風の強い日、ベランダで
小学生の通学路になっているわき道から、うわあと子どもたちの歓声が聞こえてきた。気になってベランダから見下ろしたら、植え込みに敷ぶとんが1枚おちていた。
ふとんが、ふっとんだ。
植え込みの上に、申し訳なさそうにのっている敷ふとんをみて、古典的な(?)ギャグが頭に浮かんだ。風が強いからと。ベランダに出した洗濯物たちは、用心深くびっちびちに洗濯ばさみをつけていたけれど、ふとんは油断してた。ベランダの手すりにちょいとかけただけで、うっかりしていた。あわてて、ベランダの手すりを見たら、うちの布団は無事だった。
あのふとんは、どこから来たふとんだったのだろう。ふとんは家に帰れるのだろうか。
その後、洗濯ものをとりこむ時刻に下をのぞいたら、植え込みの上のふとんはすでに消えていた。あのふとんも、無事に家に帰れたらしい。夜露をかぶることなく、家に戻ったふとんを思い、ほっとした。
今日は、久しぶりの晴れ間を見た。風も穏やかだ。ベランダの手すりに、今日もふとんを干す。何気なく目に入った植え込みで「ふとんが、ふっとんだ」と思い出す。先週に見た、あの光景はよほど印象深かったみたい。
風はほとんどなさそうだけれど、ベランダに出したふとんを布団ばさみでとめた。これで、風が強くなってもふとんは飛べない。
ふとんを飛べないようにしておいて、わたしは考える。
もし、わたしが「飛べない」ようにされたらどうだろう。古典的なギャグを言い訳みたいに使い笑いながら、ふっとんでみようと思っただろうか。
がちがちに、家やルールにからめとられたら、あのふとんみたいに飛びたくなるかもしれない。安心できる場所を探して飛び出す気がする。
あのふとん。家を出て、どこかに出かけたかったのだろうか。空を飛んでみて、子どもたちの歓声を浴びて、たのしかったかな。家のひとに迎えに来てもらって、元の場所に戻って。また飛ぼうか、と思ってるだろうか。
今日はおだやかに晴れた。1日干したふとんも、ふかふかだ。
今夜は、おひさまのにおいがするふとんで夜を迎える。夢の中で空を飛んだ、あのふとんと話をしてみたい。