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映画『スモーク』/オーギー・レンのクリスマス・ストーリー



クリスマスにまつわる映画といえば、ポール・オースターの短編『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』をもとに作られた映画『スモーク』をおもいだす。


『スモーク』(1995年/ウェイン・ワン監督/日米独合作)



煙草屋店主オーギーは、10年以上にわたり毎日同じ場所、同じ時刻に写真を撮影している。彼の馴染みの客で突然の事故により出産まもない妻を失って以来ペンを持てずにいる作家のポール、彼が車に跳ねられそうになった所を助けた黒人少年ラシードの3人を軸に、ブルックリンのとある煙草屋に集まる男達女達の日常を、過去と現在を、嘘と本当を巧みに交差させながら進んでゆく。



この映画を初めて見たのが20歳くらいだったか、きらきらとしたクリスマスストーリーでは決してないのだが、人間にはそれぞれ物語がある、それは真実でもあり、ひょっとしたら嘘なのかもしれない、という’’きれいごとだけではない’’人生の味わいに惹かれた。
ちょっとした悪いことと、ちょっとしたいいことが混じり合う。

原作になった短編は、絵本にもなっていて、それがまたすごくよいのだ。

「ある日の午前中、一人の小僧が店に入ってきて、品物をかっぱらいはじめたんだ。歳は十九か、二十歳ってとこだな。とにかく、あんなに下手くそな万引きは見たことないね。店の手前の壁ぎわに置いた、ペーパーバックのラックの前に立って、レインコートのポケットに片っ端から本をつっ込んでるんだ。でも、万引きだ、とわかったとたん、俺は大声でわめいたね。そしたら奴は、脱兎のごとく逃げ出した。
俺がようようカウンターから出たころには、もうアトランティック・アベニューをすたこら走ってた。俺は半ブロックくらい追いかけて、それであきらめた。小僧の奴、逃げる途中で何か落としていってさ。
それは小僧の財布だった。金は一銭も入ってなかったが、運転免許証と、スナップ写真が三、四枚あった。こっちがその気になれば、警察に電話して、奴を逮捕させることもできたろうな。
でも俺は、その小僧が何となく可哀想に思えたんだよ。どうせそこらのケチな不良なわけだろ、写真を見てるうちに、怒る気も失せちまってさ。
ロバート・グッドウィン。それがそいつの名前だった。一枚の写真では、たしかそいつが、お袋さんだか祖母さんだかの肩に腕をまわして立ってた。べつの写真では、九つか十のころのそいつが、野球のユニホームを着て、にこにこ笑って写ってた。とてもじゃないけど、気の毒でね。いまじゃおおかたドラッグ漬けになっちまってるんだろうし。ブルックリンの貧乏人の家に育って、先の見通しだって明るいわけない。アホなペーパーバック二冊や三冊、どうだっていいことじゃないか?」
「というわけで、俺はその財布を手元に置いといた。ときどき、小僧に送り返してやろうかなっていう気になることもあったけど、結局ずるずる何もしなかった。そうこうするうちに、クリスマスが来た。

中略

それで俺は、クリスマスの朝だってのに、アパートでぶらぶらしてた。そのうちなんだか、自分が哀れになってきてさ。で、ふっと台所の棚を見ると、ロバート・グッドウィンの財布がそこにある。そこで俺は考えた。ま、この際だ、たまにはいいことをしようじゃないか、とね。それでコートを着て、財布を返しに出かけた」

ポール・オースター著『オギー・レンのクリスマスストーリー』


こうやってオーギーは免許証に書かれている住所の場所へ向かう。アパートにはロバートの目の見えない祖母がひとりで暮らしていた。


婆さんだって、俺が孫のロバートじゃないってことくらい、ちゃんとわかってんだよ。要するに、孫が来てるふりをするのが楽しかったんだな。となれば、俺だってどうせほかにすることもない。いいでしょう、そういうことならこっちも話を合わせましょう、そう思ったわけだよ。

中略

で、こっちの近況を婆さんにあれこれ訊かれるたびに、俺は嘘をでっち上げた。うん、葉巻の店に職が見つかってね、いい仕事だよ。うん、今度結婚することになったんだ。とかなんとか綺麗ごとを並べたら、向こうも全部信じてるふりしてさ、『よかったねえ、ロバート』って言うんだよ。うんうんうなずいて、にこにこ笑って。『わかってんだよ、お前のことだもの、きっといつかうまく行くはずだって』

ポール・オースター著『オギー・レンのクリスマスストーリー』



そんなふたりのやりとりが続いて、真実と嘘のいくつかが終盤へと向かう。
世間がしあわせそうに過ごすクリスマス、あるアパートの一室でのできごと。人間の根底にある、あたたかさとさみしさがそこにあって、それは誰の心にもすこしは覚えがある、むかしの記憶なのかもしれない。


ラストで流れるトム・ウェイツの曲もまたよいです。













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たみい
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