乳がんサバイバー 第11話 悪くなっていった息子の精神状態 2度目の手術
日本からハワイへと引っ越すことが決まったが、荷造りのために日本へ帰ることが出来ない。手術をしてから3週間が経っていた。もうすぐ抗癌剤が始まる。引っ越しのために夫が息子を連れて日本へ帰ることになった。
息子の学校の転入手続きもしなければいけない。日本のY基地の学校に一年生から入り、やっと慣れたところだったのに、またアメリカの学校に転校することになってしまった。
この頃から少しづつ息子の精神状態が不安定になっていった。日本にいて闘病していたら病状は隠していたかもしれない。しかしハワイに何ヶ月も行くとなると隠すことは出来ない。
病気のことを話し、手術のことや治療のことを話した。
そして病院での包帯を巻かれた弱っている母親を何回も見て、ホテルでもずっとベッドで寝ている以前と全く違う母親を見て、不安と恐怖に押しつぶされそうだったのだろう。急に泣きだすことも多くなっていった。
抗癌剤の説明もしたのだが髪の毛が抜けるというところで号泣した。
「ママが変わったら嫌だよ。変わらないで! I like the way you are!(そのままが好きなんだ)」と大泣きした。
「ママの外見は少し変わるかもしれないの、でも中身は同じだよ。同じハートの同じママだよ。I love you の気持ちはどんなことがあっても変わらないよ。いつも、いつまでも大好きだよ」と言う。
今度は「うれしい」と大泣きしている。小さな身体を抱きしめて 同じ言葉を繰り返した。
I always love you、いつでも大好き、と。
何度も悪夢や悪い想像をしたと泣いていた息子。
「ママがいなくなる、小さくなって消えちゃうの」と泣きじゃくる。
この頃から息子の精神状態がかなり不安定になっていく。 情緒不安定で赤ちゃん返りのようなこともあった。
手続きが終わり、やっと編入した基地の中の小学校の教室に入れなかった。
一歩入る前に大泣きし、ついていった夫は帰れずに廊下に一日中ずっといたこともあった。
授業を諦め、毎朝学校のカウンセラーのところへ行くことになった。 カウンセラーは毎朝なにか楽しいゲームを考えて遊んでくれていた。それでもやはり帰りたいと泣く日々が続いた。
困った私たちは考えた末に家で勉強を教えるホームスクールに変更することにした。ずっと後になって、この時の話をした。
「学校に行っている間にママになにかあったらとそれが心配だったんだ。最後の瞬間に会えなかった、さようならが間に合わなかった、というのがすごく怖かったんだ」と言っていた。
もう少し子供の気持ちをわかってあげられたら良かった、と思った。
* * *
引っ越すために借家を見て回っていた。
闘病に快適そうな家が見つからず、家を購入することも視野に入れていた。アメリカでは家は買い変えていくのが普通なので、軍の仕事の期限の3年しかいないとしても売却することができる。夫と見に行って気にいった家があった。ハワイに住む。家を買う。病気でなければどれほど嬉しいことかと思う。
抗癌剤が始まる前にオンコロジー(腫瘍科)のドクターとのアポイントメントがあった。手術をした側の脇の下も触診している。なにかグリグリと指に当たる豆状のものがあるという。 その日はそのまま帰ってきたけれど翌日電話がかかってきた。
「手術をしたほうが良いと思う、取り出して病理検査ををした方がいい」と言われた。
手術はもうこりごりだ。早く薬の治療してほしい。また手術だと聞かされてショックで落ち込んだ。
やっと傷口の痛みも引いてきて、そろそろ抗癌剤だと思っていたのに。
「もう、いや! 手術はもういやなの」やり切れない思いで、ガチャガチャと音を立てて食器を洗った。全部割ってしまいたいような気持ちだっだ。
くやしくて、そして怖い。
翌日、同じ手順で手術を待つ。今回の手術は全摘出よりも簡単で脇の下を切り、リンパ腺を一つ切りとる。
麻酔方法もロコと呼ばれる軽いものだった。部分麻酔のようで目覚めても気分も悪くなくすぐに帰ることも出来た。
全摘手術の全身麻酔とは全く違う。目がさめて、その日にぴょんとベッドを降りて帰ることが出来た。これは予想外ですごく嬉しかった。
手術の後も大きい絆創膏のようなものが貼ってあるだけで傷口も小さかった。 前回リンパ腺もかなり取ったと思っていたけれど、まだまだ残っていたのだった。この腫瘍は奥の方に隠れていたらしく見逃されていた。
病理検査の結果、この腫瘍も悪性だった。
リンパ腺に転移していたガンであった。
大きさは1センチにもなっていた。パチンコ玉大だ。転移していたものがそれほど大きくなっていたなんて。
この時も泣いた。
ポジティブに考えよう考えようとしているのに結果はいつも悪かったからだ。 今度こそ、大丈夫。今度こそなんでもないと思っているのに、また癌だった。
忘れられなかったのはナースがやってきて
「リンパを取る手術をすると、リンパ浮腫と言ってむくむことがあるの、だから一生怪我は出来ないわよ。ガーデン仕事とかネイルサロンさえダメよ」と言ったので、
「え? 一生ですか? そんなに長く?」と聞いたら、なんとも言えない表情を浮かべて、さっと横を向いた。その時に悟った。
……そうか、私の一生ってそんなに長くないんだなと。
言葉で言われたわけではないけれど、こういう仕草や表情でわかってしまうものだ。
絶対に良くなりたい。何よりも家族のために。とボジティブな気持ちでいなければと思っていた。 思ってはいたけれど、当時とても難しいことだった。