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乳がんサバイバー 第5話 腫瘍専門医予約そして息子に告知した日


腫瘍専門医のドクターBの予約が入っていた。11時の予約で名前を呼ばれたのは1時間後の12時だった。

ドクターBは高齢男性で表情も言い方もとにかく暗かった。放射線医と話してやっと楽になった気持ちが一気に沈む。

「……え~リンパ腺には転移していると思うけれど……全部取ると腕が腫れる。ああ……一生注意しなければならない……」とボソボソと話す。話していると具合が悪くなりそうだった。質問も出てこない。

病院側は最高のドクターだという。本当だろうか?部屋も乱雑で書類もあちこちにある。時間にもルーズだ。何よりも患者の気持ちを暗くさせるのは良いドクターといえるだろうか?どんどん気が重くなっていった。

手術は1週間後に決まった。

怖い、すごく怖い。盲腸さえ切ったことがないのに、乳房の全摘出という大きな手術だ。

手術まではせめて息子に楽しい思いをさせたいと思い動物園に行った。 3人で歩くホノルル動物園。とても暑い日だった。かわいいボトルに入ったジュースを買い歩いた。息子は嬉しくて目をキラキラさせている。

まるで何もなかったようだ。普通にハワイに遊びに来ているような気持ちになる。

「わあ~キリンがいるよ~!」と汗をかいて真っ赤な顔で走ってくる。その顔を見てまた涙が出そうになる。そんな私の横顔を見て夫が手をギュッと握ってくれた。

泊まっているホテルの部屋は狭いなりに快適だったけど、自分のコンピューターがなかった。今のようなノートパソコンやタブレットもなく、ホテルのロビーに有料のコンピューターが置いてあった。これで10分いくらというようにネット接続できるのだけど、日本語が出てこない。日本語で情報が読みたかった。もっと本を買って来るべきだった。

翌日はフィジカル・エクササイズと言って手術後のリハビリ運動を習う。
手術後は腕が上がらなくなるそうなので体操の仕方を教わった。

その後またショックな話を聞いた。私の場合は再建手術は乳がん手術をした後のほうが良いと言われた。同時再建はしない方がよいと。 

「まずは、きちんと全部治してから。再建は1年後くらいのほうが良いと思う」

「胸の中に腫瘍がいくつかあってリンパにも転移していると思うし、それから石灰化している所もあるし、とにかくあなたの場合は治療が先ね」

それほどのリスクなのか。

毎回のことだがやはり泣く。


* * *


ここに来て以来、恐怖のせいか白髪がたくさん増えた。

――もうすぐショートになる長い髪、もうすぐ1つだけになる胸――

毎日のように病院の予約がある。終わった後はあちこちにでかけた。手術まではせめて親子3人でハワイを楽しみたかった。

ワイケレショッピングセンターに行く。青い空の下のショッピングも楽しかった。それがたとえ手術後の胸のない状態を考えながらの洋服の買い物でも。 またこうやって買い物を楽しみたい。3年後も10年後も。そう考えていた。

手術後のことを考えて脱ぎ着が簡単なワンピースや胸を締め付けないシャツ。コットン製のブラジャー。入院用の足が楽なサンダルなど買った。

手術後は寝ている日が多いと思い、かわいいパジャマを買った。あのバースデーの時に作ったキャラクターのものを。スポンジボブの顔がこれでもかと付いている。息子はそれを見て

「わあ! ママがこれを着るの?」と喜んでいる。

「そうだよ、なははは」とキャラクターの真似をすると、息子は大笑いしている。

息子にもあれこれゲームなどを買った。こんな時でも、いや、こんな時だからこそ、買い物は楽しかった。

手術予定日は17日になった。3日に来ているので2週間後だ。2週間の間、出かけたり買い物をしたりした。
 
待っている間の2週間は長かった。その間に癌が大きくなっていくような気がしたからだ。

命があれば良いと思うけれど、胸がなくなるのはやはりとても辛かった。

手術の前に息子に説明をした。

小学生2年生だった息子に本来なら詳しく説明したくはなった。だがこのまま長期滞在となるとそうはいかなくなる。 毎日のように病院に一緒に行っていたし、なにか変だともちろん感じていただろう。

「あのね、よく聞いてね。ママは身体の中に悪いものが出来たの。だからそれを取っちゃうね。先生が手術をするからね」と言うと、

「え~手術? やだ、こわいよ~」とみるみる目に涙があふれ、わんわん泣きだした。

「手術をしないと、うんと悪くなっちゃうの。ママが元気な方が良いよね? またいっぱい遊べるよ。だから悪いところ取っちゃうんだよ。それから時間もかかるから、ハワイに長くいるかもしれないの」

「いやだ~」と大泣きの息子を見て涙が溢れそうになる。 
夫が
「ちょっとこっちでダッドとも話をしょうか」と連れて行く。

 夫の静かな声としゃくりあげる声が聞こえてくる。

 私は家族にこんなにつらい思いをさせていると思うと、また涙がこぼれた。


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