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レパートリーを増やし、安定させるとは

 続きです。
《①能50番、囃子100番をいつでも打て、かつお弟子さんにお稽古できる》
 つまり、安定したレパートリーを持つこと。そうなるためにはどうしたら良いのでしょう。

 能の囃子には、ロマン派以降のクラシック音楽の楽曲のような、速度や音数の多さ複雑さ、音階の高低において、人間の身体能力の限界に挑むような要素はほとんどありません。急之舞を速く打つなどしてそれに近いことは狙えても、必須の能力ではまったくなく、むしろそういうのは下品なことと見做されそうです。ですから、伝書から読み解いていくような秘曲は別として、手組を読むこと自体が難解というのはレアケースです。
 囃子の曲目自体もそれほど多くはなく、しかも「〇〇舞」というのは基本的には同じ音型なので、一通り覚えてしまえば後は応用ということになります。

森田流奥義録(能楽書林刊)目次
舞物の曲数はおよそ20ほど

 では何を覚えるのかというと、それは謡、つまり台本です。能は詩劇であり、台本の構成に従い、場面を盛り立てたり鎮めたり、間を繋ぐために囃子の手組はついています。ですから、なによりまず作品を知らなければなりません。修行の過程では「謡をうたえ」と繰り返し言われ続け、シテ方からの囃子方への評価基準も「謡を知っているか」が大きな部分を占めています。
 しかし囃子には、正しく覚えていなくてもなんとなく打ててしまう、という問題があります。下歌、上歌、クセ、キリの修羅ノリや大ノリ地といった部分にはそれぞれの定まった様式があるので、経験を積むと大体の感じでこなせる場合があり、そこに退廃が潜んでいます。
 それがはっきりするのが、お弟子さんのお稽古をしているときです。舞台では無本で打てる能でも、本当に覚えこんでいなければ、なかなか無本でお稽古は出来ないものです。そして、出来る曲のなんと少ないことか…。
 
 そして具体的な覚え方ですが、何よりまず繰り返し親しむより他に方法はありません。ある方から
「羽衣は毎回さらわなくても打てるでしょう?それは近いからだよね。だから、すべての能を近くしてしまえば良いんだよ。」※
と言われたことがあります。全くそのとおりなのですが、言うは易く行うは難しです。また、漫然と繰り返すだけだと、時間と労力ばかりかかって、結局たいして覚えられないということが多いようです。
 次回は、それなら効率的な覚え方はあるのか?という問題について考えてみたいと思います。出来るのか?(二回目)
 
※能楽界では、頻繁に上演される能を「近い」、滅多に上演されない能を「遠い」と言います。羽衣は最も近い能。遠い能は代主とか松尾とか関原与市とか多数。

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