
Photo by
kouheiwata
エッセイ 【前掛け】
家のすぐ横に急な坂道があった。その坂は子どもにはとても長くて、大きな坂だった。あまり車も通らない一方通行の道なので、近所の子ども達には絶好の遊び場になっていた。途中には小さな脇道があって、車は通れない道になっていた。坂を曲がってその道に入った瞬間、全く別の世界に行ったような気になった。だからなおさら面白かったのかもしれない。
ある日、いつものようにそこを通ろうとした時、近所の男の子2人に、その脇道で通せんぼされ、先に行けなくなった。男の子2人は道に大きく両手を拡げ、ニヤニヤしている。いくら言っても通してくれなかった。
とても悲しくなった。
子どもが2人手を伸ばせば塞がってしまうくらいの道だ。悔しくて、悲しくて、来た道を家のほうに向かって走って戻っていいく。母は隣のおばさんと家の前で立ち話をしていた。私は泣きながら、母にしがみついた。
その時の母の前掛けの感触と匂い。なんとも言えない安心感が一瞬で私の中に拡がった。母はただ笑って泣き止むまで頭をなでてくれてた。
なでてもらっている頭の先から暖かさが染みこんできて、優しい気持ちに包まれていった。もう半世紀以上前のことなのに、前掛けの感触と優しい気持ちは、このことを思い出すたびに蘇ってくる。
仕事で忙しかった上に、年子の幼い弟2人がいたことで、私は母との良い思い出がほとんど無かった。だからなおさら印象に残っているのかもしれない。
こんな気持ちを持っていたことを生きている内につたえられ無かったことを、自分が母となり長い時間過ごしてみると、申し訳なかったと思う。