乳がんサバイバー 第13話 抜ける髪の毛
1回めの抗癌剤から10日後、ついに髪の毛が抜け始めた。自然にハラハラと抜けるのかと思っていたけど、キュと誰かに引っ張られているような感じだ。
頭皮がピリリと痛む。 自分で引っ張るとスッスッと髪の毛が驚くほど抜ける。
枕にもパラパラと落ちてきていた。髪が抜けるのはわかってはいたけれど、見た時はやはりなんとも言えない気持ちになった。
美容院で短めのショートにはしてあった。 アメリカの美容院なので、かなり残念な感じのカットであったが、数週間の我慢と思っていた。でも、【その日】は思っているよりも早く来てしまった。
これからどんどん抜けると思い、自分でベリーショートにまでカットしてしまった。もうすぐほとんど抜けてしまうのだから、髪型は気にしていられない。
なんとアンダーヘアーもぽろぽろ抜ける。 髪の毛だけではなく全身の毛が抜けるそうだ。これは悲しいというよりも不思議な感じがした。
午後から病院で血液検査と腫瘍科で検査があった。 翌日2回めの抗癌剤があるのだった。
同じ時期に三沢基地から来た女性に会った。彼女は同時再建でおなかの自家組織を使って手術をした人だ。
「手術どうだった?」と聞くと「まだお腹が痛くて座れないわ、でも見せてあげる、こんななのよ!」とシャツをめくる。
お腹に真横に大きな傷跡がある。かなり長い腰から腰までの傷跡だ。しかも上下が平らではなく、あちこちでこぼこしていて(お腹をへこませる手術)という感じではなかった。お腹の脂肪と筋肉を胸に入れてあるのだが、それも均等ではなくて異物があちこちに入っている感じだ。
正直な気持ちを書くと、こんなに痛そうなら再建したくない。と思った。
こういう再建手術はきっと日本のほうが上手なのだろうと思う。それでも、同時再建ですでに胸があるので羨ましくもあった。
夕方ハワイのダウンタウンまで行って、手術後用のブラを2枚、シリコン製の胸を受け取った。
シリコン製のフェイク胸は高価なのだが、これは保険が適用されたので注文できたのだった。
重みがあり、柔らかくとても自然で嬉しい。今まではブラに綿を詰めたものだったので、軽くて上にずり上がってきたのだった。このシリコンはどっしりと重みがある。ヌーブラをうんと分厚くした感じだ。偽乳首まで付いている。
ウィッグを買った時のように嬉しかった。コットン製のパッドを買って使っていたのだけど、あまりに軽くて心もとなかったのだ。これは本物のようだ。
日本の乳がんの本を読むと(軽くてずり上がるので、綿と共ににお米などで重みを入れるといいでしょう)なんて書いてある。
ブラの中にお米とは……それは女性としてあまりにも悲しい。そして、当時は手術後のポケット付きブラジャーも実用的ではあるけれど、デザイン的に美しいものはあまりなかったのだ。少しでも心がウキウキするような綺麗なものが欲しかった。
そう思いながら手術後用の下着のカタログをみていたら、そのページに髪がハラハラと落ちていった。
* * *
2回めの抗癌剤を受ける。
左のリンパ節を手術しているので、右にしか点滴用の注射をさせない。だいたい失敗されて、また親指の付け根にさされた。とても痛い。 血管が細い人は首の中にポートと呼ばれるものを入れる、血管とつながっていて、そこに抗癌剤など注入する。毎回血管を探さなくても良いように。
腕に刺した管をつけっぱなしの人もいる。キャリーはこれにした。腕からいつもブラブラとチューブがぶら下がっていた。胸から出ていたチューブが不愉快だったのと、感染したことで、私はそれは嫌だと言った。毎回針を刺して痛い思いをするけれど、しょうがない。
まず点滴。 11時頃からアドレアマイシン、12時から1時までシクロフォスミド。今日も鼻の奥がツーンと痛くなった。海で鼻から水が入った感じだ。
その夜は全然眠れなかった。 まだ吐き気は来ていなかった。翌日も新しい薬が効いて吐き気はゼロだった。これは嬉しい。
シャワーをして髪の毛を洗うと両方の手のひらに、指に、短い髪が張り付いていく。あまりにも多くて、手のひらから生えているみたいだった。
夫が病院に白血球を増やす注射を取りに行った。これを毎日打ってくれる。抗癌剤の後10本打つ。 抗癌剤は全部で8回したので、80本注射をしたことになる。
今回は吐き気はないが具合が悪くずっと横になっている。精神的にも落ち込んで涙がぼろぼろ流れる。
夫と息子がもうすぐ引越し準備で日本に行くのが寂しい。とても不安だ。離れたくない。今回は精神的にダメージが大きかった。
食欲が全く無いのに顔が丸くなってくる。この頃素麺とつゆにしょうがをすりおろしたものが一番食べやすかった。 水も変な味なので炭酸をガブガブ飲む。
夫がお腹に注射をしてくれたが痛かった。これを毎日自分でするのかと思うと悲しくなる。
そして2回めの抗癌剤から5日目。
バラバラとものすごく髪が抜け始める。3分の1ほど抜けただろうか。コットンのターバン風の帽子を被る。それを見て息子は泣き始めた。
夕食後、残ってはいたけれどスカスカだった髪の毛を全部剃ってしまった。 後ろは夫に手伝ってもらった。
毎日抜け続けるよりは良いと思ったけれど、やはり涙がボロボロ止まらなかった。鏡に写った顔はおじさんのようだ。 それなのに夫は
「かわいいね、生まれたてのベイビーみたいだよ」と言ってくれた。
「うそつき」と笑い、そしてもっと涙がこぼれた。
「じゃあ、僕も剃るよ、一緒だよ」と自分の髪の毛も剃ってしまった。
その優しさに言葉では言えない大きな愛情と絆を感じた。これから日本へ行ったり、トレーニングもあるのに。一瞬の躊躇もなくバリカンで髪をそってしまった。その気持に答えたい。絶対に元気になりたいと思った。