睡眠【ショートショート#73】
久しぶりの残業で帰りは夜だった。お腹が減っていたので自然と車のスピードは上がっていた。低い位置にオレンジ色の月が雲を額縁にして掲げられていた。額があるとそれはより一層存在感を増していた。人が道路の真ん中に倒れていた。ブレーキを踏んだが止まれないと判断し、ハッmドルを右に切った。頭や身体は轢かなかったが、片手を轢いた。ごとんと左前タイヤが腕の上に来たとき、ずるりと左前タイヤが滑った。その感触はハンドルを通して、皮膚、脂肪、筋肉、骨の層を剥がし破壊したのが伝わってきた。車は完全に私の体の一部として、詳細を教えてくれた。
あまりの出来事に私は眠たくなった。ハザードランプを出して車を路肩に寄せると、シートベルトを外した。ゆっくりと深呼吸をした。手に感触がありありと残っている。手を太ももに擦り付けた。シートを一番後ろに下げ背もたれを倒し、車のエンジンを止め、鍵を閉め、寝ることにした。
今の私には冷静さが必要だ。気持ちが動転したまま考え、行動してもろくなことにはならない。急がば回れという。今の私には時間が必要だ。