高級ブランドを作った

十勝の田舎町で暮らしている。僕はきのこ農家だ。寒冷地で、最高の品種を、正攻法で栽培している。ステータス的には日本一美味い"きのこ"だろう。考えられる要素で最高のものを並べたつもりだ。

それには少なからず僕のオリジナリティも入っている。僕の前職は医療系の研究補助。微生物統御されたクリーンルームの維持管理を担当することも多かった。培養業務を任されたこともある。故に微生物の知識はある。きのこも微生物だ。その知識は、きのこ栽培にも応用できたのである。

おかげで生産物の評判は好調だ。ひとりでまわしているので利益率もいい。けれども経営は上手くいってはいない。農業は難しいのである。

僕は稼ぎ口を増やすことにした。収穫物である"きのこ"は毎日撮っている。サイトにアップした写真は8,000を超えた。それをお金に換えることができれば、経営も少しは楽になるだろう。加えてシナジー効果で"きのこ"の販売にもいい影響があることを期待している。

ただ、ひとつ問題がある。僕は自分の写真の説明ができない。致命的な事柄だ。だが対策はある。そこにはあまり触れないことにした。そもそも、農家が撮った収穫物の写真に説明は不要であろう。おそらく誰もが勝手に想像をしてくれる。それでいい。写真に対する想いを強要するつもりはない。別の何かを感じてもらってもいい。なにかを思っくれたなら、それだけでありがたいことなのである。

僕は個展を計画した。だが資金は少ない。故にクラウドファンディングを利用する。リターン品は写真だ。ポストカードも用意した。『ZINE』と呼ばれるミニ写真集も作った。すべてお手製である。

ちゃんとしたクラウドファンディングは2回目。慣れたものだ。プロジェクト文章を書き、1回目の審査を待っていた。そこでふと思う。この行動力を”きのこ”の販売に向ければいいのではないか。リターンには”きのこ”も入っている。これをメインにするべきではなかろうか。

いまいちど、僕の栽培している”きのこ”の販売戦略を考えてみた。写真を売るより”きのこ”を売った方がいい。おそらくハードルも低い。なにより世間が求めているのはそちらだろう。クラウドファンディングは中止した方がいい。アクセル全開からのフルブレーキであった。

再度、販売戦略を考えてみた。とにかく認知が大切だ。それを集めに行く。けれども、認知の受け皿が必要だ。それがなくては集めた認知も無駄になる。受け皿のコンセプトも必要だろう。集まる旗が必要だ。まずはそこから手を付ける。

僕が目指す理想を掲げた。それを元にロゴを作成した。着地点となるLPサイトを立ち上げた。そこへ誘導するリーフレットも作成した。配布するためにイベント出店も決めたのである。

イベント出店の目的は認知の拡大。故にブースも”きのこ”を販売するだけでなく、リーフレットを手に取ってもらうためのものにした。ハンドメイドマルシェのブースを参考に、写真をたくさん展示したのである。

効果は覿面であった。収穫量の少ない”きのこ”では完売も早い。けれども、完売以降もブースに人を集めることができた。リーフレットの配布も進んだのである。

そのままの勢いでクラウドファンディングにも挑んだ。新たに設定した”高級きのこ”の認知拡大が目的である。人脈の無い僕は広告に頼った。広告戦略の見極めも、このクラウドファンディングの目的である。

結果から言うとサクセスはした。”高級きのこ”のリターン品も数多く選ばれた。けれども広告費と相殺して儲けはゼロ。これは今後の課題となった。

けれども、副産物的にいいことは多く起こった。機関誌やNHKから取材を受けたのである。認知はいい調子で広がったようだ。イベント出店でも然り。十勝で有名なホテルに卸させてもらうことにもなった。

すべてが成功したわけではないが、いいことはたくさんあった。挑戦してよかったのである。まだまだ経営は厳しいが、すこしづつだがよくなってきた。

だが、あまり時間はない。補助金をもらえる期間はもうすぐ終わる。生産組合の親方さん達も続けることが難しくなってきたようだ。どうしたらいいか分からないが、まだ打ち手はある。それを淡々と実行していくしかない。もうすこし頑張ってみようと思う。

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