見出し画像

挨拶のタイミング【ショートショート#70】

 スマホで天気予報を確認するたびに、明日の天気が変わっている。毎朝日課にしている散歩の時間の間だけでも晴れていてほしい。欲を言えば水たまりができない程度の雨であってほしい。風は西風が望ましい。向かい風にならないからだ。雲はいわし雲が好きだ。散歩中は誰とも会いたくない。すれ違いたくもない。ひとりで静かに過ごしたい。すれ違いざまの挨拶のタイミングをいつも悩む。この無駄な思考にどうしても侵されてしまうのがもどかしい。ましてや進んでいる方向が同じで、前を進む人より私の方が速いときは、前の人に私が追いつく前に違う方向に曲がることを祈る。しかし、それに時間と思考と感情を持っていかれることが忌々しい。

 だから私はそんなとき、大きな声で独り言を言い続けた。ときに身振り手振りもつけた。奇声も上げた。唾を周りに吐きまくった。喉が渇き息も切れてしまうが、そんなことも言っていられなかった。両手を鳥のように羽ばたかせ、蛇行した。何人たりとも私を邪魔させない秘策だ。そのおかげで私の思考と感情は他人に奪われることはなくなった。
 いつの間にか私は一日の大半で奇声を上げ、手を振り回すようになっていた。真っ直ぐに進むこともなくなった。私は誰からもなにも奪われなくなった。私の時間もなくなった。

いいなと思ったら応援しよう!