乳がんサバイバー 第4話 絶望と希望 放射線科の医者と形成外科医に会う。
翌日の予約時に専属のナースに治療の質問をして、ついこれから5年間の生存確率のことを聞いてしまった。
「一般的にだけど、もしもステージ3になっているなら、そしてリンパ腺に転移しているなら、5年間の生存率は60%位ね」と言われた。
思っていたよりも低い数字が凄くショックで頭がぐらっとした。もっと高いと思っていたので60という数字がグルグル頭のなかで回った。
5年後に100人のうち40人は亡くなってしまうのか、と絶望した。
このあと病理検査でもっと低い生存率になるなんて、この時は考えもしなかった。
抗癌剤もつらそうだ。3週間に1回の治療を4回以上。 手術の直後から始められないそうなので、治療には全部で6ヶ月はかかるそうだ。
6ヶ月……ここで治療しなければいけないのなら、これからのことを考えなければいけなかった。私だけが1人残るのか、夫に職場を変えてもらい、家族で引っ越しするのかを決めなくてはいけない。どちらにしても息子に説明しなければいけない。
3日にハワイに来て以来、泣いていない日はなかった。
翌日、放射線科のドクターSに会った。
当時空軍のカーネルで優しく面白い年配の女性だった。目の前で泣いていた私に、治療の話よりも今までの患者の話をしてくれた。
「その人はね、腫瘍が10センチもあったのよ、10センチよ! 75歳の女性よ。リンパ腺にもすごく転移していたの。その人はもう死ぬって言ってたのよ、でもね、なーんと7年前よ。今でもピンピンしてるわ」とワハハと笑う。
「だからね、誰にもわからないのよ。ガンってそういう病気よ。え? こんな悪いステージの人が? という人が長生きしたりするんだから!」
その後のステージの説明と放射線治療の説明の後に思わず
「私は……死ぬのですか?」と聞いた時。するとYes!と大きい声で言ったので驚いたが
「でもね、99歳位でよ。孫にたくさん囲まれてから! その頃私はとっくにあっちの世界に行ってるから待ってるわ」と言ってガハハと笑う。
聞いた瞬間どっと涙があふれた。 覗き込んでいる孫たちの顔が見えた気がした。こんなに嬉しい言葉を聞いたことが、あっただろうか?
「外で待ってるあの子! あんなにかわいい子供を残して死ねないでしょう? そうだ、孫を抱っこするのを目標にしなさい」と言ってもらえた。
一生忘れられない言葉だ。希望が生まれた瞬間だった。
絶対に生き延びたい。
昨日も今日も泣いていた息子。まだ小さいこの子を置いて行くなんてできない。
中学生になった息子が見たい。
高校生になった息子が見たい
大人になった息子が見たい。
成長の過程が見られないかもと思った瞬間が一番の恐怖だった。自分の死よりもうんと恐ろしかった。親としてこれほど辛いことがあるだろうか?
ドクターSと出会えたことで気持ちが大きく変わった。
きっと大丈夫だ。私はきっと大丈夫だ。そう繰り返し言い聞かせていた。
翌日、形成外科医のドクターHと会った。
乳房切除手術の後の再建の話を聞いた。乳房の再建手術は2つの方法がありインプラントを入れる同時再建、お腹の脂肪と筋肉を使う自家再建だそうだ。
お腹の脂肪をとってもらえるのは嬉しいけれど、長い時間がかかるそうだ。
傷が治ってからから乳房の皮膚を切り取って乳首を作り、その上にはタトゥーで色を入れるという。 そうすると約1年以上かかるらしい。
正直まだ再建のことなど考えられない。
それでもこの病院は外科医、腫瘍科医、放射線医、整形外科医の4人が1人の患者につく。ミーティングも4人で行うそうだ。なので、整形外科医の予約も度々ある。
気になるのはやはり抗癌剤だった。最近の抗癌剤では吐き気は抑えられるそうだが、髪はほとんどの人が抜けるという。そこは避けられないのかと気分が沈む。
抜け始める前にウイッグをオーダーすることになった。
アラモアナショッピングセンターに行った。ウイッグも扱っているヘヤーサロンいろいろ被って試してみる。 明るい色に染めていたので黒髪のものは違和感があった。栗色のロングヘヤーでバング付きのものに決めた。いいものが見つかってハワイに来てはじめて嬉しくなった。
放射線科のドクターSとの話で気持ちが楽になっていた。前向きに前向きに考えよう、きっとだいじょうぶだ。ウイッグをオーダーしたあと、必要な物を見て回った。
買い物は辛くはなかったが、アラモアナにショッピングに来ているツアー客は皆楽しそうで、綺麗な人ばかりだ。嬉しそうで、キラキラ輝いている。
この中で数日前に乳がんの告知されて、抗癌剤でハゲになるからウイッグを選んでいるのなんて私くらいなんだろうなとふと思う。
眉毛もまつげも抜けるという。
消えにくいアイブロウペンシルも購入した。Narsのもので16ドル。思わず
「高いかな、無駄になるかもしれないのに」と思ってしまう自分がいた。そしてすぐに「無駄になんかしたくない!」と気持ちを引き締めた。
もうすぐ手術の予定日もわかるだろう。怖い、大きな手術だ。6時間もかかるという。違うふうに考えよう。これは整形手術なんだと。お腹の脂肪を取って胸も綺麗に大きくお直しをするだけだ、と。
そう考えると少し気持ちが楽になる。 なんでもなくて胸やお腹を整形手術する人がこの世にはたくさんいるのだから、と。
そして、髪の毛も抜けてしまうのなら、その間だけでもショートヘヤーを楽しもうと思った。ヘヤーカタログを買った。
買い物に行ったのは週末で、月曜日には腫瘍専門医の予約だ。抗癌剤のスペシャリストだそうだ。吐き気と脱毛の質問を中心にするつもりだ。