三毛猫ミーのクリスマス 第9話 それさえ知らずに来たのかニャ
https://note.com/tanaka4040/n/nfb5d0eec4cbaから続く
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どうせチンケな港《みなと》だろうとたかをくくっていたあたしは、思わず目を見張《みは》った。中々どうして、立派な商港《しょうこう》である。
それもそのはず、荒波《あらなみ》うねる外洋《がいよう》を快適《かいてき》に航海《こうかい》できる七千トン級の船が発着する港湾《こうわん》である。
小型船舶やボートを係留《けいりゅう》する程度のマリーナであろうはずがない。
もの知り猫のリューが言うところによると、映画で有名な客船タイタニック号は四万六千総トン。
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二十世紀最大の客船クイーンエリザベス2は七万総トン。
猫ヶ島《ねこがしま》を母港《ぼこう》とする七千総トンの貨客船《かきゃくせん》『猫丸』は、QE2に比べると十分の一に過ぎないが、津軽《つがる》海峡フェリーの『ブルーマーメイド』が八千総トン、東京の竹芝《たけしば》埠頭と小笠原《おがさわら》諸島を結ぶ定期船《ていきせん》『おがさわら丸』が六千七百総トンにつき、ホテルシップとして使えるくらい大きいと思えば、当たらずも遠からず。
コンクリートで固められた広大な埠頭《ふとう》には、十棟《とむね》の巨大な倉庫が建ち並ぶのみで、港の場外と場内の境が存在しない。
囲《かこ》いの建築費が無かったのか、治安が良い島なのか、他に理由があるのか、なんとも開放的な港だった。
柵《さく》やフェンスが無いため、四方八方から続々と猫が集まってくる。
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週一回の定期便《ていきびん》が来ると、おいしいものが食べられることを知っているのだろう、波止場《はとば》に集まる猫の数、およそ数千匹。
早速、船から降りてくる観光客と、猫たちの触れ合いが始まった。
「わー、可愛いー」
「猫ちゃーん」
「おいでー」
と、タラップを降《お》りるか降りないかのうちにしゃがみこんでしまう観光客がいるため、船から埠頭へ降りる列の後ろがつかえてしまう。船員が、
「しゃがまないで、先へ進んで下さーい」
と声を枯《か》らして叫んでも、立とうとしない。列の後ろから、
「なに止まってんだ?」
「早く降りろよ」
という不満が聞こえては、やっと列が動き出す。そして、また止まる繰り返し。
埠頭のあちらこちらで、猫をなでたり、抱き上げたり、食べものをあげている姿が散見《さんけん》される。不意に、どこかで、
「痛いっ!」
という悲鳴が上がった。一人の観光客が、抱き上げた猫に引っかかれたらしい。顔に、赤い切り傷《きず》が走っている。
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「どうしました?」
清掃用具を持っている島のスタッフが駆け寄った。引っかかれた女性は、
「見てよ、これ。血が出ているじゃないの。顔よお?顔。傷が残ったら、どうしてくれんの」
と血相《けっそう》を変えて喚《わめ》いている。スタッフは、ポケットから消毒液を取り出し、
「とにかく、一刻も早く消毒して下さい」
と、脱脂綿《だっしめん》に消毒液を浸《ひた》して渡し、
「さ、早く、診療所へ」
と促《うなが》して連れ立って行った。消毒液を常備しているということは、よくある事故なのだろう。
二人が去ったあとの埠頭では、観光客たちが口々にヒソヒソと、
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「猫を強引に抱き上げちゃダメだって」
「引っかかれるに決まってんじゃん」
「無理強いすると、猫は抵抗するんだから」
「それさえ知らずに来たのかな」
「ここを、どこだと思っているんだろうね」
「ここの猫は、ペットじゃないのに」
「ペットだって、無理やり抱き上げられたら、怒るよ」
「乗船時に渡されたパンフレットにも、そう書いてあったのに」
「事故が起きても知りませんって、乗船を申し込む時、言われなかったのかしらん」
「私は言われたよ。だから、旅行保険に入っておいた」
「ちゃんと言われたはずなのに、守らないから」
どれもこれも一理あるが、傷つけられた上に、悪者扱いされては、踏んだり蹴ったりである。
もし、自分が同じ目に遭った時、同じように、自分を責めるのだろうか?自分を責めて、傷が治るのだろうか?
それとも、引っかかれた女性のように、どうしてくれると他人を責めるのだろうか?
自分さえ正しければ、それでいいのだろうか?他人の間違いを攻撃する資格があるのだろうか?
黒猫クーが、同じことを思ったらしく、
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「いくら悪くたって、非難する前に、大丈夫?の一言くらい、かけてあげなよ」
と、観光客の足元でニャーニャー鳴いて抗議《こうぎ》していたが、抗議の声は勘違いされ、
「あら、小さな黒猫ちゃん。お腹が空いているのかな?」
「何か食べる?」
「サンドイッチ、あげようか」
と、一人が紙袋からサンドイッチを取り出して、千切《ちぎ》って食べさせようとした。
黒猫クーは、匂いをクンクン嗅いでいたが、タマネギが入っていたのか、やがてプイと外方《そっぽ》を向いて離れて行った。
猫や、犬に、タマネギは禁物で、たまねぎ中毒を起してしまう。貧血、嘔吐、血尿、下痢になる中毒で、解毒《げどく》薬は無く、加熱しても毒性は消えない。
もちろん、大量に食べなければ問題ないが、個体差があるので、食べさせないに越したことはない。
「それさえ知らずに来たのかな。フッ。同じセリフを観光客が言ってたっけ」
▼▼筆者注▼▼
ここから先、ペットの闇を示す驚きの数字(2014年時点)や、現実が出てきます。
現実とはいえ、暗澹たる気持ちに沈む危険性があります。
気が滅入りそうでしたら、この行を最後に、次のページ(第10話)へ飛んでもストーリーはつながるようになっています。
▲ペットの闇を知って構わない勇気がある読者さんのみ先へお進み下さい▲
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あたしは、人間の身勝手さ、無責任さに、腹が立ってきた。これだから、捨て犬や、捨て猫が、野良《のら》になる。
あたしたち猫だって、野良猫として、生きたくない。可愛がってくれる飼い主と、死ぬまで一緒にいたい。
「でも、捨てられてしまったら、野良猫として生きるしかない」
あたしの独り言を耳にしたのか、もの知り猫リューが、人差し指を突き立てて反論した。
「いいえ。裏切りという意味でしたら、野良より、悲惨です」
「裏切り?」
「信じきっている飼い主が、動物愛護センターへ、自《みずか》ら持ち込む猫の数は、年間三万匹」
「飼い主が、飼い猫を、持ち込む?」
「はい」
「毎年、三万も?」
「はい。飼い犬も、持ち込まれています」
動物愛護センターは、犬猫を、愛して護《まも》ってくれる施設ではなく、ガスで窒息《ちっそく》死させる施設である。やることはナチスドイツのアウシュビッツ収容所(大量殺戮のガス室)と何ら変わりない。
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ただし、愛護センターの名誉のために付け加えると、好きで殺しているのではなく、持ち込む飼い主が後《あと》を絶《た》たないため、職務《しょくむ》上、やりたくなくても、殺処分《さっしょぶん》せざるを得ないのであって、持ち込む飼い主がゼロになれば、あるいは、持ち込まれる全てのペットに、新しい飼い主が見つかれば、すべて解決する。
里親《さとおや》という新しい飼い主を見つけることにより、殺処分ゼロを達成している愛護センターもある。
「どのみち、野良になった時点で、殺される運命なんですが」
野良になり、苛酷《かこく》な野外の環境で、どこかでエサを見つけ、必死に生き抜いた末《すえ》、飼い主以外の見知らぬ誰かに捕《とら》えられ、動物愛護センターへ持ち込まれる数は、年間十万匹。
猫を飼うのと、おもちゃを買う違いを知らない三万世帯の大人たちが持ちこむ、三万匹の猫。
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こうして、年間十三万匹の猫が消えていく。
そのうちの九割が、ガスを吸い、もがき苦しみ息絶える。
もし、ガスが、致死量《ちしりょう》に達していなければ、生きたまま焼かれる。
屍骸《なきがら》は焼かれ、廃棄物《はいきぶつ》として捨てられる。ゴミである。
奇跡的に、新しい飼い主に引き取られるのは、わずか一割。
その一割の幸運を、里親《さとおや》探しのボランティアが私財を投じて支えていたり、愛護センターが動いてくれたり、非営利《ひえいり》団体が善意で支援《しえん》活動しているが、中には、その善意を騙《かた》って犬猫《いぬねこ》を引き取り、実験《じっけん》施設へ売り渡して金《かね》を稼ぐ『猫さらい』もいる。
実験施設へ売り渡された犬猫には、語るも無残《むざん》で、悲惨《ひさん》な末路《まつろ》が待ち受けている。ペットの問題が抱える闇《やみ》は深い。
犬や猫を可愛がる自由は、誰にでもあるが、その自由の裏側には、責任がある。
そんなことを考えながら、あたしは、浮かれる観光客を眺《なが》めていた。
https://note.com/tanaka4040/n/n2eb15e3db100続く
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