なぜ太鼓一調が必要か
昨日1月10日の事後講座をもって、「第一回 聲響會」公演に関わる催しが全て終わりました。
ご来場いただいた皆様、協力応援していただいた皆様、公演にご出演いただいた皆様、誠にありがとうございました。
衷心より御礼を申し上げます。
今回の公演のメインは松風の能でしたが、その前に一調が二番、特にやや珍しい狂言の太鼓一調「うれしき春を」がありました。
このことを少し説明させてください。
明治維新とともに、能役者は幕藩体制の禄を離れ、自活していかねばならなくなりました。
みな困窮したと伝え聞いていますが、その度合いは一律ではありません。
色々なケースがありますが、お弟子を取りにくい職、そして御役の少ない職は苦しかったようです。
囃子方の中で、太鼓は全ての能には入らず、またその中には井筒や定家、今回の松風といった能の代表曲と考えられているものが含まれます。
ですから、おシテ方が催会する場合が殆どである近代以降の能楽界の、禄(基本給)がない状況下では、太鼓方は相対的にお役が少なく、したがって生活が不安定になりやすいパートです。
しかし言うまでもなく、太鼓は能に欠くべからざるものです。高砂や羽衣や船弁慶のない能なんて考えられるでしょうか。
そのため能楽界には
「能二番以上の番組の場合は、一番は太鼓物を入れる」
「能一番の番組でそれが大小物の場合、太鼓の一調や独調などを入れる」
という不文律があります。
これらは、日本が経済成長して能楽師の生活も成り立つようになったことで、なんとなくウヤムヤになってはいます。しかし、本質的な状況は何も変わっていません。
今回、御厨誠吾師と私という三役の側から催しをスタートするにあたって、太鼓を番組に入れるということは絶対に必要なことでした。そのことをご理解頂き、また実際の能楽鑑賞の上でも、太鼓方に配慮のある番組を組んでいる会について、心の一票を投じていただけたら嬉しいと思っています。
生活の話ばかりしていると思われるでしょうか。
もっと簡単に言ってしまえば、やっぱり能を見に行ったら太鼓の音も聴きたい、その方が楽しいよね!ということなんです。
次回の公演がいつになるかは分かりませんが、必ず太鼓方はお呼びします。
會の方針説明でした。
お読み頂きありがとうございました。