ラーメンを食べに出かけて野球の楽しさを知る
その夜は、近所の中華料理屋にラーメンを食べに行っていた。
席について一人でビールをすすっていたら、目の前の壁にかかっていたテレビに、大谷選手の顔が映った。
ちょうどWBCの初戦、中国との試合が始まる瞬間だった。
「あ、今日からWBCか」
そんなふうに、私にとっての今回のWBCは始まった。
野球がぜんぜんわからない
野球にかぎらず、スポーツ全般にあまりご縁がない。
部活はずっと文化系。実家にいたときも、野球については日曜のテレビ番組でその週の試合結果を知るくらいで、試合そのものもサッカーのほうがよく見ていた。それも家族の影響でなんとなく、というレベル。
なので「野球はわからない」という気持ちがずっとあった。ルールも、どこが強くてそれぞれのチームにどんな選手がいるかといったことも全然知らなかった。
ただ、去年たまたま試合を見る機会があった。
会社の近くの神宮球場でヤクルト対中日の試合が行われる、しかも場内でビールが半額になる日ということで、野球好きの同僚に誘われて数名で観に行ったのだった。
私は先に書いたような状況なので、試合そのものより「ビールがめちゃくちゃ安く飲める」ことにひかれて同席した、ほぼ通りすがりの人間である。
その試合でヤクルトの村上が50号ホームランを放ったが、そのすごさもいまいちピンとこなくて、「今すごい調子の上がってる選手なんだなあ」と思うくらいである。第一ボールが早すぎて試合中も見失ってばかり、試合展開についていけず「今は何が起こってるんですか?」と何度も同僚に聞く始末。
村上のホームランも気づいたら入っていたような感じで、周りの観客やヤクルトファンに申し訳ないくらい素人の観客だった。
しかし、とビールを飲みながら、「なんだかみんな楽しそうだな」と夜風に吹かれて思ったのであった。
初戦が転機に
WBC初戦の夜、「ふーん」と思いながら見始めた中国戦から、私は目を離せなくなっていた。
ビールとラーメンと餃子を入れたらさっさと帰ろうと思ってたのに。
大谷、ダルビッシュならもちろん知っている。あと村上も。しかし他のメンバーはほとんど知らなかった。当然誰がどこの所属かもわからない。
でも日本にかぎらずこれから当たるどの国のチームも、オールスター揃いであることはわかる。その「自チーム内も相手チームも、ふだんは絶対に見れないメンツ同士がともに戦う」ということが面白いし、誰もどうなるかわからないというワクワク感を作っているのだろうなと思った。
緑茶ハイとおつまみを頼み、さらにレモンサワーを飲みながら、テレビ前の特等席に居座り続けた。
「さすがに長居しちゃったなー。でも家にテレビないし気になるな…」と思いながら合間にTwitterを漫然と眺めていると、どうやらアマプラでライブ放送しているらしいということを知る。
ならば、と急いでお会計を済ませて家に帰った。たぶんまだ7回とかだった。
日本チームが非常にいい状態である、というのはなんとなくわかった。にしてもなんだかうまくいきすぎているような気がして、あっさり快勝してちょっと気の抜けたような気もした。
試合中は、大谷にかぎらずどの選手もめちゃくちゃ働いていてすごかった。近藤と源田は仕事人だし、吉田は引くほど頼もしい。ヌートバーは大きな子犬が庭を走り回ってるような感じを受けるのに、意外にも声が低くてギャップ萌えした。全員初めて知る選手なのに、ファインプレーばかりであっという間に好きになってしまう(単純)。
Twitterのトレンドでも侍ジャパン関連のことがたくさん上がってきて、試合後も名場面珍場面がひたすらアップされるので、初日から夜更かししてしまった。
その後も韓国戦、チェコ戦と回を重ねて観るごとに、野球がどんどんこちらに近づいてきた気がした。
選手一人ひとりに強いところがあり、それがお互いの弱いところを補い、相手の強い攻撃をかわすような素晴らしい場面がいくつもあった。監督の采配のすごさが素人でも感じられる試合ばかりだった。
とくにチェコのチームと試合は印象深い。
この試合まで、「プロリーグがない国がある」ということすら知らなかった。チェコはまだ野球が日本ほど一般的ではなく、選手たちは皆ほかの仕事をしながらチームを組んで野球をしている、ということに衝撃を受けた。
それでも、プロ野球で鍛えられた日本選手にも、東京ドームで大音声の応援をしているであろう日本ファンの多さにも負けないくらいの気迫と、純粋に野球ができて楽しい!という気持ちがひしひし伝わってくる。佐々木の死球に対してバッターが見せた優しさに救われる。
この日以来チェコ野球のインスタをフォローしているのだけど、日本戦はチェコチームにとっても印象的だったようで、日本戦の映像やら、大谷がマイアミ到着時にチェコチームの帽子をかぶってた話やら、とにかく日本のことがよく出てくるのでおもしろい。他の試合は?と言いたくなる。
そして、やっぱり全試合を通して大谷が異次元だった。こんなによく相手選手に話しかけられる選手も珍しいんじゃなかろうか。よく知らないけど。
みんな、大谷と話せて、一戦交えられて本当に嬉しいんだなあ、と思わせる顔をする。それだけ大谷が努力をしていることの証でもあるし、チェコ戦後の様子を見ていると「種をしっかりまいたんだな」と思った。
野球を愛する文化の種を。
そんなことを思っていたら、あっという間に日本はプールBを首位で通過し、ガタイのいいイタリア勢にも勝って、アメリカに行ってしまった。今さらながら、東京ドームで日本チームを見られた人がうらやましい。
この頃には選手の顔も覚えた。そして、単純に「投げて打って走る」で表現できるスポーツではない、ということがようやくわかった。
バッターによって守備の配置が変わったりすること、ピッチャーが相手の心理も考えながら、都度ボールのスタイルを選ぶこと。一つひとつの選択に監督の、そしてそれぞれの選手らしさがあり、それがチーム全体の強さにつながっているということも。
個性豊かな投手陣の一投一投に固唾をのみ、骨折しても試合に立つ源田に心を打たれ、大谷のバントに心底驚き、安定感ある守備陣にいいぞいいぞと声援を送る。
野球ってサッカーにくらべて暇な時間が多いというか、なんで攻めのときは攻めに、守りのときは守りに徹しなきゃいけないんだろうと昔はよく思っていたけれど、間の感覚に慣れてからは、試合中、常に気持ちが忙しかった。
その中で、4番を任されていた村上だけは本調子でなさそうだった。去年たまたま50号ホームランの場面にいあわせたということもあり、なんとなく親近感を感じていたけれど、この大会では打席のたびにしんどそうだな、と思っていた。
準決勝のメキシコ戦。
それまでと打って変わって日本チーム全体に「苦戦」の二文字が浮かぶ試合だった。
日本のバッターが打った球がなぜかことごとく左奥のアロサレーナという選手のところに吸い込まれる。岡本のホームランになりかけた球を取ったときは度肝を抜かれたし、映像を見ながら「なんで今この選手を映してるんだろう(しかもものすごい無表情なのはなぜ…)」と思ったりした。ドヤ顔で仁王立ちするのが決めポーズであることには後から気づいた。
1点リードを取られながらの9回裏。走者1・2塁という大一番で打席に立った村上が、ついにヒットを放つ。ここで三振したら村上のトラウマになってしまう…という素人の余計な心配を吹っ飛ばす、本当に気持ちのいい一打だった。リアルに泣いた。(あと代走の周東が速すぎる)
Twitterも大盛り上がりで、夜中になってもずっと見ていられた。
アマプラでは今回、通常のカメラワークに加えて「注目選手にフォーカスしたカメラ」と「バックネットカメラ」の3つの見方が選べるようになっていた。
ボール中心の通常モードでないと試合展開がまったくわからなくなってしまうので基本それで見ていたのだけど、メインのカメラに映らないところでも選手は動いたり、談笑したり、じっと試合を見つめているのがなんだかとてもよかった。
思えばプロ野球がいまいちピンと来ていなかったのは、チームとチームのぶつかり合いという捉えかたしかできていなかったからだと思った。チームの中には持ち味も性格もちがう選手がいて、一人ずつにここに来るまでのドラマとキャリアがある、ということが抜け落ちていたのだと気づいた。少しずつ彼らのことを知り始めたことでゲームそのものが面白くなってきた。
Twitterには、マウンドや打席や守備に立つ選手以外もよく見ているファンがたくさんいて、そういう人が拾い上げる選手の姿にいちいち感動したり笑ったりした。
↑吉田さんは本当にMVPだと思う
↑映像が消えてしまっているけど、これは声出して笑った
↑これすぎた
こんなの見てたら寝不足にもなるわ。
迎えた決勝戦
休みを取ればよかったと心から思った。しかし始業前の2時間はばっちり見られたのでよかった。
さすが本場アメリカのスタジアムでの最終戦、画面越しでも観客の熱狂度合いが伝わってくる。
過去に日本が優勝した第1回と第2回の決勝もなんとなく覚えているけれど、今回は日本の全試合を見てきているので緊張感がちがう。
朝会でチームメンバーと話していてもみんなどことなく上の空な気がした。
本当に、猛者中の猛者ばっかりのアメリカに対して、全員がすごかった。もう言葉が見つからないけど、ほぼリアルタイムで追いかけられて本当に楽しかった。ピッチャーが一球も打たれないこと、バッターがホームランを打つこと以外の、無数のプレーにすごさがあった。
大谷のひたすらまっすぐに夢を叶えにいくところも、ダルビッシュの胴上げも、栗山監督のかみしめるように話す言葉もぜんぶよかった。
今回、Twitterとアマプラのおかげで野球が数倍楽しかった。選手やスタッフにもだけど、世の中の野球好きには心から感謝している。
これを機に
野球の沼にハマ…るかどうかはわからないけども。
ただ確実に自分の中の野球観が変わったので、書けるうちに書こうと思って筆をとりました。
おつかれさまでした!
監督にも選手にも野球ファンにも、みんなに幸あれ!