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短編小説集/井上イロ木

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井上イロ木が書いた、連載短編小説をまとめました。
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記事一覧

月曜日の腐った牛乳 全編【短編小説#1】

月曜日の腐った牛乳 全編【短編小説#1】

1

 僕の机の上にストローの刺さった牛乳パックが置かれていた。

 月曜日の朝、教室の後ろの引き戸を開けると真っ先にそれが目に飛び込んできた。まだ静かな教室で、ストローの刺さった牛乳パックは異様な存在感だった。

 四角いビルから煙突が飛び出ているようなそれから目を離すことができないまま、自分の席にたどり着くと、恐る恐る親指と人差し指で触れた。

 それは生ぬるく、持ち上げ軽く振るうと、牛乳はほ

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月曜日の腐った牛乳 その9 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その9 【短編小説】

9

「先生! 書き終わりました!」
 一成が立ち上がって言った。教室はざわめいた。それは原稿用紙が配られてから一〇分も経っていなかった。僕はまだ一行も書けていない。

 登志子先生は一成を一瞥しなにかを言おうとしたけど、ずかずかと一成の席まで行くと原稿用紙を取り上げた。
 僕は二人の様子を見ようと身体を左に捻ると、目の前の登志子先生の大きなお尻と背中しか見えなかった。

「ぼくは、はんにんを知っ

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月曜日の腐った牛乳 その八 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その八 【短編小説】

8

「やばい! いちばんありえるー!」
「私たちを子どもだって、いつもバカにしてるからねー。自作自演がばれないと思ってるんじゃない?」
「先生、オレたちにはあーしろ、こーしろと言うくせに、自分はぜんぜんできてねーことばかりだしな! 先生なら自作自演ありえる」
「ねー、ところで『登志子先生の自作自演説』って誰が考えついたの? 天才じゃない?」
「確かに天才! でも誰が言い出したんだろ?」
「え? 

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月曜日の腐った牛乳 その七 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その七 【短編小説】

7

 登志子先生のいう正直さとか、正しさとか、本当って、何なんだろう……
 結局、登志子先生は、自分の考えていることと違うことをクラスのみんんが言うと、自分を守るように必死になって、僕たちクラスのみんなは間違っている、と言い、僕たちを正そうとする。要するに説教をはじめるのだ。

「おれじゃないって、言ってるじゃん! なんで信じてくれないんだよ!」
 あの悠人が泣き出してしまった。
 悠人はいたず

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月曜日の腐った牛乳 その六 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その六 【短編小説】



「お、俺じゃねーよ! 牛乳は残してたけど、それは全部、悠人が『実験するからほしい』って言ってきたから、全部、牛乳渡してたから、俺じゃねーよ!」
 一成は、思いもせず犯人候補に挙げられ、あたふたしていた。

「なに騒いでるの、そこ!」
 登志子先生が声を上げ、教室は静まりかえった。

 悠人は、クラスの問題児で、いつも何か変なことをやっては、登志子先生や校長先生に呼び出されて怒られていた。たぶ

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月曜日の腐った牛乳 その五 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その五 【短編小説】

5

 教室は、一日中、落ちつかに雰囲気だった。誰かがこの騒ぎを「4年4組牛乳事件」と名付けた。休憩時間は、「4年4組牛乳事件」の話で持ちきりだった。
 犯人を探す探偵ごっこをする人や、犯人をこっそりと褒め称える人、牛乳の腐った臭いに気分を悪くする人まで色々だったが、僕は気が気じゃなく会話に入れなかった。

 事件が動いたのは給食の準備をしているときだった。
 午前中、お腹が痛いと保健室で休んでい

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月曜日の腐った牛乳 その四 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その四 【短編小説】

4

 僕は、人の顔がこんなに赤くなるのかと、恐怖を感じた。
 そして、僕の顔からは、血の気が引いていくのを感じた。

 ーーなんで牛乳が登志子先生の引き出しの中に……? 僕はそんなことしてないぞ。
 僕は、いま起こっていることが理解できず、一瞬、吸った息が吐き出せなくなりめまいがした。

 登志子先生は目を閉じ、あらい鼻息を一生懸命静かにさせようとしていた。その姿が興奮した闘牛みたいで、怖かった

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月曜日の腐った牛乳 その参 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その参 【短編小説】

3

 僕は、できるだけ落ち着いた感じで、耳を澄まし、目玉だけを動かしてクラスの様子を窺う。でも、誰も腐った牛乳の話をしている人はいないし、牛乳パックも見当たらなかった。

 そうしているうちに八時二五分になり、登志子先生が教室に入って来た。いつもちょうど25分に教室に入ってくる。
 僕のお母さんが前、「登志子先生は、お母さんと同じ歳なのよ」と言っていたけれど、眉間のしわが深くお尻もでっぷりとして

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月曜日の腐った牛乳 その弐 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その弐 【短編小説】

2

 その時、教室から誰かが出て行き、入れ違いに結が入ってきた。
「おはよう! 星太くん! 学佳さん、日直お疲れさま!」
 結はクラス委員長で、先生からの信頼もあつい。僕は結に「おはよう」と言いながら、急いで自分の席に戻った。結は僕の席の右後ろで、一番廊下がわの席だ。

「先生の机のところで何してたの?」
 と結、
「いや、べつになにもないよ」
 と僕。
 結は「そう」と軽く流すと、昨日あったお

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月曜日の腐った牛乳 その壱 【短編小説】

月曜日の腐った牛乳 その壱 【短編小説】

1

 僕の机の上にストローの刺さった牛乳パックが置かれていた。

 月曜日の朝、教室の後ろの引き戸を開けると真っ先にそれが目に飛び込んできた。まだ静かな教室で、ストローの刺さった牛乳パックは異様な存在感だった。

 四角いビルから煙突が飛び出ているようなそれから目を離すことができないまま、自分の席にたどり着くと、恐る恐る親指と人差し指で触れた。

 それは生ぬるく、持ち上げ軽く振るうと、牛乳はほ

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