東京へ出張した

汽車とバスを乗り継いだ。ここはとかち帯広空港。僕はここから羽田へ飛ぶ。フライト時間は1時間と45分。空路とはいえ、東京からの十勝は割と近い。新幹線で行く大阪の方が遠いのだ。

東京は相変わらずだった。人が多い。僕は人の顔を覚えることが苦手だ。故に、すれ違う人のすべてが知り合いと思えてしまう。自然と目線も下へ向く。しかし、ここは東京。そして僕は田舎者。高層ビルに心を奪われる。下を向いている場合ではない。いつも以上に上を向いて歩いたというわけだ。

東京へ来た目的は仕事。サミットへ出席する。地域おこし協力隊サミットだ。そう、僕は地域おこし協力隊員なのである。故に交通費は出張経費として落ちる。宿泊代も然りだ。無料で東京へ来たのである。

だからといって、遊んでいては駄目だ。僕は来年に就農する。気軽に東京へ来ることも出来なくなるだろう。今のうちにやれることをやっておきたい。それはなんだろう。前乗りしているので空き時間は多くある。僕はデパートへと向かった。目指すは地下の食品売り場。そこで生産物となる”きのこ”の相場を知っておくことにした。

加えて需要も計っておきたい。それは売り場面積で分かるだろう。人気があり需要があれば、おのずと陳列スペースも広くなるはず。あとは少し長めに滞在して、お客さんの流れを見ておけば、なんとなくだが需要も計れるだろう。

訪れたのは、銀座の三越、日本橋の高島屋、そして新宿の伊勢丹。どこも日本のトップクラスである。僕は客を装い潜入した。

”きのこ”の相場は高かった。想像よりも1.2倍ほどであった。売り場面積もそこそこ。隅に追いやられているわけでもない。僕は一番高い物を購入しておいた。これは十勝に帰ってから食べてみようと思う。

ひとつだけ気になったことがあった。オーガニックを前面に出した売り場は小さかったのである。客足も少ない。小一時間程の観察であったが、歩を止める客はいなかった。もしかしたら、あまり需要が無いのかもしれない。

そして時間は過ぎ、地域おこし協力隊サミットがはじまった。総務大臣の挨拶からはじまる。思った以上に熱があった。さすが政治家である。こちらの気持ちも上がってしまった。

だが、後ろの席から聞こえる話し声からは熱量は感じられなかった。その声の主は、フリーエージェントを駆使して、3年の任期以上に地域おこし協力隊に就いている者であった。2年単位で地域を転々としているそう。文句や愚痴も多い。協力隊員の現実はこんなものなのかもしれない。

それで僕というと、休憩時間に総務省の相談窓口へと向かった。いろいろと聞きたいことがあったのだ。どうも国と地方で温度差がある地域おこし協力隊という制度。おそらく認識している目的が若干違うのであろう。

ここから先は僕の想像だ。あくまでもフィクションとして読んでもらいたい。そもそも国は地方への移住促進のためにこの制度を作ったのだと思う。3年間はベーシックインカム的に面倒をみるから、その間に自立して定住してほしいのであろう。一方、地方は都会からの移住者を使って地域を盛り上げたい。

どちらも制度のベクトルは同じ方向を向いているのだが、厳密に言うとすこしのズレもある。地域おこし協力隊関連で起こるトラブルの原因は、このズレの部分が大きいのだと思う。

けれども国も地方も動きはしない。動いてしまえば最大のメリットも崩れてしまうからだ。これは難しい問題だと思う。おそらく、多少のトラブルは起きることを承知の上で制度を回しているのだと。結果的に移住者が増えているからだ。トラブルはルールを増やせば防げると思う。だが、あえてしない方針な気がした。

ルールを作っても隙を突いてくる者は必ずいる。おそらくドヤ顔で突いてくる。けれども、そういう者に期待はしていないのであろう。そしてルールを作れば、そんな者だらけになってしまう。なにもこれは地域おこし協力隊員の話だけではない。受け入れる地方組織や関係者も然りだ。つまり、ルールの隙を突く者よりも制度の本質を理解し、その上で利益を出せる者がこれからの地方には必要なのだと思う。つまり、軽度のトラブルは自己解決が望ましく、おそらく国もそこに期待しているのだと。

そんな話をした。総務省の担当者からは返答をもらった。どのような返答だったかは想像に任せる。「がんばってください、応援しています、なにかあったら連絡ください」。最後にそんな言葉を頂けたのであった。

翌日、十勝へ向かう便は午後発だ。午前中は大きな公園で遊ぶことにした。カメラを持って来ていたのである。セカンドカメラのGR2だ。散歩しながら撮りまくった。やはり写真は楽しい。自分との対話なのだ。体も疲れたが、頭も疲れたのである。

その日の夜に十勝の自宅へ到着。なかなか有意義な東京出張であった。また明日からは農家さんとの作業がはじまる。気持ちを切り替える前に、銀座の三越で買った”高級きのこ”を焼いて食べてみた。味気なさとスポンジのようなスカスカな食感に安堵。明日も頑張れそうなのである。

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