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【短編小説】ルカのこと


大切な人と、またケンカした。
まただ。
また同じことを繰り返している。
言いたくないのに、つい、強い口調で、相手を攻撃してしまう。
優しくなりたい。
どうしたら、優しい人になれるだろうか。
意地の悪い、自分が大嫌い。
年の離れた兄は、とても優しい人だった。
だから周囲にとても愛されていた。
なのに、わたしは全く素直になれず、今日も誰かを傷つけている。

第一、自分の名前も好きじゃない、有り触れた平凡な名前。
なんでこんな名前をつけたんだ。おやを呪う。
かわいい名前が良かった、少し聞いたことがないような、個性的な名前。
自分の子どもが生まれて、つけてほしかった名前をその子につけた。
ルカ。
外国人のような、どこか中性的な名前。とても気に入ってる。
ルカ。
名前を呼ぶだけで、心が躍る。

ルカは、ちっとも言うことを聞かないし、お転婆だしケガばっかりするし、男の子みたいな服を着たがるし、時々隠れてハサミで自分の髪を切ったりする。
その髪型はいつだって、アシンメトリーだ。

ルカは今日も学校へ行かないと言う。
理由を聞くと、学校に行かないという選択をした、と言うのが理由らしい。

そうかと思うと彼女は真っ黒のワンピースを着て、真っ赤なリボンを頭につけ、突然登校する日がある。
今日は魔女の宅急便の主人公にインスパイアされた、と言う言葉を残して。
ホウキは持たないの?と、冗談混じりに言うと、それはやり過ぎ。と吐き捨てて登校していった。

ルカの頭の中が、全く理解できない。
私と一緒に歩きたがらないし、生まれてから一度も手を繋いだことがない。
私が手を繋ごうとしても、親指と人差し指と中指を折り曲げた、魔術のようなポーズをとり、静止するのだった。
自分の子どもながら、不気味過ぎて言葉も出ず、ただその場で立ちすくむのだった。

思春期に入ると、ますますルカは奇抜になっていった。
髪の毛の色は虹色で、やはり、アシンメトリーなのだった。
これはLGBTを表現している、と聞いてもいないのに説明してくる。
「ジェンダーについて思うとことは?」と、突然問われ、
「ジェンガ?ああ、あのブロックを抜くゲームのこと?」と、答えると、
一瞬目を見開き、天を見上げながら彼女は大きなため息をついた。
何故かそれ以降、私と口を聞かなくなった。

高校を卒業してすぐにルカは家を出た。
風の噂では、シェアハウスで何人かと暮らしているらしかった。
ここまで来るともう彼女の人生に介入する気になれなくなり、ただ、遠くから見守ろうと決意した。

ルカは簡単に家に戻ってくるような子ではない、と心のどこかで思っていた。
ひな鳥が飛び方を覚えて、やがて巣立っていくように、ルカは自由に世界を飛び回り、羽ばたく子なのだ。
理解出来ない子であれど、その無鉄砲な生き方が羨ましい、と実は思っていたことに気づくのは、随分後になってからである。

数年後、実家の母が危篤になり病院へ駆けつけた。
意識もなく、ただ、静かに目を閉じている母を目の前にして、感情があまり動かないことに、自分でも驚いた。
母とはケンカした記憶しか、ない。
母を何度も罵倒して、罵った。
死ねばいいのに、何度も思った。
私のことを全く理解してくれなかった、母。
世間体ばかり気にしていた、母を内心蔑んでいた。
こんな人間にはなりたくない、そう思っていた。

驚くことに母の葬儀にルカが現れた。
黒のゆったりとしたパンツスーツに、黒い靴、髪の毛は真っ黒になっていたが、やはりアシンメトリーだった。
「髪の毛は今朝染めた。あ、ちなみにこの靴はギャルソンね」

火葬場でお骨を拾うとき、ルカは母の骨の前に立ち、しばらく無言だったが、突然地面にしゃがみこみ、大声で泣きはじめた。
三歳の子どものように、天を見上げて、わんわんと泣いた。

駅までルカを送りに行き、別れる際にはミートボールを入れた大きなおにぎりを渡した。
彼女の唯一の好物である。
中身はミートボール?イシイの?と、聞いてきたので、黙って頷くと、素直に受け取って、ポケットにしまい込んだ。

今度、いつ、帰ってくるの、
喉まで出かかったその言葉を、飲み込んだ。
目を合わせず、じゃあ元気でね、と立ち去ろうとすると、
ルカは真っ直ぐな声で、言った。
「人生はこれからだ」
「え?」思わず聞き返すと、やはり真っ直ぐな目で、言うのだ。
「人生はこれからだから。あんたの人生はこれからだから!」
口をぽかんと開けて、黙っていると、
「あんたの偉業は、わたしにルカと名付けたことだ!
わたしは知っている。本当は自分がルカになりたかったってことを。
でもルカという名前は記号に過ぎない。
わたしはわたしで、あんたはあんただ。
誰にもなれない。
だから、もうルカという名前すら必要ないんだ。
わたしはわたしを生きている。
だからあんたも、あんたの人生を生きなくてはいけないんだ。
あんたという、人間を生きるのだ!」
ホームですれ違う人々が、次々と私達親子の顔を凝視しながら、通り過ぎていく。
「じゃ、彼女ヽヽが待ってるから、行くね」
ルカは、親指と人差し指と中指を折り曲げた、あの魔術のポーズをとってから、新幹線に乗って行った。
ホームで呆然と立ち尽くし、
雑踏が、私の無茶苦茶な感情をかき消していく。

ルカ。
小さく言葉にして、しばらくルカの余韻を感じた。
息をついてから、私は、駅の階段を一段一段のぼりはじめた。








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たみい
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