』と表紙にあるノートは10冊目となっていた。
日記や雑記を兼ねていたが、神谷について多くが書かれていた。
その夜。
池尻大橋のアパートで。
テレビからは『スパークス』が出演している漫才番組が流れた。
徳永は、テレビ番組で漫才をする機会を得ていたのだ。
世間的に見れば無名に等しいが、仕事は増えていた。
神谷の知人の女性にアパートに招かれて、3人で鍋を食べていたときだった。
テレビでは『スパークス』が登場してきて、その漫才を見て「おもしろい」と彼女はゲラゲラと笑う。
終わってからも、思い出し笑いをしていた。
が、神谷は笑わずに、一言も発しない。
徳永がテレビに出てきた最初の瞬間だけ、わずかに顔色を変えただけだった。
そんな神谷の、才能も魅力も疑うことはない徳永だった。
が、このときは、神谷が『おもしろい』と言ってくれないのが不満だった。
2人の気配は危うい。
察した女性は寝室に引っ込んだ。
「駄目ですかね」という問いかけに「好きなようにやったらいい」とつぶやかれたときは、温和な徳永でも頭に血が上るのがわかった。
神谷が笑わないのだったら、おもしろいと言わないのなら、これ以上はできない。
胸の辺りで渦巻いていた焦燥に似た感覚が、すとんと腹の底に落ちた。
とたんに神谷を批判したのだった。
あまりにも理想が高く、強力な思念もありすぎる神谷の行く道を、自身の生存のためには否定しなければならない。
震えた声だった。
神谷の気持ちはわかっていたが、言いたくもないことも口走ってしまう。
小さく謝った神谷だったが、どうせだったら殴ってほしかった。
翌日になると「酔っていたから覚えてない」と神谷からメールがきたのが哀しかった。
最後の漫才
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『スパークス』は、漫才で生活ができるようになる。
高円寺の家賃2万5千円の風呂なしアパートから、下北沢の家賃11万のマンションにも引っ越した。
売れていく後輩たちからは、ついに番組に呼ばれることはなかった『あほんだら』だった。
お笑いコンテストでは『あほんだら』の漫才は客席からの拍手が多かったが、審査員からは否定されるときもあった。
芸風は破壊者でもあり、異端でもあったからだ。
それでも徳永は『神谷 伝記』を書き続けて、熱海の花火から10年が経つ頃には20冊を超えた。
神谷の記載だけを抜き出せば、伝記になる量に達したのだ。
『スパークス』が解散となったのはその頃。
相方が、同棲していた彼女と籍を入れたと話す。
双子の子供ができたとも、大阪に帰って、新たな生活をはじめるともいうが、実に清々しくていい顔をしていた。
相方は、夢から逃げるのではなく、留まるのでもない。
新しい挑戦をするのだ。
中学からの相方がやめるのだったら徳永もやめる。
それらは円満に決まった。
劇場での最後の漫才の日。
いつもよりも多めにお客さんが来ていた。
こんなふうに唾を撒き散らしながら、大声で叫ぶ漫才をやってみたかった徳永だった。
ステージの上から客席を睨みつけて、2人して散々と悪態をついたが、お客さんは泣き笑いして拍手をする。
客席の後ろには、神谷の姿があった。
1番に泣いていたが、それも揺れて見えなくなってきていた。
そして神谷は行方不明となる。
三宿のアパートに駆けつけると、すでに退去していた。
原因は借金なのは想像がついた。
1千万円近くまで膨らんでいたのだ。
ラストの12ページ
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神谷が姿を現したのは1年後。
逃げてからは自己破産をしたというが、おもしろおかしく話して悲壮感はない。
そのダメッぷりを咎めない徳永だったが、恐怖と悔しさが入り混じった感情が湧いていた。
Fカップなのだ。
あろうことか、神谷は豊満手術をしてFカップになっていたのだ。
おもしろいからやった、シリコンを多めにいれた、と神谷は笑いながらFカップを揺らす。
なぜ、この人は。
もって生まれた才能を生かさないのだろう。
誰にも理解を得られない、神谷の存在が悔しかった。
徳永はまっとうな説教をする自身に驚いていたし、神谷はおとなしくうなだれて「やっぱだめか」と泣いていた。
それでも先輩と後輩だった。
神谷の誕生日祝いを兼ねて、2人は熱海へいく。
一緒に花火を見てからは、初めて2人でいった居酒屋で飲んだ。
旅館に戻ってからは、張り出してあるポスターを目にした神谷は「これに出る!」と騒いでいる。
翌日の、素人参加型のお笑い大会が告知されていた。
神谷は「漫才をつくる!」と、焼酎を片手に貸切の露天風呂に浸かっている。
この人は、一生、漫才師であり続けるのだろうなと、徳永はいつものように『神谷 伝記』を開く。
今日の出来事を書き込んでいた。
神谷がここにいる。
神谷が存在している。
2人はまだ途中だ。
これから続きをやるんだ。
神谷は「おい、とんでもない漫才を思いついたぞ!」と言って、全裸のまま何度も飛び跳ねて、美しい乳房を揺らし続けている。