さよなら東北

僕は無口になっていた。気が抜けたのである。そもそも僕はお喋りが得意ではない。忘れていたが、入社当時は酷かった。ちょっとした会話でも準備をしていないと成立しない。いつも緊張していた。あの頃の僕に戻ってしまったのである。

異動の話は唐突だった。僕が何かやらかしたわけではない。どうやら僕が来る前からオーナー側では決まっていたことだったらしい。僕の赴任は派遣元である"こちら側"の都合だった。タイミングが悪かったのである。

やはり無理をしていたのであろう。異動の話を聞いた途端に無口になった。周りの人を嫌いになったわけではない。異動が嫌なわけでもない。むしろ今の仕事から外れることに少し喜んだ自分が嫌だった。心にも穴が空いたと思う。ぼーっとした。僕の無口はそこから来たのだと思う。

残り期間の仕事はきっちりとこなした。淡々とルーチンワークのように。飛ぶ鳥跡を汚さず。それが僕にできる唯一のオーナーに対する恩返し。そう思っていたが、問題は最終日に起きてしまった。

その日は作業も早めに切り上げて、夕方には出勤簿等の事務作業を行った。夜は送別会を開いてくれるから、残業が無いように朝から早めに立ち回っていたのである。

それにも関わらず余計な仕事を作ってしまった。出勤簿のシステムエラーを発見したのである。スルーすることも出来たが、しわ寄せがいくのはオーナー側。お金も少額だが関わってくる。僕は上長に謝った上で相談した。上長は笑ってくれた。そんなに深刻な問題ではない。すこし計算方法が変わるだけだ。あとは本社総務部に認知してもらえばいいのである。

結果から言うと、認知をしてもらえなかった。総務部のトップは課長代理。入社時の研修で僕に電話のかけ方を教えてくれたおばちゃんだ。震災の影響で行われた人事異動で昇進したのだろう。降格した僕とは真逆の人だった。

話が伝わらないのである。他の人はすぐに理解してもらえたから、僕の説明がへたくそ過ぎるわけではないと思う。オーナー側の人も苦笑いしかできない。僕は謝りながらも電話では課長代理への説明を続けた。

タイムオーバーが近づいたので、しかたなく最終手段を使った。『部長に変わって下さい』。すこし強めに伝えた。相手は会社の幹部だが知ったこっちゃない。こちらにも譲れない部分がある。課長代理のふてくされを電話越しに感じたが、すぐに営業部の部長が変わってくれたのである。

部長は半笑いであった。電話の向こうで一部始終をみてくれていたらしく、話はすぐに通った。『わるい、わるいw』。ほんとにかんべんしてほしいのである。

おかげですこし元気が出た。送別会でも大人しくしていようと思っていたが、はっちゃけてしまった。送別会は非公式のもので上層部の人はいなかったのだ。オーナー側の人たちも、かなりはっちゃけていた。ぶっちゃけ話が止まらないのである。

最後に僕は『ありがとうございました』と『すいませんでした』を告げた。無口になったことを周りが心配してくれていたからだ。無口の理由も包み隠さずに告げた。結局、双方が謝る形で会は盛り上がった。

季節は春になっていた。僕はまた異動する。正直に言うと、仕事ととの付き合い方が分からなくなっていた。やはりフルコミットはしない方がいいのかもしれない。次の職場では手を抜くつもりだ。100点は目指さない。合格点を目指す仕事になるだろう。

仕事より写真の方がおもしろい。そのために異動先は遠方を選んだ。きっとまたいい写真が撮れるだろう。それが異動の一番の楽しさと思っていたいのである。



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